第205話 まったり見学中

「――え、凄い……!」

『なんだ、これは。魔道具か? 便利だな!』


 畑の先の建物に入ったアルたちは、そこに広がる光景に目を瞠った。

 建物内にはいくつも魔道具らしき物が置かれていた。それら全てが、作物の加工を行う物らしい。

 影が運んできた収穫物であるトマトがタンクに入れられると、暫くした後に良い匂いのするソースとなって出てくる。そのソースは、別で茹でられていたパスタの上に掛けられたり、薄いパン生地の上に塗られて、チーズを振りかけられて焼かれたり、様々な用途で使われているようだ。

 畑の作物を使って作られている料理は多岐にわたる。建物内は、様々な料理の匂いが立ち込めていたが、不思議と混ざり合って不快になることはなかった。


「……換気がしっかりされているのか」

『それも魔道具か?』


 アルが見上げた天井には、いくつも魔道具が設置されていた。料理から上がる湯気もそちらに吸い込まれているように見えるので、その魔道具が換気を担っているのだろう。


『それより、食うぞ! 飯は出来立てが旨いからな!』

「これ、ここで食べられるのかな?」


 テンションの高いブランを抱きしめて押さえながら、アルは建物内に視線を巡らせた。たくさんの料理が作られているが、それは容器に詰められて、まとめてどこかに運ばれている。ここで食べるために作られているようには見えなかった。

 おそらくコンビニなどに運ばれているのだろうが、勝手に手を出していいものか迷う。

 不意に動き出した影が、近くの魔道具を指さした。そこには【ピッツァ】と看板が付けられている。


「……あ、これ食べていいの?」

『旨そうだな! 食うぞ! もっとくれ!』


 影が差しだした出来立てのピッツァとやらを受け取る。近くに何も載っていないテーブルがあったので借り、半分に分けてブランに差し出した。トマトソースの上に掛けられたチーズがよく伸びる。


「美味しいね。具材は香草かな。バジル?」

『シンプルだが、ソースにコクがあって旨いぞ! トマトだけじゃない感じだな!』

「うん、このソース美味しい。できれば持ち帰りたいけど――」


 ピッツァを食べて感想を言い合っていたアルたちに、瓶がたくさん入った籠が差し出された。籠を持つのは案内役の影だ。


「――これ、もらっていいの?」

『いいみたいだぞ! アルがどう使うか楽しみだな! パスタも良いし、パンに塗るのも良さそうだ。魚や肉と合わせても旨そうだぞ!』

「そうだね。……ありがとうございます」


 籠ごと受け取ったトマトソース入りの瓶をアイテムバッグに仕舞う。

 それでここでの見学は終わりと言うように、影が魔道具を避けながら建物の奥に進んだ。階段があるらしい。階段の脇には【ご自由にどうぞ】と書かれた看板と共に、様々な飲み物が陳列されていた。


「……コーラって何だろう?」

『我はこのピーチソーダというのが気になるぞ。果物の絵が描いてある。これは絶対に旨いやつだ!』


 顔を見合わせたアルたちは、それぞれ気になった物を手に取って飲んでみることにした。影も『どうぞどうぞ』と言うように手で示していたし。


「……シュワシュワする! 味は砂糖とスパイスかな」

『おおおっ! 刺激的な感じと果物の甘さが癖になるな!』

「っ……ブラン、毛が逆立ってるよ」


 アルはブランを見て思わず吹きだして笑った。飲みながら見るものではなかった。

 飲み物の刺激を示すように、ブランの毛が見事に逆立ち、いつも以上に丸々とした姿になっている。それでいて、その刺激は不快ではなかったのか、ご機嫌に尻尾が振られているのが面白い。


「あ、もう進むの?」

『忙しないな。他の飲み物も試して――』

「はいはい、もう行くよ」


 飲みかけの容器をアイテムバッグに仕舞い、アルは階段を上りだした影に続いた。ブランがいつまでも振り返って、飲み物に未練を向けていたが気にせず進む。

 あそこに置いてある飲み物は、コンビニにも置いてあった気がするので、ここにこだわる必要はないだろう。それに、工場内で再び見る機会がある気がした。


「――また、外……」

『概念破壊が甚だしい。わざわざ階段で繫がずとも、あの畑と一繋ぎに創れば良かろうに……』


 アルとブランは階段を上がった先にある光景に、呆れのため息をついた。

 目の前には広大な牧草地が続く。そこには白黒の牛や馬、豚などの家畜がのんびりとした風情で歩いていた。牧草地は木々で囲まれているようで、恐らくそこがこの空間の端なのだろう。


「階段が地中に埋まっているのも、なんか変……」

『地下にあの建物があったとでも言いたげだな。あそこにも空があったが』


 出てきた階段を見て呟くアルを、案内役の影が軽くつつく仕草をする。

 首を傾げて視線を向けると、影は牧草地の端にある建物を指さした。


「また、遠いし。どうして階段の傍に建物を作らないの?」

『牧草地を歩くことに意味があるのか? ……牛や馬につつかれる可能性しか見えんぞ』


 影に促されて歩きながら、思わず不満を呟いてしまった。

 自然溢れる景色は目に優しいが、さして興味を惹かれるものがあるわけではない。影が家畜の世話をしているのは珍しいが、人と同じように動き働く者なのだと分かっていれば、それ以外に見るべきものがないのだ。

 牛や馬の傍を通る度に、こちらに興味を示す者たちに、ブランが威嚇するように唸るのは面白かったが。ブランは牛や馬につつかれてうんざりした経験があるのかもしれない。


「馬、久しぶりに乗るのもいいなぁ」

『こやつら、乗馬用の馬か? 訓練されているようには見えないぞ?』

「食肉用の馬だとは思うけど、乗れないことはないんじゃない? 僕、鞍とかなくても乗れるんだよ」

『なんでだ。人は馬具とやらを使って馬に乗るんだろう?』


 不思議そうに呟くブランの頭を撫でる。既に遥か過去になったような気がする記憶に苦笑が零れた。


「馬具は与えられなかったからねぇ……」

『……公爵家って、結構な金持ちのはずだろう。どんだけケチなんだ』


 呆れた口調のブランに笑う。

 アルも当時同じことを思い、実は領地の経営状況が悪いのかと秘かに調べたことがあった。結論は、ただのアルへの金の出し惜しみだったが。どこまでも理解できない人たちだった。


「体面が悪いと思わないところが、だいぶ頭が足りない人たちだよね。……あ、もしかして、この建物……」

『甘い匂いだ!』


 建物に近づき、影が扉を開けた瞬間、ふわりと甘い匂いが風に乗って漂った。

 アルの話に意識を向けて、匂いに気づいていなかったらしいブランが、一気に興奮した様子で駆け寄ろうとする。その体を捕まえて、腕に閉じ込めた。

 自由にさせていたら、どんなことをしでかすか分かったものではない。突飛な行動ではアカツキが印象的だが、ブランだって食べ物が絡むとアルが驚くようなことをしてのけるのだ。


『あれはアイスクリームじゃないか⁉ おお、こっちはケーキだぞ! ん、塩気のある匂いもする。奥の部屋は肉を加工しているみたいだ! 甘味を食って、肉を食い、また甘味を食う。……うむ、無限に続けられそうだな!』

「そこまで長居する気はないよ」


 ブランの興奮は静まる様子を見せない。抱きしめて止めるのは骨が折れるなと思いながら、アルも建物内を見渡した。

 この建物も所狭しと魔道具が並び、それを影が操作していた。ミルクや果物などが魔道具に入れられ、各種加工品となって容器に詰められている。


「……ベリーシャーベット、美味しそうだな」


 一番近くにあった容器の傍の看板を見ながら呟くと、それを聞いていたのか影がその容器を取って差し出してきた。食べていいらしい。

 ブランで両手が塞がっているので、どう受け取ろうかと思った。だが、すぐにブランも影から手渡された大きなアイスクリームの容器に夢中になったようだ。近くに置かれていたテーブルを拝借し、二人で味見を始める。


『ミルク感が強くて旨い! まったり濃厚で、なめらかで……口の中が幸福で満たされるようだ……!』

「シャーベットも酸味があって美味しいよ。ブランの方、一口ちょうだい」

『うむ、良かろう。シャーベット、寄越せ』


 ブランと分け合って食べる冷たい甘味は、確かに幸福の味がした。

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