第224話 謎な言葉

 フォリオの従兄、つまりアルにとっても従兄といえる精霊は、魔法理論を最もよく知る者らしい。特に空間魔法については世界一の使い手と言ってもいいのだと、フォリオは血を吐くような表情で語った。余程、アルが従兄を頼ることが気に食わないようだ。

 だが、アルの目的は邪魔したくないのか、フォリオはその精霊との面会を取り付けることを約束してくれた。会えるのは精霊の森に行ってからだ。


 精霊の森に行く前に用事を終わらせなければならないと、アルは家に帰るために森を歩きながら微笑んだ。やるべきことは多いが、楽しみなことも多い。


「――楽しみだなぁ。空間魔法以外も色々話してみたい」

「キラキラした目をしてますね~。それでこそ、アルさん! よく学び、よく研究するんですよ~。ひいては、俺たちのために世界間転移の完成を……!」

『そのポーズはなんだ? なんとなく腹が立つから今すぐやめろ』


 両手を合わせて頭を下げるアカツキに、ブランの冷えた眼差しが突き刺さる。目を閉じている癖に森を苦もなく歩くアカツキは、変なところで器用だ。


「俺や桜の希望、アルさんを拝まずしてどうしろと!? 俺は、拝むのを、やめるわけにはいかないっ! ……っ、うおっ!?」


 格好つけた顔つきで宣言したかと思うと、アカツキが木の根に躓いた。その時は目を開けていて、しっかり木の根を確認していたのになぜ転ぶのか。


「アカツキさんは、目を閉じていた方がドジらない……?」

「やめて! 変な勘違いはおよしになって! 今のはたまたま、たまたまですからね!?」


 アカツキがおかしな口調で取り繕うが、アルが抱いた感想は変わらなかった。すなわち、『アカツキさんって、やっぱりドジだし馬鹿っぽいよな。どうしてこの人が魔王なんて呼び名をつけられることになったんだろう』というもの。

 魔王の核という聞き馴染みのないものがその要因である可能性が高いのだろうが、やはりよく分からないままだ。フォリオたちの様子を見る限り、問い質していいものではないようなので、どこかで情報を探さなければならない。


「ルンタッタ~、ルンタッタ~……ってあれ……?」


 失敗を誤魔化すように、急ぎ足で進みながら軽快に口ずさんでいた音が途切れた。

 アカツキを観察するのをやめて前方を見ると、既に家の近くまで辿り着いている。木々の合間から見える景色は、見慣れたものに変わっていた。


「畑が、復活してる……!」

『おお? なんだ、種まで植えているのか? あいつら、やっぱりアカツキと違って働き者だな』


 家を囲む畑。出発前は雑草に覆われていたそこは、しっかり土が見えるくらい整備され、今はスライムとラビが種まき中のようだった。畑の傍の納屋に置いていた種に気づいて、指示される前に作業をしてくれていたらしい。


「……マジで、働き者じゃん。え、俺、ダメな子扱いが加速しない……? 社畜、じゃなかった、えぇっとワーカホリック、いやこれもだめ……まあ、とにかく、そんな根性は引き継がれなくていいんだよっ⁉ 俺の悲しい過去を思い出させないでぇ!」


 何故か頭を抱えて跪き、悲痛な叫びを上げるアカツキを、スライムとラビが冷たい雰囲気で見た。その後、種まきも終わったのか、達成感に満ちた表情でアルを見上げてくる。

 その視線で求められていることを察し、アルは二匹の頭を撫でて、アイテムバッグに収納していた串焼き肉を与えた。


『我も、我も!』

「……ブラン、あれだけ果物食べていたのに……」


 喜んで串焼き肉に食らいつく二匹の横に、ブランが並んで手を伸ばしてきた。期待で目を輝かせ尻尾を振っているが、何も仕事をしていないのに当然のように肉をもらえると思っているのが不思議だ。

 さらっと無視して家に入ろうとすると、アカツキの泣き言に被さるようにブランの叫びが響いた。


『我にも、肉をよこせー!』

「いつから盗賊に転職したの? あと、足元で動き回らないで、踏みそう」


 怒りの声を受け流し、足にタックルや頭突きを仕掛けてこようとする体をつま先で転がす。これはブランにとっての遊びの一環であるのか、たいして苦労することなく躱せた。


「――相変わらず、狐は馬鹿みたいなことをしているな。アルの邪魔はするでないよ」


 不意に家の中から声がした。聞き覚えのある声の主を、アルは勢いよく振り向いて確認する。

 玄関の先、リビングの方から金の髪を持つ男が覗いていた。リアムだ。


『はっ、お前の存在の邪魔さに比べたら、我とのこれはじゃれあいにすぎんのだ! 部外者は引っ込んでろ!』

「ははは、狐が愚かなことを言うておる。その考えが負担になると気づけないのだから、やはり狐は所詮在野の魔物なのだ」

『なんだとぉ!? 勝手にアルの家に入り込んでいる者に言われることではない! 不法侵入者はただちに出ていけ!』

「余にとって森は管理下にあるもの。どこにいようと、咎められるいわれはないな」


 会った途端刺々しい雰囲気を隠さず喧々囂々とする二人に、アルは痛む気がするこめかみを指圧した。

 生理的レベルで気が合わない二人のことはよく分かっているつもりだったが、何も久々の再会の途端にこんなやり取りをしなくてもいいだろうに。そう思っているのはアルだけではない。


「なんなの、目が合ったらバトルなの? 喧嘩っ早さ半端ないな。ぐれたヤンキーも引くレベル……」


 玄関から様子を窺うアルの隣に、いつの間にかアカツキがやって来ていた。転んだからか、それとも嘆きの際に膝をついていたからか、どことなく土っぽい香りが漂うアカツキの服を叩いて綺麗にしてやりながら、アルはその発言に首を傾げた。

 ヤンキーとは聞き覚えのない単語だが、魔物の一種だろうか。確かに今の二人は、魔物も引きそうな威圧感を魔力と共に放っている。


 自身も莫大な魔力を持つためか、アカツキはその威圧に気づいていないようだが、ラビとスライムがその足にしがみついて震えていた。弱い魔物には辛かろう。そこで縋るのがアルではなくアカツキであるあたり、彼らはマスターが誰であるかをしっかり理解しているらしい。

 アカツキを冷えた態度で迎えようと。褒美をねだる相手がアルであろうと。彼らの主がアカツキであることは変わりない。不思議な主従関係である。


「二人ともそのくらいに。リアム様、久々の再会なんですから、落ち着いて喜ばせてもらえると嬉しいです」

「うむ……すまない、どうもこの狐を見ると、余はおかしくなるようだ。これも神に課せられた業である……」

『むぅ……こいつは気に入らんのだ……』


 本気で少し怒りを籠めて咎めると、二人の棘が一瞬で抜けたように見えた。反省しているようだが、お互いを窺う目には険が残る。神の定めた役割上、彼らがいがみ合うのは仕方ないことなので、アルはため息一つで諦めた。


「とりあえず、お久しぶりです、リアム様。無事に帰ってきました」

「ああ、帰還したことは分かっていたが、やはりこの目で確認したくなって、早速来てしまった。無事に帰って来られたようで、喜ばしいぞ」


 リアムの無表情に僅かに喜色が浮かんだ。元々表情変化が少ない人なので、これは本気で喜んでくれていると思って良さそうだ。

 アルは微笑みを返して、リビングに向かう。折角来てくれたのだから、お茶でも出しておもてなしをしなくてはと思ったのだ。正直、フォリオのもとでお茶会をしてきたので、またかという感じもするが。


「ああ、もてなしはいらないぞ。私はただアルと顔を合わせて無事を祝し、今後の予定を尋ねるために来ただけだからな」

「今後の予定……ソフィア様との面会の話ですか」


 すれ違いざまにアルの腕を摑んで足を止めさせたリアムが、僅かに目を細めた。その目に浮かぶ感情が上手く読み取れない。


「そうだ。なるべく早く会いたいとあの娘が望んでいるようだからな。それに、アルは忙しかろう? 面会を忘れて精霊の森に行かれると、再会に時間がかかる」

「……僕たちが精霊の森に行くと、どこで知ったんですか? フォリオさんから連絡があったのですか?」


 見上げた先で、僅かにリアムの口が歪む。目に一瞬愉悦が浮かんだように見えた。


「――いや、あるべき流れを読んだだけだ」


 まるで意図が読み取れない言葉にアルは眉を寄せて、リアムの感情を推し量ろうと目を眇めた。

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