第215話 魔力性質とルーツ
サクラたちと魔力について話していると、ニイが一冊の本を手に持ち帰ってきた。
「お待たせいたしました。こちらが、ヒロフミさまがまとめた【魔力と特異体質の順応性】に関する本です」
「【魔力と特異体質の順応性】……ということは、ヒロフミさんは、魔力がある環境への適応過程で、死なない体質になったと考えているということですか?」
「そうお考えだったようですね」
アルはタイトルからヒロフミの研究の前提となる考えを読み取ったが、サクラやアカツキはよく分からなかったようだ。きょとんと目を瞬かせる二人を見て苦笑する。本を開いて文章を読み解きながら説明を始めた。
「サクラさんたちは、魔力というものがない世界から来たのでしょう。ですが、この世界は魔力を持たない者は存在しないという原則の上で成り立っている。そこで、この世界に適応するために、魔力を身に蓄えることになった。でも、元々が魔力を扱える体ではないのだから、魔力は存在を維持するためだけに使われる」
「存在を維持……って、つまりは永遠の命ね」
「よく分からないんですけど、それはこの世界に元々いる人とはどう違うんです? この世界にも、あまり魔法を使えない人もいるんですよね?」
「それは、僕も疑問に思っていたんですが――」
アカツキの問いに首を傾げながら本を読み進めると、やがてその答えに関する記述に辿り着く。アルはその内容に目を眇めた。
「――ヒロフミさんは、魔力には二種類あるとお考えのようですね」
「二種類?」
「ええ。時の流れさえも、魔力によって為されているのだと考えているようです。魔力には、現在から未来へ向かう性質のものと、現在から過去へ向かう性質のものがあり、その二種類の魔力のバランスにより、一定の速度で時が流れているのだと」
「……凡人には理解しがたい概念ねぇ」
サクラが疲れたようにため息をついて、首を振った。アカツキは頻りに首を傾げて理解しようと努めていて、不意にポンと手の平と拳を打ち合わせた。
「箱庭って考えたら理解できるかも? ゲームで箱庭を作ろうと思ったら、普通ゲーム内の時間を実生活の速度に合わせるけど、時々一時間で昼夜が巡るようなゲームもあるし。この世界は、時間を魔力によって設定しているってことですね」
「ヒロフミさんはそうお考えのようですよ。サクラさんたちの体質では、この世界の人よりも過去に向かう性質の魔力が多く含まれてしまっていて、それ故に体の時間が膠着状態になっているらしいですね。成長はないが、退化もない」
「なるほど……つまり私たちは世界の時間から隔離されて取り残されているってことかしら」
「そうとも言えますね」
難しい表情で呟いたサクラに頷いて返す。
とはいえ、今述べたことは全てヒロフミの推論に過ぎない。本にも実証は難しいと書かれていた。何故なら――。
「――時間に関する魔力を認識し、扱うには、空間魔法への適性が高くなければならない……か」
本に書かれた一文を読み上げたアルに、サクラとアカツキから視線が注がれる。
「空間魔法への適性? それが何か関係があるの?」
「どうやら空間魔法は、時間に関する魔力を使って効果が示される魔法だとヒロフミさんは考えているようです。過去に精霊の空間魔法を見た際に、それに気づいたのだと」
「んん? 確かに精霊に空間魔法を見せてもらったことはあったわね。宏兄がそこで何か気づいたとかは知らなかったけど……分析用の【
首を捻りつつ言うサクラに苦笑し、アルは本を最後まで読み終えた。
「空間魔法が時間に関する魔力を使うというのが本当なら、空間魔法を使える人が限定されている理由も分かりますね。正直、僕以外だと現時点で空間魔法を完全に使える人間はあまりいないのではないかと。そんな話を聞いたことがありませんからね」
「アルさんだけ使えるっていうのも不思議ですよね~。アルさんと僕らが出会ったのは、奇跡的な巡り合わせってやつですかね?」
能天気に「ラッキー」と呟いて緩く笑うアカツキの横で、サクラが首を傾げた。
「……今思い出したんだけど、空間魔法って精霊の固有魔法じゃなかった? 宏兄がそんなことを言っていたような……。でも、精霊は神との理によって、精霊以外との関わりを制限しているから、帰還のための直接的な協力は得られなかったって話だった気がするんだけど。精霊は稀に人間との子を作るって聞いて、そっちを探し回ったけど見つけられなかったのよね……」
「……え?」
あまりに意外なことを言いだしたサクラを、アルはポカンと口を開けて凝視してしまった。
その表情が間抜けに見えたのか、ブランが鼻で笑って尻尾をぶつけてくる。
『ついに辿り着いたか』
「……なるほど、ブランは知っていたわけだ。なんで教えてくれなかったの」
『ふん。別に普通に生きるならば知る必要のないことだった。むしろ知れば面倒なことに巻き込まれる可能性があるから、我は隠そうとしていたというのに。お前は当たり前にドラゴンや精霊と会うし……こんな面倒ごとに関わるし……』
アルの苛立ちを、尻尾をぶつけていなしたブランは、不服そうに呟きを続けていた。どうやら精霊とアルの関係について、ブランは知られたくなかったらしい。
「でも、僕は人間だよね。両親も人間だし。父親はグリンデル国の公爵で、母親はマギ国の王女。どこで精霊との関わりが……?」
『本当に父親はそいつか?』
「え……ちょっと待って、ブラン、何を言いたいの?」
衝撃的な質問をされて、一瞬思考が停止した。これまで当たり前のことだと思っていた事実が覆される予感に、心臓が早鐘を打つ。
ブランの透徹とした目がジッとアルに注がれた。
『親のどちらかの祖先が精霊と関わりがあるだけにしては、アルの精霊の血は濃すぎる。先祖返りだとしても、あまりにもおかしい。森に受け入れられる性質が表出するほどなのだから、親のどちらかが精霊だと考える方が正しいと思うぞ。アルは母親似らしいから、父親の方が違うんだろう』
「……簡単に言うけどさぁ」
アルは考えすぎて痛みだしてきた頭を指先で揉みながらため息をついた。サクラとアカツキはこの展開について行けない様子でポカンと口を開けている。
「えぇ……待って、ちょっと母様のこと思い出すから……」
目を瞑って母の姿を思い出す。幼い頃に亡くなっているから、既に記憶は朧げだが、遺されていた肖像画がアルと似ているのは確かだった。
母は元々グリンデル国の王子と結婚する予定だったらしい。友好国の王女なのだから、そのまま王妃になるのが正当な流れだっただろう。
だが、公爵家の子息に一目惚れして、そちらに嫁ぐことになった。公爵家も王家の血をひいているから、将来王家と公爵家に生まれた子同士を結婚させることで、隣国の王族の血筋を回収できれば問題ないということになったようだ。それ故、アルは生まれた時から王女との婚約が決まっていた。
「……そう言えば、早産だったけど随分と大きく健康に産まれたって、乳母が言っていたような」
『なるほど、つまり嫁ぐ前に精霊との子をこさえていたわけだな』
「言い方が悪い……」
頷くブランに力なく文句を呟き、アルは机に突っ伏した。あまりに想定外な過去を知り、暫く何も考えたくない気分になる。
「……ああ、つまり、公爵は僕と血が繫がっていない可能性に気づいていて、疎んでいたのかな。あまりに急で強硬的な婚姻だったらしいしなぁ」
王子ではなく公爵子息を婚姻相手にしたのも、王女としての権力を使えるからという理由な気がする。柔らかい雰囲気だった母とは、あまりにイメージが違いすぎて理解しがたいが。
「まさか、こんなところで自分のルーツを知ることになるとは……」
『我も一生気づかなければいいと思っていたぞ。ただの人間として生きる方が幸せだ』
ブランがポツリと呟いてため息をついたのが、やけに大きく聞こえた。
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