第219話 時の流れ

 本日の昼食は新鮮サラダと魚介たっぷりスープ、ガーリックトースト。

 口に合ったようで絶賛しながら食べるアカツキとブランに微笑み、飲み物に伸ばした手が止まった。何か気配を感じた気がする。

 外に視線を向けると、窓枠にキラリと輝くものが見えた。


『――やめておけ、後でいいだろう』


 椅子から立ち上がりかけたアルを引き止めるように、ブランが苦い口調で呟いた。エビを殻ごとバリボリと砕いているその顔を見下ろしてから、アルは再び窓を見る。

 輝くものの正体が気になったが、食事中に席を立つのは無作法。ブランの様子を見て、危険性がないことは分かったので後回しにすることにした。それはそれとして、ブランに話は聞くが。


「ブラン、あれは何?」

『……若作り爺からの連絡だろう』

「ああ、リアム様。そっか、僕が帰ってきたこと分かったんだね。ここはリアム様が管理している範囲だし」


 渋い表情のブランの言葉に頷いて、アルは昼食を再開した。

 リアムはドラグーン大公国周辺の魔の森を管理していて、その範囲のことは全て把握できるらしい。アルがここに家を作った時のことを思い返しながら、リアムの察知の早さに納得した。


「え、リアム様からの連絡だったなら、早く確認した方がいいのでは?」

『急ぎの用なら、あやつ自身が来るだろう。おい、もう食わないなら貰うぞ』

「食べますー! だから取らないで!」


 スープ皿を横取りしようとしたブランの頭を、アカツキが鷲摑みする。

 大した抵抗も見せないまま皿から離れたブランだが、その口がスープから一等大きいエビをくわえていたのはアルだけが確認できたのだろう。

 アカツキは呆気ないくらい簡単に離れたブランに首を傾げ、何も気づかない様子でスープを口に運んだ。


「……ブラン、あんまりやりすぎたら駄目だよ」

『気づかない奴が馬鹿なんだ』

「えっ、待って、もしかして何か盗ったの? いつ?」

『盗られても気づかない程度なんだから問題あるまい』


 慌てるアカツキと胸を張るブランを見比べて、アルはため息をついた。

 このやり取りをどこまで咎めるべきか悩む。ブランなりのコミュニケーションだと思うし、それで二人が仲良く過ごせるのなら、アルが何か言うことではないのだろうが。


「あ、そうだ。アカツキさん、ダンジョンへの帰還なんですが、いつにしますか?」

「ふへ? 昼食終わったらすぐに帰るつもりでしたけど……?」

「……一人で?」

「もちろん、俺だって、長年の住みかくらい一人で帰れますし」


 アカツキが口に放り込んだつみれを飲み込んでから、あっけらかんと言うので、アルは少し頭痛を感じた。

 ブランに何を盗られたか追及するのを諦めるのが早いし、アルの問いへの返答も考えなしが過ぎる。サクラが心配を通り越して怒るわけがよく分かるというものだ。


「……ダンジョンにいる妖精のことを探るんでしょう? 彼女たちが神の意を汲んでアカツキさんを監視していたのなら、それを持って一人で会おうとするのは危険すぎますよ」


 アカツキの首から下がる魔道具を指さして言う。その魔道具は神の干渉を妨げるものだ。神の側からしたらあってはならない物だろう。

 ポカンと口を開けて、言われて初めて気づいたと言いたげな表情を浮かべるアカツキに、アルは更に頭痛が強まった気がした。

 サクラにアカツキのことを守ると約束したのだが、なんだか難しいことを安請け合いしてしまった気がしてならない。

 思わず顔を歪めるアルをブランが呆れた目で見ていた。


『アカツキの馬鹿さ加減をそろそろ学んでおくべきだったな』

「想定を超えていたから、認識を改めておくね」

「アルさんまで、俺のこと馬鹿って言ったぁあ……!」


 泣き伏すアカツキの皿から、ブランが魚の身を奪うのをアルは静かに黙認した。頻繁に危機感も警戒心も迷子にさせるアカツキに、ちょっとくらい深く考えるようになってほしいという、アルなりの愛の鞭だ。


「とりあえず、フォリオさんの話を聞いてからダンジョンに行ってみましょう。フォリオさんが、アカツキさんのダンジョンにいる妖精のことを知っているかもしれませんし」

『うむ、それがいいだろうな。アカツキ、勝手にダンジョンに帰るんじゃないぞ』

「……うぅ、了解です」


 しょんぼりと肩を落としたアカツキに苦笑して、アルは食べ終えた皿を重ねてキッチンに持って行く。とりあえず流し台に皿を放置して、窓辺に向かった。リアムがどんな連絡を寄越したのか気になっていたのだ。

 窓から外を見たアルは、大きく瞬きをして目の前のものを凝視した。


「……これ、何?」


 窓辺には金の鳥がいた。といっても恐らく生き物ではない。置物のような鳥が小さく首を傾げ、控えめに窓を嘴でつつく。

 小さく窓を開けると、礼を言うように首を下げた後、跳ねて中に入ってきた。その首から胴体にかけて紐が巻かれ、筒が背に括りつけられている。


「これを僕に?」


 背を向けて筒を取るように示す鳥に首を傾げながら手を伸ばす。指先に触れた鳥の感触は金属そのものだった。

 リアムは金気を司るドラゴンだったはずだ。もしかしたらその能力で生まれた鳥なのかもしれない。


「受け取ったよ、ありがとう」


 金の鳥はアルに観察されていることを気にしない様子で、チチッと囀ると森の向こうに飛んでいった。

 金属の鳥だが飛行能力はあるらしい。魔道具で再現しようと思ったらどういう魔法陣を描けばいいだろうか。真剣に考えてみるのも面白そうだ。転移箱より時間がかかるが、伝書魔鳥を使って連絡をとるより簡便で、安全性が高いだろう。民間で普及させるのならこれくらいの魔道具の方がいい。


『まぁた研究心を擽られているな。あまり考え事を増やして我を放置するなよ』

「ふふ、分かってるって。暇になった時に考えることにする」

『アルのその言葉は信用ならんな』


 昼食を終えて膨れた腹をさすっていたブランの細められた目から視線を逸らし、アルは肩をすくめて誤魔化した。正直、今すぐ魔法陣を考えたいが、そんなことをしたらブランに尻尾で叩かれるだろう。


『……それで、あれは何の用なのだ?』


 誤魔化されてくれる気になったのか、ブランがため息混じりに言葉をはく。それを聞きながら、アルは手の中にあった筒の上部にある切れ目を見て、上下に引っ張った。カパリと音を立てて開いた筒の中に紙が丸められている。

 引き抜いた紙を伸ばすと、美しい筆跡で文章が書かれていた。目を走らせること数秒。アルはポカンと口を開ける。


「え、一年ぶり……?」

『……何? っ、まさか、時空の違いによる時間のズレか!』


 ブランが揺らしていた尻尾をピンと伸ばし、愕然とした表情で叫んだ。アルはそれに頷きながら、文章の続きを読む。

 アルの体感では異次元回廊にいたのは数か月程度だと思っていたが、どうやら外の世界では一年以上の時が過ぎていたらしい。紙には無事の帰還を祝福する言葉が並んでいた。


「……まあ、何十年も経っていなくて良かったよね?」

『うぅむ……中から転移魔法で出て来ていたら、更にズレは大きくなっていたかもしれんな』

「そうだね。思い返すと、あの扉、転移だけじゃなくて、別の空間魔法の気配がしていたし、ズレを最小限にするための魔法も組み込まれていたかも」


 ブランの推測に頷きながら、リアムからの手紙を読み切り、アルは小さくため息をついた。静かに事態を見守っていたアカツキが、問うように視線を向けてくる。

 それに頷きながら、アルは説明のために椅子に腰を落ち着けた。ついでに食後のお茶もアイテムバッグから取り出して用意する。


「一年以上経って、ソフィア様周辺の怪しい気配もなくなったみたい。ついでに僕の追手も姿を消したし、暫くは問題ないだろうってさ」

『ああ……そんな奴らもいたな』


 ブランのどうでもよさそうな返事に苦笑する。そういう面倒な存在も、アルたちが異次元回廊に赴く一因だったのだが、ブランはあまり気にしていないようだ。本気を出せばいつでも追い払えると分かっているからだろう。


「――それで、新たな場所に旅立つ前にソフィア様とリアム様に会いに来てほしいらしいよ」

『ほう……あの娘はともかく、若作り爺にわざわざ会いに行くのは業腹だな』


 不機嫌そうに呟くブランに肩をすくめて、アルはその口にクッキーを放り込んでやった。それだけで機嫌を直して尻尾を振るのだから、単純で可愛らしい相棒だ。

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