第195話 料理の腕前
腹が減っては戦ができぬ。
昔の偉人の言葉は正しいとアルは思っている。それ故、食というものを重視するのは当然だった。
「朝になりましたね。向こうから日差しが」
「ほんとね。……起きたばかりの私は大丈夫だけど、あなたたちは寝なくて大丈夫なの?」
サクラが心配そうにアルたちの顔を見比べた。アルはアカツキと顔を見合わせて肩をすくめる。
正直、サクラの話が興味深すぎて、眠気を感じる隙も無かった。だが、睡眠も健全な営みに不可欠。食事を摂ったらひとまず休むべきだろう。
「朝ご飯を食べてから、少し休息をとります。話の続きはその後にしましょう」
「そうね、そうした方が良いと思う」
『……アルは寝た方がいいだろうな』
「ブランは起きているつもりなの?」
『そうだな。たまには朝の空気をゆっくり味わうのもよかろう』
朝ご飯の準備に取り掛かりながら、焚火にあたるブランを見下ろす。悠然と尻尾を振ったブランが、ちらりとサクラに視線を送った。その目が僅かに尖っているのを見て、アルは内心で驚く。
どうやらブランはサクラに警戒心を抱いているようだ。これまでのサクラの振る舞いを見て、何が心に引っ掛かっているか分からない。だが、サクラはまだ話していないことも多そうだし、ブランが気を許せないでいるのも理解はできた。
「……そう。とりあえず、朝ご飯だね」
「何を作ろうとしているの? 必要な材料があったら作り出すから、言ってね」
作業机を取り出したアルを、サクラが興味津々に窺う。その様はまるで子どものように無邪気だ。ブランの警戒心は無用な気がしてくる。
「アルさんのご飯は美味しいんだよ! アルさん、俺、和食がいいっす! サクラもそれがいいよな?」
「和食? ……って、まさか――」
眉を顰めたサクラが、アルの手元を見て肩を落とす。項垂れたサクラの頭に、アカツキの疑問に満ちた視線が突き刺さった。
サクラが言いたいことをアルはなんとなく察した。とはいえ、既にやってしまったことは取り消せない。アカツキはサクラに再び怒られるだろうが、早めにバレた方がその怒りも小さくて済むだろう。
「……な・ん・で! 米が! この世界に! あるの!?」
「ひえっ! 米もまずかったのか……でも、見ての通り、俺ちょー健康体だよ!」
「終わり良ければ総て良し、じゃないのよ! 検証段階でも、いくつかの食材を創造するのは問題ないことは分かってるけど、実際どれくらいの被害を受けるかは分からないのよ!? もう、つき兄、これまで作った日本由来の創造物を書き出して!」
嘆きながら水晶玉に触れたサクラが、取り出した紙とペンをアカツキに突き出した。その勢いに仰け反りながら受け取ったアカツキが、サクラからゆっくりと離れながら紙を見下ろして頭を抱える。
「えぇー……? 俺がこれまで創った物? どれがダメで、どれがオッケーなんだ……? とりあえず、全部書いとくか……」
ガリガリとペンが走る。その書き出された数にサクラの額に血管が浮いている気がするが、アルはそれを指摘する愚は犯さなかった。ソッと目を逸らして、朝ご飯の準備に集中する。
そんなアルの様子を、作業台に跳び乗ったブランが期待を込めた眼差しで見つめた。ブランもアカツキたちのことは無視することにしたらしい。
『アル、結局何を作るつもりなのだ?』
「コメを主食にしたら、ミソスープは必須でしょ。後は、卵でダシ入りオムレツと……あ、これ使ってみようかな」
アルが取り出したのは、金属製の容器に魚の絵が描かれた物だ。アカツキに保存食だと言われてコンビニで購入していた。アルが知る保存食とは、一般的に非常に塩辛くて水で洗わないと食べられたものではないのだが、これはそのまま食べても美味しいらしい。
『カンヅメと言っていたか。小さい魔道具みたいな見た目だな』
「そうだね。この部分を引っ張ったら開くらしいけど――」
カンヅメの上部にある円形の突起を起こして指に引っ掛け、グッと引いてみる。驚くほどスムーズに蓋が開いた。
切れ目があるように見えなかったのに、一体どういう技術で作られているのか気になる。もしや、突起を起こす動作をスイッチとして、金属を変性させているのだろうか。
だが、それを引き起こす動力源が見当たらないので、単純に精巧な金属加工で蓋と容器の切れ目を見にくくしているのかもしれない。
切れ目が見にくいということは、それだけ密閉されているということだ。空気に触れさせないというのは、食品の品質保持には重要な要素である。
『――アル……アル!』
「な、何……?」
不意に大きな声で呼びかけられて、アルは勢いよく顔を上げた。ブランの呆れた目が突き刺さる。ブランは何度も呼びかけていたようだが、カンヅメの容器の不思議さに関心を奪われていたアルの耳には届いていなかった。
『それが興味深いのは分かったが、手が止まっているぞ。これでは、一向に飯が食えん。考察は後にしろ』
「あー、ごめん。そうする」
ブランの指摘は当然で、アルは意識をカンヅメの容器から中身に移した。
小さな容器の中に、ぎゅうぎゅう詰めに魚の身らしき物とタレが入っていた。甘く美味しそうな匂いがする。ミソに近いかもしれない。
いくつかカンヅメを取り出して開けてみたが、ショウユっぽい匂いの物や魚本来の匂いがする物まで、様々な味つけがされているようだ。
「どれも美味しい。でも、単品だとちょっと味気ないかな」
少しずつ味見をしてから、料理に生かすべく考える。そんなアルの服をブランが引っ張った。見下ろすと、期待に満ちた目を更に取り出した魚に向けている。ブランも味見をしたいらしい。
カンヅメはたくさん買ってあるし、サクラに頼めば追加で用意してもらうことも可能だろう。潔く皿をブランに差し出し、味見をしてもらった。ついでにどういう料理に活用すべきか意見をもらいたい。
「どう? このショウユっぽい味付けは、野菜と炒めてもいいと思うんだけど」
『うむ。どれも旨いが、ショウユっぽいのは確かに野菜と相性が良いかもしれん。我は、野菜は要らぬがな!』
「野菜もちゃんと食べなさい。……こっちのミソっぽいのはどうするのがいいと思う?」
『うぅむ……炒めるのも良さそうだが……甘いから、チーズなんかと相性が良さそうだと思うぞ?』
「チーズ?」
予想外のことを言いだしたブランを凝視する。
ミソとチーズを合わせるなんて考えたことがなかったが、言われてみれば確かにまったりとした感じがよく合いそうだ。
知識の塔にあった料理本を見る限り、アカツキたちが望むワショクとやらとは違いそうだが、アルは食べてみたい。
「いいね! じゃあ、それはグラタンにしてみようかな。……こっちのは塩味でシンプルだし、ミソスープに使ってみよう」
『魚尽くしだな! 我は魚も好きだ!』
メニューが決まれば後は動くのみ。カンヅメはほぼ味付けが決まっているので、然程調理を悩む必要がない。
嬉しそうに尻尾を振るブランに見守られながら、アルは嬉々と動き出した。
「うおっ!? 朝から豪勢っすね。魚いっぱい定食かな?」
「あら……缶詰を使ったの? 朝定食といえば焼き魚だけど……そういえば、新鮮な魚が獲れるところ、ここにあったかな? 作るべきかな……」
出来上がった料理をテーブルに並べると、アカツキが嬉しそうに顔を綻ばせた。サクラは匂いだけでカンヅメだと気づき、微妙な顔をしている。
あまり歓迎される物ではなかったらしい。カンヅメは画期的な発明品だと思うのだが。
『アル! このグラタン旨いぞ! 魚のタレとチーズの相性はバッチリだ! イモにもタレが絡んで、しっとりほくほくで旨い!』
「うんうん、美味しいよね」
「美味いっすよ! このキャベツと炒めてるのも最高です! ちょっと味濃いめだけど、米がすすむ! オムレツのホッとする味もいいっすね」
「……美味しい。え、美味しい! うそでしょ、私、缶詰の魚ってあんまり得意じゃなかったんだけど。なんでこんなに美味しいの? え、料理の腕前の差ってこと? パティシエだけどちゃんと料理もこなす私に喧嘩売ってる?」
ブランとアカツキが喜んで食べてくれるのは予想通りだったが、サクラの感想は予想を超えていた。
アルは喧嘩なんて売っていない。
素直に喜べない表情で、複雑そうにコメを嚙みしめるサクラからアルは目を逸らした。
「……今回は敗北を認める! でも、すぐにアルさんに参ったと言わせてみせるんだから!」
「は?」
食べ終えた途端、やる気に溢れた表情で宣言するサクラに呆然とした。
『アルはサクラと料理の腕前を競っていたのか? 審査員は我に任せろ』
「競ってないからね? 料理での勝負なんてしないから、審査員もいらないよ」
たらふくご飯を食べられそうだと期待するブランの頭を軽く叩いて諫めた。料理勝負なんて絶対にしない。だが、サクラのやる気を抑えさせるのはなかなか難しそうだった。
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