第194話 本当は怖い力

「永遠の牢獄というのは、言葉通りのものよ――」


 苦々しい表情のサクラと、顔を引き攣らせているアカツキを見比べながら説明を聞く。


 どうやら、永遠の牢獄とはアカツキがダンジョンと呼称していたものらしい。

 魔力を消費して空間を構築できる代わりに、その外には出られない。また、その空間の主である限り、記憶に封が掛けられる。過去も未来もなく、孤独に過ごすために創られた牢獄だ。


「……でも、アカツキさんはこうやって外に出ていますし、記憶の封も解かれてきていますよね?」


 矛盾点を突くと、サクラは想定内と言いたげに頷いた。そして、アカツキの首元を指さす。


「どこかのドラゴンが手を貸してくれたみたいね。ドラゴンは創造神の使徒であり、代弁者。本来外に出る許可を持たないものに、臨時の許可を出すことはできる」

「ああ……そういえば、リアム様にもらいましたね」


 アカツキの首には、リアムから貰った首輪がはめられていた。小動物用のサイズだったそれは、アカツキが人型を取り戻した際にサイズが変更され、違和感なく収まっている。あまりに馴染み過ぎていて忘れていた。


「やはりリアム様がくれたのね。彼には少し事情を話していたし、あらかじめ準備していてくれたのかな? だけど、ドラゴンであっても永遠の牢獄に侵入はできないと言っていたし、つき兄が自分で出てきたから意味を成すことではあるけど」

「それも、アルさんと交友を持たなきゃできないことだったけどね。……もっと早く現地人と接触を持っていたら良かったのか? でも、他の侵入者たちは、物騒な雰囲気だったからなぁ……」


 アカツキが過去を思い出すように遠い目をして体を震わせる。アルも、アカツキが過去の冒険者たちと接触しなかったのは正解だと思う。基本的に冒険者は実力主義で利己的だ。アカツキの能力を知って、利用しようと考える者の方が多いだろう。


「記憶の封については、創造神も完璧じゃないと言うしかないわね。この場所は、アテナリヤやイービルからの干渉を妨げるために、【まじない】を研究して作った結界を張っているから、封が緩んでいるけれど。それ以外の場所でも時折記憶の封が緩むのは、人の内部・根幹にかかわる部分に干渉することが、神であっても容易ではないからだと思うわ」

「……なるほど。そう考えると、イービルがあなた方を操っていても、逃れる術を見つけられたのは不思議ではありませんね」

「そうね。……本当に、それは助かったわ」


 サクラが深く頷く。

 イービルから逃れられなければ、サクラたちは今なお世界を崩壊せしめんと行動していたのだろうし、今のような世界は成り立っていなかったかもしれない。深く考えると怖い話だ。


『最初に言っていた、物を創り出す際の代償とは何なのだ?』

「あ、そうだ! それが知りたかったんだよ!」


 静かに聞いていたブランが尋ねると、アカツキが勢いよくサクラに詰め寄った。ダンジョンの話をしているのだから、ここで説明してもらうのが順当だろうと、アルもサクラを注視する。

 顔を顰めたサクラが、半眼でアカツキを睨み、苦々しげな口調で話し出した。


「……ここも同じ仕組みなんだけど、基本的に生み出せるアイテムは決まっているの。それを超えて創作するには、事細かな情報が要る。それがなければ、情報の分だけ代償が持っていかれる――」


 そう言ったサクラが、視線をニイに向けた。


「遠隔操作を起動して」

「……起動しました」


 サクラの前に水晶玉が落ちてきた。それを拾うと、なにやら作業を始める。アカツキがよくダンジョンでしていた動作だ。先ほど代償が必要だと言ったばかりだが、何かを創り出しても大丈夫なのだろうか。

 心配になりながら見守っていると、サクラがふと微笑みを浮かべた。


「心配はいらないわ。私、つき兄ほど馬鹿じゃないから」

「……馬鹿って、馬鹿って……妹が俺のこと馬鹿にするぅ……!」


 嘆くアカツキを全員が無視した。

 サクラが手の平を上に向けて手を伸ばすと、空間から生まれるように突然クッキーが現れる。アルがよく作るような、バターの香りが漂う一般的なクッキーに見えた。


「私はお菓子作りが得意だから、クッキーの材料に何が必要か、どういう手順で作られる物かという情報は熟知しているし、その情報はこのシステムに蓄積している。材料だって、この世界に元々存在している物で作れる。だから、こうやってすぐに生み出せるし、代償も魔力だけでいい。だけど、私が知らなくて、システムにも情報がないものは、イメージ力で情報を補い形にしなければならないし、それには大きなエネルギーがいる。――この世界に本来存在しない材料が必要なら、さらに莫大なエネルギーが必要となる。それは魔力だけでは補えないエネルギー量よ」

「……なるほど。では、一体何で補填するのですか」


 アルが答えを求めて問いかけるのを、アカツキが固唾を飲んで見守っていた。サクラがそんなアカツキを横目で見て、大きなため息をつく。


「……確かな答えを知っているわけじゃない。でも、私たちの仲間の中に、そのせいで狂った者がいたから、恐らく人としての精神性を損なう代償だとは分かっているわ」

「精神性を損なう……曖昧な表現ですね? よければ、その方の話を詳しく伺っても?」


 あまりに情報が少なすぎて、考察もできない。仲間が被害にあったことを語るのは苦しいかもしれないが、アカツキがその被害にあうことを予防するためにも、詳細を語ってもらうことが必要だった。

 サクラが痛みを堪えるように表情を沈め、焚火を見つめる。


「……そうね。彼が望んだのは、故郷に帰る術だった。この力を使えば、転移門だって生み出せるし、まるで無から有を生むようなことができる。それならば、私たちが故郷に帰る術を望むのは当然でしょう?」

「そうですね」

「でも、それを望むのは間違いだった。神のような力が使えるとはいえ、私たちは人間でしかない。彼は故郷に帰る転移門を望み、確かにその望みは形を成すかと思えた。だけど、それが世界に現れる前に、力は途絶えた。それと同時に彼は表情を失い、言葉を失い、まるで人形のようにただ生きるだけの存在になったの……」

「ひえっ……」

「それは……残酷な……」

『むしろそれは生きているのが不思議な状態だな』


 サクラの話を聞いて誰もが顔を顰めた。

 彼らは莫大な魔力によって死を奪われたと言っていたはず。ならば、その彼というのは、そのような状態になっても生き続けたのだろう。だが、その状態を本当に生きていると語ることが正しいのか、アルには分からなかった。


「――それで私たちは危険性を悟った。それと同時に、どれほどのことが許されるのかを知る必要があったの。私たちはこの地の管理を任された身で、その力を使わずして管理するなんて不可能。危険があることは分かっていても避けられないことはある。……被害者は続いたわ。でも、その結果、何が許され、何がいけないのかは分かった」

「それは、本人たちも了承の上での検証ですか……?」

「ええ。……酷いと思う?」


 誰よりもサクラ自身が自分を責めているような、自嘲の笑みだった。そんな表情を見て、アルがなんと言えようか。元々責めるつもりは全くない。本人の意思で行ったことならば、その責は本人に帰結すべきだと思っているからだ。


「……サクラさんが苦しむことを、その彼らは望んではいないと思います」


 偽善ともいえる言葉しか思い浮かばなかった。「あなたにとっては他人事でしょ? 何が分かるの?」とサクラに切り捨てられる覚悟はある。

 だが、サクラはほんの少し安らぎを得たように、表情を緩めた。アルの言葉に籠めた思いはきちんとサクラに伝わったようだ。


「俺もっ! サクラが悪いなんて全く思わない! 俺だって、それが必要だってなれば、やってただろうしっ!」

「つき兄がやったら、もっと酷いことになりそうだし、こっちからお断りよ。運の悪さを忘れたの? これまで乱暴に力を使って、無事で済んでいたことさえ私は驚きよ! うっかり大凶引いちゃう性質なのに、霞のように存在していた幸運すら使い尽くしちゃったんじゃない?」

「うぅ……妹の俺への評価低過ぎない……?」

「よく理解していると言ってほしいよ」


 勢い込んでサクラに宣言したアカツキが、あっさりと撃沈した。

 泣き伏す仕草を見せるアカツキに苦笑して、アルは空を見上げる。森の向こうが僅かに明るくなっていた。もうすぐ夜が明けそうだ。

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