第220話 再会と懸念
昼食が終わり暫く休んでから、アルはフォリオに会いに行く準備を始めた。その横ではアカツキが、足元で跳ねる魔物に指示を出している。
「スライムは畑の雑草取りしといてなー。ラビはー……え、何する?」
何故か角兎のラビに問い掛けるアカツキに、アルは視線を向ける。
アカツキは真顔でラビと見つめ合っていた。心なしかラビが呆れた目をしている気がする。
「……ラビも雑草取りならできるんじゃないですか」
「うさぎですもんね。抜けなくても食べれば――」
「うさぎとはいえ魔物なので、基本的に肉食ですけどね」
「……確かに、うさぎなのに、こいつ肉好きでした」
微妙に顔を顰めるアカツキに首を傾げながら、アルは冬用のマントを羽織ってアイテムバッグを背負う。
「そろそろ行きましょうか」
『あいつのところでまた旨いもん食えるかもしれんな』
「不味い薬湯を出されるかもよ」
『……それはお断りだ』
肩に跳び乗ってきたブランに揶揄混じりに返すと、苦々しい口調で言いながら尻尾を垂らした。以前フォリオに出された薬湯が軽くトラウマになっているらしい。
アルは思わず笑いながら玄関に向かった。足元をスライムとラビが駆けていく。早速雑草取りをしてくれるようだ。
「スライムたちは働き者だなぁ」
『アカツキとは大違いだ』
「それ、ブランが言えること?」
完全に自分を棚に上げた発言をするブランを横目で軽く睨む。ブランは下手な鼻歌を歌って視線を逸らした。
「アルさん、フォリオさんのところにはどうやって行くんですか?」
スライムたちに遅れて追いかけてきたアカツキと共に森を歩く。顔を顰めて周囲に視線を向けるアカツキは、魔物との遭遇がよほど嫌なようだ。
異次元回廊でいくらか戦闘に慣れたはずなのだが、魔の森はまた違うということだろうか。
「普通に歩いて行きますよ」
「転移とか――」
「印を置いてませんから。それに他人の敷地にいきなりお邪魔するのは礼儀に反していますよ」
アルの返答が期待に反していたのか、肩を落とすアカツキに苦笑する。
「……アルさんって、わりと礼儀作法ちゃんとしてますよね」
「その辺は生まれ育ちによるものですね」
肩をすくめて返しながら、アルは腰元の剣を抜いた。さすが魔の森と言うべきか、周辺の魔物がアルたちの気配を察知して近づいてきているのが分かったのだ。
戦闘の気配を感じたアカツキが、表情を引き締め杖を構える。嫌々ながらも様になった動きだった。
アルの肩で満足げにブランが頷く。アカツキの鍛練の成果が表れているということだろう。
「――のんびり歩いていても魔物が押し寄せて来るだけなので、ちょっと走りましょうか」
「え、マジっすか!?」
『おお、体力をつけるのにもちょうどいいだろうな』
アカツキの悲鳴のような声を聞き流して、アルは木々を縫うように駆け出した。ブランの尻尾が楽しげに揺れる。現れる魔物は一太刀で切り伏せた。
付かず離れずついてきたアカツキが、泣き言を漏らしながらも杖を振る。
「森の中でマラソンとか嫌だぁ~! あ、【風刃】!」
「攻撃の
「勉強しましたから!」
アカツキが誇らしげに言う。アルがサクラと共に研究している間、アカツキは
「このペースだとすぐつけそうですよ」
「俺がバテる方が早そう……」
『根性出せ。アスレチック施設で鍛えた体力はそんなもんじゃないだろう』
「あぁ……確かにあの鍛練の方がキツかった……」
横に並んだアカツキを見ると、遠くに視線を向けて疲れた表情をしていた。ブランの遊びに付き合わされた日々は、だいぶキツいものだったらしい。
アルが研究にかかりきりで、ブランが退屈しのぎにアカツキに無茶振りをしていたのは分かっていた。だから、正直申し訳ないことをしたなと思っている。
贖罪ではないが、ここでの戦闘はアルがさっさと片付けることにして、駆ける足を早めた。
「ちょ、速い速い……!」
アカツキが悲鳴を漏らしながらも遅れることなくついてくる。
思っていた以上に体力がついたのだと感心しながら、前方に見えた果樹の木に目を細めた。その木はフォリオの住みかに向かう目印。再会はもうすぐだ。
◇◆◇
久しぶりに見た大木の家。その手前の開けた場所では、煌めく姿の妖精たちが忙しそうに動き回っていた。
アルたちに気づいて手を振る妖精たちに挨拶しながら首を傾げる。
外に置かれたテーブルの上には、たくさんの果物とお茶の準備がされていた。
「おお、久しいな、アル。怪我がないようで何よりだ」
「お久しぶりです、フォリオさん。無事に帰ってきましたよ」
家の扉から出てきたフォリオが、アルを認めて柔らかに目を細めた。口調からも表情からも、再会を喜ぶ雰囲気が伝わってきて、アルも嬉しくなる。
アルの血筋が本当に精霊と繋がりがあるならば、フォリオは親戚にあたるかもしれないのだ。母以外の血縁に愛情を向けられた記憶のないアルにとって、くすぐったくも温かい心地がするのは仕方ない。
自然と表情を緩めるアルをじっと見つめたフォリオは、満足そうに頷くとテーブルを手で示した。
「金のドラゴンからアルの帰還を教えてもらったのだ。すぐに来てくれると思って歓迎の準備をしていた。席についてほしい」
「ああ、お気遣いありがとうございます」
テーブルに溢れんばかりに載せられた品々はアルのためだったらしい。
微笑むアルに先んじて、食いしん坊の相棒が椅子に跳び移った。
『旨そうなものばかりじゃないか! きちんともてなしというものを学んだようだな』
「ブラン、偉そうなこと言わないでよ」
盛大に尻尾を振って果物に手を伸ばすブランを、アルは頭を叩いて止めながら、妖精が示してくれた椅子に腰かけた。その隣にアカツキも腰かける。
フォリオはアルの正面に腰かけながら、アカツキを見つめて首を傾げた。
「そちらは……魔族か」
「ええ、人型で会うのは初めてですね」
「改めまして、アカツキです!」
笑顔で挨拶するアカツキを凝視したフォリオが、不思議そうに瞬きを繰り返す。
「うむ……魔族らしい顔立ちだ。そなたは異郷の魔王だろう? 外で人型をとれるようになったとは、神の縛りから解放されたのか?」
「え……? フォリオさん、アカツキさんのことを知っていたのですか?」
意外なことを言われてポカンと口を開けて固まるアカツキに代わり、アルが尋ねる。フォリオの顔を探るように見ても、そこに敵意は微塵もなく、ただ疑問を呟いただけのようだ。
「ああ、理に縛られた獣姿の時は気づかなかったが、アカツキとは魔王を指す名だったはずだ。神の定めし牢獄の時はまだ満ちていないだろうに……なんぞ神の心変わりでもあったのか? 精霊の森からは何も連絡はなかったが……」
見定めるように細められるフォリオの目から視線を逸らし、アルはアカツキと顔を見合わせて首を傾げた。
ダンジョンの妖精に会う前に、その点を見咎められることになるとは思わなかった。神の干渉から逃れる魔道具を作ったことを正直に話していいものか、判断を迷う。
『まあまあ、会って早々、そう問い詰めるような無作法は良くないわ』
『そうよ、まずはお茶を飲んで落ち着きましょう』
妖精たちがフォリオを窘めるように囁き、優美な装飾のポットから黄金の輝きのお茶をカップに注いだ。甘い香りが風に混じる。
「……確かにお前たちの言う通りだ。どうぞ茶を飲んでくれ。アルとの再会のために、精霊の森から取り寄せておいた自慢の蜂蜜茶だぞ」
ため息一つで表情を変えて、再び微笑んだフォリオがカップを示す。
「……ありがとうございます、いただきます」
カップを手に取り、甘い香りに目を細める。心安らぐ香りだが、懸念が頭を占めて満足に味わえないのが残念だ。
隣のアカツキがぎこちなくカップを傾けるのを見ながら、アルはこれからの説明に頭を悩ませた。
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