第214話 アカツキの閃き
揺り篭をもとに時間を戻す方法の研究は、なかなか進まなかった。空間の調整についてはサクラの方が詳しく、現在は知識を得ながら様々な角度で可能性を検証している段階だ。
昼から頭を使い続けて疲れが出てきたので、一度休憩をとろうと外に出てきたアルは、跳ねるような足取りで進むブランを見て目を瞬かせた。
『んっふふ~、らんらんら~ん』
「ご機嫌だね?」
『お? 休憩か?』
「うん、そうだけど……何を持ってるの?」
ブランは口に袋をくわえていた。何が入っているのか、袋はパンパンに膨らんでいる。
アルの問い掛けに、ブランがキラリと目を輝かせた。
『暇だったから、アカツキと買い物をしてきたのだ! アルの分も見繕ってきたから、使うといいぞ』
「使う……? いったい何を買ってきたの?」
ブランが、行動制限がなくなったアカツキと共に街へ遊びに行っていることは知っていた。どうせ食べ物を好きなだけ食べているのだろうと思っていたが、使うという言い方からすると、それだけではないらしい。
『ほれほれ、服だぞ。筆記具類もある』
「え、意外な物を買ってきたね?」
『うむ。アカツキがたまにはこういうのもいいはずだと勧めてきたからな』
ブランの袋から取り出されたのは、アカツキが創り出した球状のアイテムバッグだ。見た目の千倍の容量と時間停止機能がついている。
それぞれに果物や服、ペンなどのマークが描かれていて、それに対応した物が収納されているようだ。
「あ、温かそう。触り心地もいいね」
渡されたアイテムバッグの中から、アルが真っ先に手にしたのはカーディガンだった。触り心地が良い毛糸で編まれた物で、肌寒い時の部屋着に良さそうだ。
他にもズボンやシャツなどがあり、どれも品質がいい。
食べ物くらいしか買ったことはなかったが、他の店を訪ねてみるのもいいかもしれないと思うには十分な品々だ。
『いいだろう? 我は寝床を買ったのだ!』
嬉々とした表情でブランが取り出したのは、ふかふかのクッションが敷き詰められたベッドだった。ブランが丸まって寝るのにちょうどよさそうなサイズだ。
「ブランが好きそうなふわふわ感だね」
『うむ。寝心地が良いのは店で検証済みだ。我はこれから昼寝をしようと思う』
「あぁそれで機嫌良さそうだったんだね」
上機嫌で歩いていた理由が分かり苦笑する。ブランは遊びが好きだが、まったりと微睡むのも好んでいるのだ。
「こっちの果物マークに入っているのはブランのおやつ?」
『いや、それはアルに渡そうと思っていた分だ。アカツキを鍛えるついでに狩りもしてきたからな。夕食に使うといい。我は今日は猪肉の気分だ!』
「猪狩ってきたんだね……鍋でもしようか」
期待が溢れる目に苦笑して、アルはアイテムバッグを受け取っておいた。
「アカツキさんはどうしたの?」
『何か思いついたことがあったらしい。慌てて管理塔に向かっていたぞ』
「なんだろう? また遊び道具かな」
『そんな雰囲気ではなかったが……』
ブランと首を傾げていると、駆けてくるアカツキの姿が見えた。時間のかかる作業をしていたわけではないようだ。
「あ、アルさーん! 俺、凄いこと思い出しちゃいましたよ! 研究のお役に立てるかも!」
「アカツキさんが?」
「……言外に、普段は役に立ってないって示唆するの、やめてくれません?」
『事実だろう』
「うぐぅ……揺り篭とか、アイディア出してるじゃないですか……」
『偶然の産物だがな』
「否定できない……」
アルが思わず放ってしまった言葉に、アカツキが肩を落として、更にブランにまで追撃されるのを見て申し訳なくなった。
アカツキは決して役に立たないわけではないのだ。ただ突拍子もないことをすることが多いだけで。
「研究の話なら、中でしましょうか。そろそろニイさんがお茶を持ってきてくれるはずですよ」
『菓子もあるのか!?』
「ブラン、店でもたくさん買い込んでなかったっけ? どんだけ食べるんです?」
昼寝に行くはずだったブランまでついてくることには苦笑したが、アルは気分転換の散歩を切り上げて、研究室に戻った。
◇◆◇
「――それで、つき兄が思いついたことって何?」
サクラがケーキにフォークを刺しながらアカツキに尋ねる。
今日のお茶は茶葉を煎ったほうじ茶というもので、お茶菓子はモンブランという栗のケーキだった。
ほうじ茶は香ばしい風味とまろやかな口当たりが美味しい。モンブランはサクラが作った物で、滑らかなクリームに豊かな栗の風味があり、中にはスポンジではなく焼いたメレンゲが入っていてサクサクだった。
「いや~、桜たち、空間の時間調整について研究してるでしょ? それで俺、ダンジョンとか魔の森の植物生育スピードのこと思い出したんだよね」
「……あ、確かに、あれは時間を早めていると言ってもいい現象ですね」
「そうね……でも、あれがどういう仕組みかは、私には分からないわよ?」
これまでに何度も目にしていたことに頷いて納得するアルとは対照的に、サクラは眉を顰めて悩んでいた。
そんなサクラに、アカツキが肩をすくめてあっけらかんとした口調で言い放つ。
「それは俺も知らない」
「……結局は丸投げするつもりね」
「いやいや、ちゃんと少しは検証してきたって!」
睨まれたアカツキが、慌てたように紙をテーブルに広げる。そこには植物の名前と数字が書かれていた。
「前にアルさんに頼まれてダンジョンで野菜とか育てた時の生育スピードを思い出して書いてきた。ここの機能でも試してみたけど、大きな違いはなかったよ。たぶん俺のとこも、ここも変わらない理論で生育スピードが調整されてるんだと思う」
「そもそも、どちらも神が用意した場所であり、機能ですからね」
アルは紙を見ながら呟いた。
植物以外に同様な成長は見られないのだから、そこに特殊な力が加えられているのは確かだろう。魔の森でのコメ栽培も、尋常ではないスピードで収穫までできていた。
そこに大量の魔力が関わっているのは、焼失した森の再生も見たことがあるので分かっている。
「魔力、か……やっぱり何らかの魔法かな……」
「でも、これって時間を進める話よね? 戻すことにも使えるの?」
「ああ、確かに。ちょっと違うかもしれませんね」
サクラが冷静に指摘してきたので、アルも首を傾げて考え込んだ。
時間に干渉しているのだから、植物の生育スピードの仕組みを調べることが手掛かりになる可能性はあると思う。だが、決定打にはなり得ない気がした。
腕を組んで考え込む二人に、アカツキが言葉を挟む。
「魔力についての理解を深めるのがいいと思うんですよね」
「魔力について、ですか」
「そうです。時間についてだけに考えを囚われないで、もっと広く根本的なところに目を向けて。植物の生育スピードも揺り篭も、魔力が作用しているわけですよね。それに俺や桜が歳をとらないのも死なないのも、莫大な魔力があるからですし。魔力は時間に干渉しうるのでは?」
「私たちのは異世界の体質って理由が大きい気がするけど、確かに魔力の作用もあるのよね……って、あ、なんか、そんな研究があった気がする! ヒロ兄が本にまとめたはずだけど、どこに仕舞ったかな……?」
不意に何かを思い出した様子のサクラがニイに問い掛けると、ニイが頷いて部屋を出ていった。本を取りに行ってくれたらしい。
「魔力か……。そもそも魔力って、世界の誕生と共にあるもので、その存在自体を調べようなんて考えたことがなかったなぁ」
「この世界、全てに魔力が含まれるのよね。というか、魔力がないものは存在しない?」
「ええ、悪魔族が産み出した兵器で魔力がなくなった土地は、命がないただの空間になっているようですし……」
かつて聞いた兵器の被害の惨さに思いを馳せて、アルは目を伏せた。
『世界自体が魔力で成り立っているということだな。魔力は原初の力。創世神の力と言っても良いだろう』
二個目のモンブランを食べていたブランが、当然のように呟く。
「創世神の力、ね……」
アルはブランの言葉を反復しながら、これからの研究のやり方について考えた。
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