第216話 新たな決断

 自身が精霊の血を継ぐ者かもしれないなんて、衝撃的な事実を知ってしまったが、現時点でするべきことに変わりはない。すなわち、クインの存在を取り戻す方法を得るために研究を続けること。

 そのために、アルはひとまず工場長であるヒロに話を聞きに行くことにした。本に記されている以外の情報を持っていないか気になったのだ。

 工場に着いた途端、出迎えたヒロに最上階に直行させてもらったので、工場内を巡る必要はなかった。食べ物を目当てについて来たブランは残念そうだったが。


「魔力性質についてか……。それは宏文も仮説にすぎないと考えていたことだが……。なるほど、アルの空間魔法への適性を考えれば、その点についての研究も進められるか」


 前回同様、歓迎の食事を用意してもらった後に訪問の理由を話したアルに、ヒロは難しそうな表情で腕を組んだ。


「ヒロフミさんも空間魔法の使い手を探し続けていたんですよね?」


 サクラから聞きかじったことを尋ねると、ヒロが頷きながら飲み物が入ったグラスを手に取る。淡いブルーのジュースが虹色に輝いていた。今日は前回以上に不思議な飲み物を飲んでいる。


「帰還のために転移魔法を研究していたからな。精霊の魔法は見ていたが、それが宏文たちに使えないものだとは分かっていたし、直接的な協力が得られる可能性も低かった。……精霊は驚くほどに排他的なんだ」

「それはブランからも聞いていましたが……」

『あれらも神の制約に囚われている者たちだからな。そもそもが精霊以外に関心を持たない性質でもある』


 疲れたようなため息をつくヒロを見るに、宏文たちはそれでもなんとか精霊の助力を得られないかと努力したのだろう。その努力は実を結ばなかったようだが。

 ブランも呆れ気味で呟くくらい、精霊の性質はそう簡単に揺るがないものであるらしい。だが、アルはそのように対応された記憶はない。出会った精霊は一人だけだが、それはアルが精霊の血を継ぐ者だと認識されていたということだろうか。


「地道な交流を繰り返して、空間魔法を見せてもらうことはできたんだ。それに、至極稀に精霊と人間の間で子が生まれて、その子は精霊としての制約が緩いというのも聞くことができた。それ故、宏文たちは精霊の血を継ぐ者を探し回ったんだが……これがなかなか見つからなかった。後々に精霊の子が残した文献や魔道具が見つかることがあったから、宏文たちの運が悪かったんだろう」

「運が悪いというより、隠されていたようにも思えますね」


 呟いたアルを、ヒロとブランがちらりと見上げた。ヒロは真剣さと緊張感が漂う表情だったが、ブランは口の端で骨付き肉の骨が揺れていて、真面目な雰囲気を損なっている。

 アルは苦笑して、落ちそうになっている骨を引き抜いて空き皿に置いた。


「……隠す、か。イービルがそうしていた可能性はある。もしくは精霊の森に匿われていたか。それとも第三勢力……」

『そういえば、帝国の皇子が転移の魔道具を持っていなかったか?』

「あ……確かに……魔道具を作るにしても、空間魔法に適性がないと作れないはず。一体誰が……?」


 ドラグーン大公国で出会った、芝居がかった振る舞いの皇子カルロスを思い出して首を傾げる。ヒロも難しい表情で腕を組んでいた。


「帝国か……たまに宏文から情報が入るが、あそこは悪魔族と正面から敵対している国だろう。昔から転移魔法が籠った魔道具を使っているという情報があったし、精霊と秘かに同盟を組んでいるのか……? いや、精霊はああいう国の人間こそ嫌う性質な気もするしな……。もしや、精霊と人間の子を代々確保しているのか?」

『それはあり得るな。初代が精霊と人間の間の子だとして、今が孫なのかそれより血が薄くなっているのか分からんが、多少の適性を保持し続けられれば、あの程度の転移魔法なら魔道具にできるかもしれん』


 ヒロとブランが顔を顰めていた。二人が言うことが事実になれば、帝国は精霊の血を継ぐ者を監禁している可能性がある。外部に一切情報が流れていないことを考えても、自由に生きているとは思えないのだから。


「……帝国にはできるだけ近寄らない方がいい?」

『避けるにはもう遅いだろう。あいつはアルの能力を知っている。会う前から情報は入手していたようだしな。だが、アルを確保する様子はなかったから、帝国としては追手をかけるつもりはないんじゃないか?』

「転移魔法を自由自在に操る者を拘束することの難度の高さを思えば、帝国が安易に手を出してくることはないと俺も思うぞ」


 顔を顰めながら漏らした心配ごとは、ブランとヒロの両名に否定され、アルはホッと息をついた。

 帝国にはいつか遊びに行きたいと思っていたのだ。行くのは戦争がなくなってからだと思っていたとはいえ、面倒な事態は起こらないに越したことはない。

 とはいえ、空間魔法の使い手が拘束されている可能性を考えると、複雑な気持ちになる。同じように魔法を使える者としては、機会があれば助け出したいが、そもそもその存在自体が不明な状況では打つ手はない。


「……とりあえず、空間魔法のことはおいておくとして、魔力の性質についての話なのですが」

「ああ、アルはその魔力を見極める鍛錬をしようと考えているのだろう?」

「ええ、それができれば、時を操りクインの存在を戻すことが可能になると思うので」


 アルが明確に言わずとも、ヒロはすぐに察してくれた。頷きながら思考に沈むヒロをジッと見つめる。

 魔力の時に関する性質の可能性を知ってから、アルは意識的に魔力を見定めようとしてきたのだが、これがなかなか上手くいかないのだ。風や火など、属性に関することは目で見て認識できるのだが、時というあやふやな性質をどう認識すればいいのか分からないでいる。そもそもその性質が本当に存在するかさえ確実ではないのだ。


「……時に関する魔力は、当たり前に世界を満たしているのだと宏文は考えていた」


 思考をまとめたのか、唐突にヒロが語りだした。視線を宙に巡らせ、そこに見えないものがあるように移ろわせる。


「魔の森は植物の生育に関して、未来へ進む性質の魔力が多量に関わるよう設定されていて、この地はその設定が緩やかだ。近くの森の木を倒してみれば分かるだろうが、この地ではすぐに植物が再生することはないんだ。だが、いくらかは管理者によって設定できるようになっている。つまり、限定的ではあるが、サクラたちにも時が操れるようになっているんだ」

「ああ……言われてみれば、魔の森とは多少環境が異なっていますね」


 ヒロの説明に頷きながら、アルも周囲を流動する魔力に目を細めた。普段は意識していないため魔力を視界に映すことはないが、こうして見てみると、雑多とも言えるほど属性が入り混じって存在しているのがよく分かる。

 この中に時に関する魔力もあるのだろうかと思いながら首を傾げた。


「植物の再生速度を弄ったり、空間魔法を使ったりする際に、どういう魔力が使われているかを読み取るのが、時の魔力を認識する近道だと俺は思うが……難しそうだなぁ」

「そうですね。僕もそう思って何度か確かめているのですが、なかなか……」


 苦笑するヒロに同意しながら、アルはため息をついた。試しに転移魔法を発動させて部屋の隅に移動してみるも、そこで使われる魔力は空間魔法に使える魔力としか認識できない。時の魔力を区別するなんてできそうもなかった。

 再びソファに腰を下ろして悩むアルと、難しい表情で腕を組むヒロを見比べていたブランが、嫌そうに顔を歪めながら口を開く。


『……空間魔法は精霊の固有魔法と言われるほど、精霊と関係が深いものだ。その魔法に関して極めたいと言うならば、一つしか道はあるまい』

「道……精霊に話を聞く、ということだね」

『……あれらは引きこもりの頑固者だが、身内の結束は固いのだ。精霊の血を継ぐ者の声には耳を傾けるだろう。あまり関わってはほしくないが……アルをここに寄越したのもあれらの要望だったはず。ならば、何らかの助力をする準備を、既に整えている可能性も高いぞ』

「なるほど……」


 精霊とアルが関わるのが余程嫌なのか、ブランの口調には苦さが滲んでいた。顰めた顔をほぐすようにブランの頬を揉みながら、アルは暫く考えた後に決断する。


「――よし、一回外に出て、フォリオさんに会おう」


 だいぶ長いことこの地に滞在したので、追手も流石に諦めているだろうと考えたのだが、実際どうだろうか。外の世界のことも気になるし、研究を進めるためだと理解すればサクラたちも協力してくれるはずだ。

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