第210話 アカツキ創造パート2
ヒロに「そろそろ夜だがいいのか?」と言われたアルたちは、慌ててサクラたちの元に帰ってきた。あまり工場に長居すると心配を掛けるだろうと思ったのだ。
悪魔族の元にいるヒロフミの話はまた次回聞く約束をヒロと交わしておいた。研究に行き詰まったら質問に行くつもりなので、そのついでだ。
「――工場に行くたびに、ブランが食べ物トラップに嵌まって大変そうだなぁ」
『うむ、あそこの飯は旨いから仕方あるまい』
「少しは悪びれて」
アルを乗せて駆けてくれたブランが、小さな姿に変化しながら放った言葉に、アルはため息が漏れた。
「あ、アルさん帰ってきたー! どうでした? 成果はありました?」
「アカツキさん。成果はありましたよ。早速明日から研究を――」
駆けてきたアカツキに答えていたアルは、その背後にある物に目を奪われて、言葉を止めた。
巨大なアスレチック施設は変わらずそこにある。だが、その近くに新たな建物ができていたのだ。不思議なマークが書かれた布が、入り口らしき場所に垂れている。
「……まさか予想が当たった? 本当に何かを創っていたとは……」
冗談でブランに言った言葉が現実になるとは思いもしなかった。だが、アカツキの突拍子のなさを考えると、十分あり得ることだったのだろう。
『また遊び場か⁉』
ブランがブンブンと尻尾を振る。アスレチック施設を気に入っているので、アカツキが新たに創った施設に期待が高まるのも仕方ない。
だが、アカツキが悩ましげに首を傾げたことで、その興奮が僅かに静まる。
「遊び場……行楽施設であるのは確かだけど……ブラン基準の遊び場、かな……?」
『はっきりしない言い方だな。我が楽しめるか否かを言え!』
「いや、俺ブランじゃないんで、楽しめるかどうかの断言はできないんですけど……。とりあえず中を案内しますね! あ、でも、夕ご飯先に食べたかったりします?」
気を遣うように尋ねてきたアカツキに、アルは首を横に振った。まだ工場で食べた分の消化ができていない。だから、今日は夕ご飯を食べるつもりはなかった。
『うむ、飯は大切だな。だが、少しくらい我慢できるぞ』
「え、ブラン、夕ご飯を食べるつもりなの?」
『そうだが?』
当然のように返されて、アルは絶句した。あらためて、ブランの胃袋は容量も働きも異次元だと思う。
アルとブランのやり取りで、工場で何があったかさとったらしいアカツキが、苦笑しながら新たな施設へ歩き始めた。
「アルさんがご飯を用意しなくても、食べられるようにしてありますよ。とりあえず、中に入りましょう」
「食べられるように……?」
『うむ、アカツキは珍しく準備がいいな!』
上から目線でアカツキを褒めるブランを抱えて、アルは謎の施設に入った。
入り口を隠すように垂れた布を潜ると、そこは広いエントランスになっていた。ソファやローテーブルが並び、壁際に大きめな椅子が並んでいる。
「あれはマッサージチェアです。体を揉み解してリラックスさせるんですよ。……こういう感じです。足の疲れや肩こり、腰の痛みなんかにいいです」
「はあ……なるほど……?」
『我は使えないようだな……』
実際に試して見せるアカツキを眺めながら首を傾げる。どうやら椅子の内部から体を指圧されるらしい。
アルは運動の前後はしっかりストレッチをするし、肩や腰が痛いなと思ったら薬を飲む。わざわざこのような魔道具を使う必要性は感じられなかった。
ブランは少し興味があったようだが、人間仕様の魔道具のため使うことはできない。残念そうに尻尾を揺らして、アカツキに次の案内をねだった。
「あー気持ちよかったぁ……」
ほんのわずかな時間でも、アカツキ的には効果があったようで、ほくほく顔で歩き出す。その後をついて行きながら、アルは首を傾げた。
サクラの姿が見当たらないのだ。いつも使っている家の方には人の気配がなかったし、この施設にいるのだと思ったのだが。
「サクラさんはどうしたんですか?」
「あ、一足先に楽しんでます」
アカツキが満面の笑みを浮かべて廊下の先を指さす。
アスレチック施設とは違い、サクラでも楽しめる物があるらしい。それならば、あまり鍛錬になるようなものではないのかもしれないと、少しがっかりだ。
暫く進んだ先には、布が垂れた二つの入り口があった。
「ここは、男女別なんで、アルさんたちはこっちの藍色の布の方に行きましょうね。そっちの臙脂の方は、そもそも男が入れないようになってますけど」
「はあ……?」
『なんだなんだ?』
アルもブランも困惑していたが、アカツキは一切気に留めない様子でどんどん進む。アルはブランと顔を見合わせてから、布を潜った。
「……浴場?」
「そんな感じですけど、それだけじゃないんですよ!」
中は小さな部屋がいくつかある様式だった。アカツキ曰く、そこで服を脱いで、用意してある物に着替えるらしい。
困惑したまま、アルは言われた通りに着替えてみた。着るのはズボン一枚にボタンのないシャツ一枚。特殊な布のようで、今まで触ったことがない肌触りだ。
「水着って言うんですよ~」
同様に着替えてきたアカツキが言う。ここに来てからずっと笑顔のままだ。そろそろ頬が筋肉痛にでもなるのではないかと思うくらいである。
「そして、ここがシャワーブース!」
「ああ、ここも小さな部屋で分けられているんですね」
ここで体を洗うのかと思ったら、アカツキが見せたい物はこの先にあるらしい。「シャワーブースは好きに使ってください」と言ったかと思うと、奥にある大きな扉を開いた。
「――じゃーん! 温泉プールですよー!」
『おお⁉ なんだか分からんが、面白そうな物があるぞ!』
「……なんだ、これは……?」
扉の先には溜池のような物がいくつもあった。そこからは湯気が立ち、お湯が溜められているのだと分かる。それがアカツキ曰くプールらしい。
だが、アルとブランが目を奪われたのは、プールの傍にある、アスレチック施設に似た建造物だ。グルグルと渦を巻いた筒や斜めった板のような物など、見たことがない物がたくさんある。プールにもボートのような物が浮かべられたり、噴水のような物があったりと、ここの使用用途がまるで分からない。
「とりあえず、滑り台行きましょ。グルグル行くのと、真っすぐ行くの、どっちがいいですか?」
「……よく分かりませんので、アカツキさんが好きな方で」
「じゃあ、グルグルにしましょう!」
興奮しているのか、まるで説明をする様子がないアカツキを見て、アルは理解するのを諦めた。アカツキが創る物に危険はあまりないはずだし、体験して学ぶのでもいいだろう。
アカツキにつれられて建物を上っていくと、大きな筒にお湯が流れてプールに流れ込んでいるのが分かった。
『……まさか、ここを下るのか? お湯に身を浸して……?』
「そうみたいだね」
ブランが身を引く仕草を見せたので、がっしりとその胴体を掴んだ。正直今更気づいたのかと言いたい。アルはこの場の大量の湯を見た時点で、お湯に浸かるのだろうと分かっていた。それが、ブランが好まないことであることも。
『やめだやめだ! 我は濡れるのは嫌だ!』
「え、ブラン、こんなに楽しいのが嫌なんです?」
『嫌だ! 我は戻るぞ! 飯を寄こせ!』
「体も洗えてちょうどいいんじゃない? そろそろ洗ってやらなきゃって思ってたんだよね」
遊びと洗浄が一緒にできて便利と頷くアルとは対照的に、ブランは逃げようと必死だ。それを見たアカツキが苦笑して、筒の脇にある物を持ってきた。小さな丸形のボートのように見える。
「これに乗っていくからそんなに濡れないっすよ」
「あ、濡れないのか……」
『……うむ、それならば試してみるか』
アルもブランも微妙な感じだったが、アカツキは気にせずセッティングしていく。全員が乗り込んだところで、ボートは筒の中を滑り落ちていった。
『うおおおぉっ!?』
「え……思った以上に、速い……、あと遠心力すごい……」
渦に呑み込まれるような心地の後、ボートは勢いよくプールに着水した。大量の水しぶきが降り注ぐ。
『……濡れないんじゃなかったのか!?』
見事に濡れて小さく見えるブランが、アカツキを鋭く睨んで尻尾を叩きつけた。
「ふぎゃっ! っ……ぶほっ、ごほっ!」
「あ……。ブラン、そこまで怒らなくても……」
アルは、プールに落ちたアカツキに手を差し伸べながら苦笑する。予定通りブランを洗うという目的を達成できそうなので、アル的には満足だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます