第217話 二つの扉
「そう……それならば協力するしかないわね。精霊からこれまで得られなかった情報を入手できる可能性があるというのは重要なことだし」
ヒロの元から戻ってきた途端、この地から離れる決断を告げると、サクラが寂しそうな表情をしながらも頷いた。その横でアカツキが何か考え込んでいる。
サクラが寂しがる気持ちは理解できるので少し申し訳ないが、それでも精霊に話を聞く必要があるのは事実だし、それができるのはアルだけだと思うので決意を覆すことはない。
「――俺も、一度自分のダンジョンに帰りたいと思います」
「え、つき兄、待って……」
不意に口を開いたアカツキの腕を、サクラが咄嗟に摑んで抱きしめた。サクラの表情に恐怖が浮かぶ。
ようやく再会できた二人なのだ。離れがたい気持ちであるのは想像に難くない。それを十分わかっているはずのアカツキが、何故そんな決断をするのかと、アルも眉を顰めてアカツキを見つめた。
「俺のダンジョンに妖精がいたんだ。口うるさい奴らだなぁって思ってたけど、思い出してみると、俺はあいつらをダンジョンに設定した覚えがない。つまり、俺があの場に閉じ込められた時には、既にあいつらはそこにいたってことだ。……妖精は精霊の部下みたいなものらしいし、もしかしたら精霊からの指示があってそこにいたのかもしれない」
「つき兄……」
「精霊は神の意思を受けて行動する存在ですから、神が閉じ込めようとしたという意思から、アカツキさんを監視していた可能性はありますね。つまり、現在その場から抜け出していることが、神の方に伝わっている可能性も……? 干渉を妨げる道具は身につけてもらっていますが、十分警戒した方がいいですよ」
「分かっています。妖精の方から何か情報が得られるかもしれませんし、俺の方でもちょっと頑張ってみます」
アカツキの固い意志を感じて、アルは引き留めるのはやめた。ダンジョンにいる妖精から情報が得られる可能性も確かにあるのだ。アカツキが危険性を理解した上で行動しようとしているなら、それを妨げる権利はアルにはない。
唯一引き留める権利を持つサクラは、アカツキの腕を抱きしめて俯き、ジッと固まっていた。
「――桜、大丈夫。ここと俺のダンジョンは接続したままだろ? すぐ帰って来るって」
「……接続したって言っても、行き来が自由というわけじゃないのよ。それに、つき兄の身に何かあれば、帰って来られないかもっ……」
震える声で言い募るサクラに、アカツキが困った表情で眉尻を下げた。妹に甘いらしい性格のためか、断固として突き放すことはできないらしい。なんとか言葉を尽くして納得してもらおうとしているが、サクラが首を縦に振る気配は一向にない。
困りきった表情のまま、アカツキが縋るような目を向けてきたので、アルはため息をついた。肩に乗るブランも、呆れた表情だ。
身内の説得ぐらい自分でやってほしいものだが、サクラを納得させられるだけの安心感がアカツキにないのも事実。ここはアルが手を貸してやるしかないだろう。
「サクラさん、大丈夫ですよ。アカツキさんに何かあっても、僕が引きずってここに連れ帰ってきますから。死なないし怪我しないので、多少乱暴でも構いませんよね?」
「……アルさんのことは信頼してるわ」
「なんで? 兄ちゃんのことも、もっと信頼して?」
アルの言葉に頷いたサクラを見て、アカツキが悲愴な表情で肩を摑んだが、今度はサクラの方から振り払われた。
「信頼できるはずがないでしょ! つき兄、どんだけ長い間離れていたと思うの。貧乏くじ引く癖を治してから言ってよね!」
「……それ、生まれ変わらないとたぶん無理」
『どんだけ根強いんだ、お前の不運体質』
情けない表情のアカツキに、ブランが思わず呆れた口調で言葉を放った。何故かアカツキが胸を張り、ブランを見つめて口を開く。
「不運すぎて、一週回って面白くなっちゃうくらい強い体質です!」
「誇るんじゃないわよ!」
即座にサクラの平手がアカツキの頭を襲った。悲鳴を上げて蹲るアカツキを冷たい眼差しで見下ろしたサクラが、アルに視線を移す。サクラ同様に呆れた目を向けていたアルは、姿勢を正してサクラを見つめ返した。
「――こんな馬鹿でおっちょこちょいだけど、私の大切な家族なの。……アルさん、よろしくお願いします」
「承りました。必ずここに返しに来ますよ」
深々と頭を下げたサクラにアルも真剣な表情で約束した。互いを思いやる兄妹の関係が羨ましいと心の隅で思ったのは、アルだけの秘密だ。
◇◆◇
アルの前に二つの扉があった。外に出ると決めて準備を整えたアルたちをサクラが連れて来てくれたのがここだったのだ。
管理塔近くの森をさらに奥深くまで進んだ先にあったのは、荘厳な門扉と簡素な門扉。
「こっちの豪華な門の方は、神の御許に続く門だと言われているわ。神の試練を潜り抜けた者だけが通れると言われているのだけど」
そう言いながら扉に手を掛けたサクラだが、扉はピクリとも動かなかった。サクラは試練を受けていないのだから当然だろう。
アルならば動かせるのかと思って手を伸ばしてみるも、やはり扉は動かない。
「……私たちがだいぶ試練を改変したせいかしら? 与えられた知識では、試練を潜り抜けると神と対面できる権利が得られるはずなのだけど」
「まあ、今の状況では会えなくて良かったとも言えますし、気にしませんよ。それより、こっちの扉が外に続いているんですね?」
眉を顰めたサクラの言葉を軽く受け流し、アルは簡素な門扉を指さした。
「ええ。転移魔法以外で唯一外に繫がる扉よ。ここは試練を潜り抜けられないと、外部との行き来が不可能になるから」
『随分と見た目に差があるな』
「この門は神が創った頃から変わっていないの。というか、私たちが設定を変えられないようになっているのよね」
ブランの言葉にサクラが肩をすくめる。その指が扉に触れると、自然と扉が開け放たれた。その先に広がるのは暗黒の闇だ。足を踏み出すのを躊躇いたくなるような、陰鬱な雰囲気が漂っている。
その闇へと鼻先を向けたブランが、暫く何かを推し量るように目を細める。だが、何度か頷いてアルの頬に頭を擦り付けてきた。
『問題ない。ただの空間の狭間になっているだけだ。この先に外の世界の魔力が感じられる』
「さすがブラン、魔力感知能力が長けてるね」
アルでは分からなかったが、ブランの能力が安全を保証したなら何も不安はない。肩の上で胸を張るブランを微笑みながら撫で、アルはバッグを持ち直した。横に立っていたアカツキに視線を向ける。
「準備はいいですか?」
「――はい。サクラ、ちょっとだけ留守にするけど、いつでも連絡してきていいからな」
「……分かってる。ちゃんと帰って来てね」
サクラがアカツキに抱き着いた。強く抱きしめ返したアカツキが、暫くして腕を解く。それを合図にして離れたサクラは、寂し気で心細そうな表情だったが、もう泣き言を呟くことはなく、見送るためにと一歩門から離れた。
「サクラさん、行ってきます」
「行ってくるよ、桜。すぐに帰って来るからな」
「……うん、行ってらっしゃい、つき兄、アルさん、ブランも。絶対に無事で帰って来てね」
手を振るサクラにアルは微笑んで手を振り返し、闇に向き合った。すぐに足を踏み出すと、一瞬の闇の後に新鮮な空気が頬を撫でる。冷たい風が吹きつけて来て、目を開くと同時にアイテムバッグからマントを取り出して羽織った。
「寒っ⁉」
「……冬だね」
『冬だなぁ。うむ、雪はないが、冬だ。ここは魔の森か』
アルたちの周囲には見慣れた森の姿と、懐かしく感じる魔力が広がっていた。
「……ああ、帰って来たんだなぁ」
目を細めて森を見渡して、空間の違いを実感する。ブランの頭を撫でながら、アルは目的に向けて再び歩き出した。
――――――
この章はここまで。
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