第198話 サクラたちの願い
「ヒロフミさんは、今どうされているのですか?」
サクラたちが落ち着いたところで蜂蜜入り薬草茶を渡しながら聞く。ヒロフミのことはサクラが普通に話していたし、聞いても彼女の負担にならなそうだと思った。
「……宏兄は、今は外に出ているわ」
「外?」
予想外な言葉に目を見開く。知識の塔やその周辺の村、管理塔や灰色の街に人の気配が感じられないことには気づいていたし、恐らくサクラ以外に人がいたとしても、一人か二人程度だろうと思っていた。
生き続けることを決めたのがサクラとヒロフミだけなら、この地にはサクラしかいないことになる。では、ヒロフミはサクラの傍を離れてまで、どうして外に出たのか。
「もしかして、アテナリヤの言う通りに、悪魔族を倒しに?」
思わず顔を顰めてしまいながら聞く。
区別のために悪魔族と呼んではいるものの、彼らはサクラたちにとって同郷の者である。彼ら自身も本質的には死を望んでいるのだとしても、弑する役目を一人だけが担うというのはなんだか可哀想な気がした。
「倒すというか……。私も宏兄も、つき兄と合流するために生き続けることを決めた。つき兄をずっと一人ぼっちにしちゃうのは可哀想だもの。それで、最初は私たちの方でつき兄を解放できないか、宏兄が外に調べに行ったの。ドラゴンとか精霊とか、この世界には色んな種族がいて、イービルから逃げる途中でいくらか付き合いがあったから、彼らの知恵を拝借しに」
「ああ、そうなんですね。そういえば、精霊も魔族とつながりがあるようなことを言っていましたね」
「桜……俺のために、頑張ってくれてたんだな……」
妹と幼馴染の献身にアカツキが目を潤ませながら感激している。そうなるのも無理はないと思う。
「まあ、途中で、私たちはここでつき兄を待てば、時が満ちたら連れられて自分でやって来るって聞いて、目的が変わったけれど」
「誰に聞いたのですか?」
まるで未来を語るような言葉だと思った。そして、そういう物言いに、アルは心当たりがある。
「……先読みの乙女という人らしいわ。宏兄が連絡してきたのだけど、未来のことを読み取れる力を持っているんですって」
「先読みの乙女……」
ついにその人の名が出たかと思った。そもそも、アルたちがここへ来ることになったのも、先読みの乙女の言葉を受けた精霊が道を整えたからだ。
『未来を読み取っているのではなく、周りを操って望み通りに進むよう誘導しているだけではないか?』
「まあ、それが有力だよね」
ブランの言葉は少々辛らつだが、今のところはそれが正しい気がする。
アルたちをここに導いたら、サクラたちとアカツキの再会を演出できる。アルがアカツキと出会い共に行動することを、何故そんな昔から知っていたのかは疑問だが。
「僕が追放されるようにさえ、誘導していたとか……? 後は悪魔族を扇動して、帝国とマギ国の戦争が起きれば、僕がそこを避けて移動する可能性は高まる。魔の森を移動することも、僕が大きな魔力を持っていることを知っていたなら、予想することはできるし、そこでアカツキさんのダンジョンの異様な魔力の気配に気づく可能性はある」
『それが事実だったら、そいつこそ諸悪の根源だな。……だいぶ、運任せに思えるが』
恐ろしい考えが浮かんでポツリと呟いたら、ブランが吐き捨てるように言った。アルよりもよほど憤っているようである。我が身のように考えてくれるのは嬉しい。
「確かに、運の要素が強すぎるね。これはないか……」
答えを見出すには、まだ情報が少なすぎる。先読みの乙女の能力の真贋はひとまず棚に上げて、アルはサクラに向き合った。サクラたちがここで待つことを決めたのなら、ヒロフミがここにいない理由が分からなかったのだ。
サクラたちが悪魔族を倒すことを重視しているとは思えない。彼女たちにとっては、この世界は所詮よその世界なのだ。それを破壊しようとしている悪行を責めるより、同胞への同情的な思いの方が強いのではないかと思う。死によって解放するため、というなら多少は納得できるが、先ほどまでの苦しみようを見ていると、それを積極的にしようとするとは思えない。
「目的が変わったと言いましたが、ヒロフミさんは何を?」
「悪魔族の偵察よ」
「偵察? 情報を集めているのですか?」
一体何のために、という思いを込めて尋ねると、サクラが強い視線を向けてきた。
「あの剣以外の解放が可能になった時、恙なくことを為すために、彼らの陣営に潜入しているの」
「……剣以外の解放? それが可能だと分かったのですか?」
「ええ。先読みの乙女は他の予言も齎した。『来たるべき時、選ばれし子が訪れる。その者と手を携えることで、そなたたちは望むところに帰る術を得る』って」
「……信じたのですか? 来たるべき時とか、選ばれし子とか、酷く曖昧なことを言っていますけど」
顔を引き攣らせるアルに何を感じたのか、サクラが苦笑して目を逸らした。
「疑問に思うでしょうね。根拠なんてない言葉だもの。でも、宏兄が、彼女の言葉は信じるべきだって言うの。誰よりも【
「埒外の存在……」
ブランと顔を見合わせる。先読みの乙女のことを胡散くさく思っていたが、対面したヒロフミはそう思わなかったらしい。
精霊もその言葉を信頼しているようだったし、先読みの乙女に対する評価が定まらず困惑する。
「選ばれし子って誰なんすかねぇ」
「誰かしらねぇ」
空気を変えるように軽い口調でアカツキが言う。それにサクラも同調するが、二人の視線は明確にアルに向けられていた。
思わず苦笑して首を振る。
「サクラさんたちが望んでいるのは、世界を越えて転移する術なのでしょう? ……研究するのは非常に面白いと思うのですが、違う世界という概念すら正確に把握できていない僕が、その術を見出せるとは思えませんよ?」
アルは自分の能力を正確に把握している。魔法は好きだし、研究することも好きだ。だが、サクラたちが望んでいるのは、あまりに途方もないことだと思った。それができるなら、アルはイービルに成り代わって神を僭称することだってできそうだ。
「大丈夫よ! 彼女は『手を携えて』って言っていたんだから、私もできる限りのことをするわ!」
「微力ですが、俺も頑張ります! ひとまずダンジョン能力で、なんか要る物あります?」
「ちょっと、そんなことを言われても……」
二人とも、完全に『選ばれた子』がアルを指していると思っているようだ。困惑して言葉をなくすアルを、ブランが見上げてきた。
『やってみれば良かろう。失敗したところで、アルが責められる謂われもないのだ。気になっているのだろう? 世界を越えて移動するという現象が。神ではないはずのイービルが、どうやってそれを成し遂げたかが』
ブランの言葉はアルの心情を正確に言い表しているようだった。さすが、相棒はよく分かっている。
確かにアルは調べたい気持ちはある。何か手がかりが見つかれば、実用の方法だって考えるだろう。とはいえ、それができるのにどれほどの時間がかかるか分からない。サクラたちは無限の時を生きていようと、アルの時間は有限なのだ。
だが、サクラたちの思いも分かる。もしそれで救われる可能性が少しでもあるならば、すがりたいという気持ちも。
「……分かりました。できると断言はできませんし、むしろ自信はありませんけど、それでいいのなら」
「いいわよ! あぁ、漸くね! あまりに辛くて、途中で眠りに逃げてしまったけれど、漸く私たちは救われるのね……!」
サクラの感激した様に苦笑した。自信はないと言っているのに、ちゃんと分かってくれているだろうか。
思わず見下ろした先で、ブランが器用に肩をすくめて、ポツリと呟く。
『諦めろ』
「……一蓮托生だからね」
突き放したことを言われたので軽く睨み、ブランにも現実を突きつけた。アルと行動を共にすると誓っているのだから、ブランだって巻き込まれてくれなければ困る。
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