第225話 リアムの示唆

 意味深な言葉を追究しようとしても、リアムは答える気配はなく、アルはため息をついて今後の予定について答えることにした。


「精霊の森には一週間後に行く予定なので、それまでに冒険者ギルドに行って資格の状態を確認したり、情報を集めたりするつもりです。面会の予定はソフィア様に合わせられると思いますが、何かおっしゃられていましたか?」

「ああ……では、三日後だな。あの娘は最近帝国本土の者と縁づく可能性が出てきて忙しくしているが、その日は何も予定がないはずだ。招待状は……後ほど鳥を遣わす」

『ん? あの娘、帝国本土に嫁ぐのか』


 アルは一瞬言葉を失った。

 ソフィアが帝国本土の者と縁づくというのは、つまり縁談ということだろう。年齢を考えると婚約者がいて、結婚をしていてもおかしくないが、彼女の性格や能力から、その可能性はあまり考えていなかった。

 ドラグーン大公国の技術を支えていると言っても過言ではない能力の持ち主なのだ。他国に嫁がせるのは国にとって不利益になるだろう。


「……招待状については承知しました。ソフィア様は……大丈夫ですか?」


 失礼になってはいけないと思いつつ曖昧に尋ねると、リアムが肩をすくめて口を開く。


「あの娘は研究が好きだし、それがこの国を支えているのも事実。本人も大公も断り文句の捻出に必死だな。帝国からしばしば使者がやって来るせいで国内は忙しない。あまり出歩かない方がいいぞ」

「……なんか面倒なことになっていそうですね。一年も世情から離れてしまったので、情報収集をしないと……」


 アルが異次元回廊に入るまでは、帝国はマギ国とその背後に隠れる悪魔族との戦いで疲弊していたはずだ。この一年でその状態にも変化があったのかもしれない。第三皇子であったカルロスが後継として帰国しているはずなので、その影響も出ているだろう。

 戦いはどう変化しているのか。そうした情報を集めるためにも冒険者ギルドに顔を出すのは必要だ。


「余が世の中のことを語るのは、役割に反する。その辺は自分で調べてもらうほかないな。だが、アルの冒険者ギルドの資格についてはソフィアが手を出していたはずだぞ。指名依頼で無期限……だったか? とりあえず、冒険者資格は失効していないはずだ」

「あ、それは助かります。こんなに長く離れることになるとは予想していなかったので……」


 アルはソフィアに礼を伝えなければと頭に刻んで微笑んだ。

 冒険者ギルドの資格は、長期で依頼を受けていない場合失効することがあるのだ。一年の空白というのは、結構影響が大きい。ソフィアが対策をしてくれていたのは、素直に嬉しいことだった。

 資格を取り直すことはできなくもないが、再びランクを上げていくのはなかなか難しいと聞く。冒険者は信頼で成り立つ職業でもあるので。


「礼は直接伝えてやってくれ。まあ、その辺の手配をしたのは、ヒツジかメイリンだろうが」

「ああ……そうでしょうね。なんだか懐かしくなってきました。お会いするのを楽しみにしていますとお伝えいただけますか」


 用が済んだからか、外に向かうリアムを追いかけながら依頼すると、軽く頷いて受け入れてくれた。ソフィアたちより立場が上であるリアムに伝言を頼むというのも失礼かもしれないが、他に連絡の取りようがないのだから仕方ない。


「分かった。では、余は散歩して帰る。アルたちは帰って来たばかりで疲れているだろうから、あまり無理せず今日は休むことだ」

『それが分かっているなら、お前こそ来るな!』

「……お気遣いありがとうございます」


 尻尾をぶつけようとしたブランを捕まえながら礼を伝えると、リアムが珍しく分かりやすく目に笑みを浮かべてアルを見つめた。


「ああ……狐についてはさておき、アルとの再会は嬉しかったぞ。そなたの進む先に光あれ――」


 そこでふと視線をアカツキに移したリアムが、指先を伸ばしてアカツキの胸を突いた。


「多少の道筋は見えただろうが、未だその目は曇り、真核は失われたまま。全ての望みのために、苦難を乗り越える強さを持て。自らの道は、自らで切り拓くものだ」

「へ……ちょ、どういうことっ――」


 目を瞠ったアカツキが、リアムの腕を摑んで発言の真意を問い質そうとするが、さらりと避けたリアムは一瞬で姿を消した。手が空ぶって体勢を崩したアカツキを支えながら、アルは眉を顰めてリアムがいたところを見つめる。


「……転移?」

『アルが使うものとは違うな。アカツキのダンジョン内転移のように、管理地内だけの移動を可能にするものだろう』

「なるほど……リアム様って、やっぱりよく分からないなぁ」

『別に知らんでいいだろう、あんな奴のこと』


 不機嫌そうに吐き捨てたブランが、アルの腕から逃れてリビングに駆け込んでいく。リアムのことを考えるのも嫌なようだ。

 アルは苦笑してその後ろ姿を見送ってから、呆然と立ち尽くすアカツキの様子を窺った。


 リアムがアカツキに向けた言葉は不穏で謎めいていた。

 アカツキにはまだ見るべきものが見えておらず、真核というものもないらしい。真核とはフォリオが漏らしてしまった魔王の核のことだろうか。それが失われている状態にどんな問題があるのか分からない。

 また、望みというのはアカツキたちが故郷に帰ることだと思うのだが、それにはアカツキ自身が苦難を乗り越えなければならないらしいのが不思議だ。アルが世界間転移を可能にすればよいのだと思っていたが、それは違うのだろうか。


「……アカツキさん、大丈夫ですよ。僕も一緒に頑張りますから」


 不安そうに目を揺らしていたアカツキの顔を覗き込み、微笑んで伝える。

 人間関係が気薄だったアルにとって、アカツキは最も長く濃く付き合ってきた人だ。この関係性をなんと表現すればいいか分からないが、恐らく友達と言ってもいいのだろう。

 リアムに未来の苦難を示唆されて、不安でいっぱいの心を慰めることくらいは当然するし、元々アカツキたちが帰れるようになるまで付き合うつもりだったのだ。ここまで来たら一蓮托生である。


「……うぅっ、アルざん、よろじぐおねがいじまずぅうう!」

「え、なんで泣くんですか……」


 わっと泣き出して抱きついて来たアカツキに混乱する。アルとは違い、感情の振れ幅が大きいアカツキの振る舞いには未だに慣れない。

 どう対応すればいいか分からず、とりあえず泣き止んでもらうために背中をポンポンと叩いたら、何故か泣き声が大きくなった。フォリオのところでの話に加えて、リアムから意味深なことを言われて、アカツキの頭が限界を超えてしまったのかもしれない。パニック状態のようだった。


『……何をやっているんだ。さっさと家に入れ。飯食うぞ』

「夕飯はまだだよ? というか、ブランはもう少しアカツキさんに優しく――」


 リビングから顔を覗かせたブランの冷たい態度を咎める言葉は途中で切れた。呆れた顔をしたブランが肩に跳び乗って来て、アカツキの頭をポンポンと叩きだしたからだ。珍しく弱い力加減のそれは、確かにアカツキを慰めているように見えた。


『お前はあの爺の言葉を重く受け止めすぎだ。いいか、あいつは雰囲気を作って、事実以上に物事を重く見せているに違いない。未来を知っているわけがないんだからな。あいつの言動に振り回されるのは滑稽だぞ。泣くな、弱き者よ。明日からまた我が鍛えてやろう』

「ぞれば、いやだぁああっ! いだっ、痛いっずよっ、ブラン!」

『失礼だなっ! 我はお前のためを思って言っているというのにっ!』


 ブランの提案を全力で拒否したアカツキが、いつも通り尻尾で強打されたのを見て、アルは思わず笑ってしまった。優しくされるよりも、ブランに打たれた方がアカツキは安心しているように見えたのでさらに笑った。この関係性は既に固定されてしまったらしい。

 それでいいのだろうかと首を傾げつつ、泣き止んでブランと喧嘩しだしたアカツキから離れた。


 二人を放ってリビングに向かうアルの頭に、ブランの言葉が蘇る。

 リアムが未来を知っているわけがない。

 それは当然のことのはずなのに、何故か疑問を抱いてしまうのは、アルもリアムの雰囲気に吞まれてしまったということだろうか。

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