第213話 アカツキと実験

 思う存分休憩をとった後は、作業再開だ。

 サクラが用意してくれた外装は、力を籠めれば多少曲がるが折れないという素材を使った物だった。試しにブランが力を籠めてみても、中のプレートに損傷が出る様子がないのだから凄い。

 余談だが、ブランが負けず嫌いな性質を発揮して、外装を壊そうと躍起になってしまったので、アルは慌てて取り上げた。そういう目的で作ったものではないのだから、むやみやたらに壊されては手間がかかるだけだ。


「――これで良し、と」


 外装の中に魔軽銀のプレートを収め頷く。クインが持ちやすいように、上部には縄を通せる輪をつけているので少々不格好だが仕方あるまい。


「早速、つき兄で実験ね」

「そうですね。これで神の干渉は防げるはずなので、アカツキさんの記憶に影響は出なくなると思うのですが」


 ニイがアカツキを呼びに行っているので、それを待つ間にクインの存在を元に戻す方法を考える。魔力回路の作製中に、ブランから言われた言葉が未だに引っ掛かっていたのだ。


「――時間を戻す、か」

「時間? どういうこと?」


 新たに緑茶を淹れていたサクラが首を傾げて尋ねてくるので、ブランに言われたことを説明する。その言葉を放ったブランは、たらふく菓子を食べて満足したのか昼寝中だった。


「クインの存在を元に戻すのは、時間を戻すようなものだとブランに言われたんですよ」

「……確かに、そうね。時間、かぁ。難しいわね……」


 呟きながらサクラが差し出してきたカップを受け取る。緑茶独特の芳香が鼻を擽った。

 暫くゆっくりとした時間が流れる。アルとサクラは、これまで溜め込んできた知識を思い返しながら、なんとかならないものかと思考に耽っていた。

 その静かな空気を破るように、ドタドタと騒がしい足音が近づいてくる。ブランがうるさそうに薄目を開けた。


「――アルさーん、お呼びと伺い、参上ですよー! ついでに、これ見てください!」


 部屋に入ってきた途端、アカツキが満面の笑顔で何かを差し出してきた。頭ほどの大きさの球体だ。


『うるさい……』

「アカツキさん元気ですね。また何かを創っていたんですか?」


 不機嫌そうに呟くブランの頭を撫でて宥めながら、アルは球体を受け取った。どこか見覚えのある形だ。


「ふふふ、アルさんのアイテムバッグが羨ましくて、自作してみました! まあ、サクラが使っていたのを応用しただけなんですけど」

「私が使っていた? って、これ、揺り籠じゃない」

「揺り籠?」


 球体はどうやら物を収納する物らしいと悟り、興味津々で調べていたアルは、サクラの言葉に顔を上げた。

 サクラが肩をすくめながら説明してくれる。


「そう。私が知識の塔の上階で寝ていたところがあったでしょう? あの球体のことを、私たちは揺り籠って呼んでいるの。外部との空間を遮断して、時間の流れを変えるの、よ……?」


 サクラの首が傾げられた。アルは目を見開き球体を凝視する。


「アイテムバッグ、揺り籠……どちらも時間を操る道具だ。アイテムバッグは生き物を基本的に入れられないけど、揺り籠は違う……。サクラさんの様子を見る限り、揺り籠の中で過ごしても、外に出た時に異常は生じない。時間の流れが違うというのに……」

「ええ、そうね。揺り籠はそもそも時間の流れに関することに主眼をおいて作ったわけじゃないの。眠る場所として、空間を遮断させたかっただけで。球体の中に新たな空間を生み出していて、時間の流れが外部と違うのは副次効果ね」

「でも、その時間の流れを操作することができるなら……!」


 アルはサクラと目を見合わせて頷いた。これまで全く道筋が見えていなかったのに、急に視界の靄がとれたような気分だった。


「あのぉ……なんか盛り上がっているみたいですけど、とりあえず返してもらってもいいっすか? それと、俺が呼ばれた理由を聞いても?」

『……空気が読めない奴だな』


 アルの撫でる手が止まったからか、起きたブランが欠伸をしながらアカツキを睨む。

 興奮して目的を忘れてしまっていたことに気づいたアルは、球体をアカツキに返しながら、実験の説明を始めた。

 今すぐにでも、思いついたことが実行可能か検証を始めたいが、まずはできることから確実にこなしていくべきだろう。


「ふんふん、俺がこれを持って結界から出ても、記憶に干渉がなければ実験成功ってことですね。なるほどぉ……それ、人体実験?」


 説明した後はアカツキがジトッとした目で、アルとサクラを見つめていたが、アルたちは肩をすくめて流した。

 人体実験というほど、アカツキに害があるものではないのだ。少しでも神の干渉が確認された時点で結界内に戻れば、あまり問題はないはずなのだから。


「……まあ俺のためでもありますからね。この実験が成功すれば、俺も自由に出歩けるようになるわけで」

「ええ、お願いしますね」

「つき兄、ふぁいとぉ~」

「……桜、応援するなら、もうちょっと気合い込めて?」

「これが最大限です」

「兄ちゃん泣くぞ?」


 サクラと暫く会話を交わしたアカツキが、トボトボと部屋の外に向かった。早速実験に向かってくれるようだ。その結果を見届けるため、アルたちも後に続いた。



 ◇◆◇



 森を進んだ先に結界の境がある。

 アルとサクラは結界の外に立ち、緊張した面持ちのアカツキを見つめた。


「では、そのまま前に進んでください」

「……了解です」

「つき兄、男なら、ドーンと行っちゃいなさいよ」

「男女差別はおやめくださーい」


 アルの横に立っているサクラが声を掛けると、ため息混じりの言葉を吐いたアカツキが足を踏み出した。一歩、一歩と結界の外に近づいてくる。その手は作ったばかりの魔道具を握りしめていた。


『……ふむ。確かにアカツキの周りに、魔道具から広がる魔力が展開されているようだが、神の力にどこまで通用するか』

「ちょっと、森に張っている結界より魔力が少ない気がするね。サイズが小さい分だけ、周囲から集める魔力量が十分じゃないのかも」


 肩に乗ったブランの分析に、アルも小声で返す。視線はアカツキから逸らさなかった。少しでも異常が見受けられれば、すぐさま結界内に押し込むつもりなのだ。油断はできない。


「……いきますよ」


 気合いを入れた声を上げて、アカツキが最後の一歩を踏み出した。片足が結界の外に出て、更に体、頭部も出てくる。眉を顰めたアカツキの変化に、アルは目を凝らした。


「……つき兄、どう? 記憶に障害はある?」


 緊張が伝わる声でサクラが問いかけた。アカツキと軽口を叩き合っているように見えたが、それは恐怖や緊張を押し隠すためだったようだ。

 その声を受けるアカツキも緊張した面持ちで、慎重に自分の中の変化を探っている。


「……俺の妹は桜。宏文は幼馴染。日本で生まれ育って、桜はパティシエ、宏文はメカニックの仕事をしていて……俺は社畜?」

「うん、十分記憶があるみたいね。神の干渉は防げていると判断していいでしょ」


 サクラがホッとした表情で呟いた。アカツキは魔道具のこととは別の部分で、精神的に打ちのめされているように見える。だが、確かに記憶への障害は生じなかったようだ。


「社畜……社畜……あ、目から汗が……」

『それは涙だろう。何故泣いているんだ?』


 ブランが心底理解できないと言いたげに首を傾げる。アルは苦笑しながらハンカチを渡した。

 どうやらアカツキは、自分の中の記憶を探った結果、思い出したくないものまで思い出してしまったようである。


「やべっ……優しさが沁みる。コーヒー飲みてぇ……」

「この自然の中で、社畜に逆戻りしないでよ、馬鹿兄。言っとくけど、日本に戻っても、社畜を再開するのは許さないからね」

「はい、それはもちろんです……」


 嬉しい結果が得られたはずなのに、何故か全力で喜ぶことができない。

 最後に締まらないのはアカツキらしいなと思って、アルは苦笑した。

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