第189話 ひた走る
「そうですか……」
アカツキがポツリと呟いて俯いた。
知識の塔で眠るサクラを起こすための言葉は見つかった。後はいつそれを為すかだが、わざわざ時間を置く必要もないだろう。ただ、アカツキがどのくらいサクラについて思い出したかが気になる。
アルは俯くアカツキを見ながら躊躇いがちに口を開いた。
「アカツキさん、サクラさんのことはどれくらい思い出せたのですか?」
「……妹であることくらいです。元の世界でどう過ごしていたかとか、どうしてこんな世界にいるのかとかは、全く……」
「なるほど。そういったことを思い出すには、情報が足りないのかもしれませんね。記憶の封が緩んでも、取っ掛かりがないと難しいと」
強制的に気を失ったり、記憶が封じられたりすることはないが、思い出せた事実も少ないようだ。だが、サクラの方は覚えている可能性が高い。ならば、やはりここで躊躇っているより、会って話す方が双方にとって良い結果になりそうである。
『それで、どうするのだ? 早速あの娘の元に行くか?』
「そうだね。……あ、でも、アカツキさんがここを出たらまた記憶が封じられてしまうのでは?」
ふと思い当たった疑問をニイに投げると、当然と言いたげに頷かれた。
「干渉を妨げる効果は、あくまでこの場所に限られています。呪縛を完全に解除できないならば、この場所に留まることを推奨します」
ブランがため息をつく。アルも同じ気持ちだ。アカツキの記憶の封が緩まったことは歓迎すべきことだが、問題が解消されたとは言い難い。
『面倒くさいな。持ち歩きできる魔道具とかにできないのか?』
「う~ん……それは調べてみないことには……。でも、解析できればやれないこともない……かな? できれば、呪縛というのを完全に解除する方法を知りたいけど……」
宙に視線を投げると、通ってきたときに感じた結界のような魔力の流れが感じられる。恐らくこの魔力はどこかに置かれた起点から生じているはず。その起点を調べれば、持ち運び可能に変えられるかもしれない。
だが、一番良い解決策は呪縛そのものを解くこと。ニイに問う目を向けても、首を横に振られるだけだった。さすがに高望みしすぎか。
『うむ。……一つ可能性を挙げるならば――』
「可能性?」
『ああ。アカツキが使う【解呪】というのを、自身に向けてやってみるというのも手ではないか?』
「あ、それは試したことがなかったね!」
ニイが呪縛と呼ぶくらいだ。【解呪】で解除できる可能性は大いにある。
アルとブランの会話を聞いていたアカツキも、目を瞠ってポカンと口を開けていた。
「……はっ! なぜ俺は、今まで試したことがなかったのか……!? この奇妙な状況なら、真っ先に試すべきだろっ……!」
自身を罵りながら、アカツキが杖を構える。杖の先を自分に向けて躊躇いなくキーワードを呟いた。
「【解呪】……ん? これ、効果出ているんでしょうか……?」
「何か変化は感じましたか?」
「全然、これっぽっちも」
人差し指と親指がほとんどくっついて示される。全く効果を感じられていないというのがよく伝わった。
効果を確かめるなら、この場所から離れてみるのも手だが、それで記憶の封が強まりアカツキに負担がかかるのはいただけない。
「……効果を感じないのなら、今はそっとしておきましょう。サクラさんに一度話を聞いてみた方がいいかと。ニイさんは呪縛については分からないんですよね?」
「アカツキ様に呪縛が掛けられていることと、それがこの場で緩むことくらいしか知りません」
「うん、それならやっぱり、何か知っているかもしれないサクラさんに聞いてみた方がいいでしょうね。少なくとも【
「残念無念……」
期待を裏切られて落ち込んだアカツキが肩を落として呟く。アルは苦笑しながらその肩を叩いた。慰めにもならないだろうが、あまり気にしないでほしい。
『では、アカツキをここに置いて行くのか?』
「それがいいと思う。サクラさんを起こすだけなら、僕でできると思うし」
『うむ。ならばさっさと行くぞ。そろそろ日が暮れる』
ブランの視線を追うと、森がオレンジ色に染まってきていた。時間の経過が早い。急がなくてはあっという間に夜になるだろう。というか、アカツキをここに残していった場合、真っ暗闇の中に放置することになる。
周囲を見渡しても明かり一つない環境に気づいて、アルは慌てて準備を始めた。アカツキもその危機に気づいたらしく、落ち込んでいたことすら忘れたように騒ぎだした。
「ぎゃあっ、夜の墓地で一人とか、嫌すぎる! アルさん、ヘルプミー! 明かりプリーズ! ってか、ブランはここに残りましょう!?」
『断る』
「ひどいっ!」
ブランが速攻で断るとアカツキが嘆きの声を上げて座り込んだ。その傍にニイがススッと寄っていき肩をつつく。
「私はおりますよ?」
「そうでしたね、ありがとうございます!」
パアッと表情を輝かせたアカツキに、ニイが満足げに頷いた。スライムとラビも存在を主張するように跳ねてはアカツキにぶつかっている。
「ふおっ!?」
「――あ、転んだ」
手際よく墓碑から離れたところにテントと明かりを設置して戻ってきた時、アカツキがスライムの突撃に耐え切れず地面に転がった。仲が良いことはいいが、今の状況を忘れてはいまいか気になる。スライムたちはそもそも状況を理解していなかったかもしれないが。
「アカツキさん、僕たちは行きますね」
「うぐっ……はい、よろしくお願いします」
スライムをのけて起き上がったアカツキが、地面に座ったまま深く頭を下げる。いつか見た光景だ。そう、アカツキと初めて会った時、こんな体勢で出迎えられた記憶がある。
「テントは自由に使ってくださいね。一応食べ物の類も置いていますから、自由に食べてください。ニイさんがいるから、その点は必要なかったかもしれませんが」
ちらりと視線を向けた先で、ニイが表情を変えないまま頷いた。
この場に敵性の気配はないが、万が一の場合でもニイやスライムたちがいるから大丈夫だろう。
アルは踵を返してサクラの元に向かうために歩き出した。
『どうやって門まで行くのだ? ここはだいぶ離れた場所だろう。あの乗り物が都合よくやって来るのか?』
森に入ったところでブランが不思議そうに呟く。木々に囲まれたここは暗く、アルは明かりを灯しながら首を傾げた。今更なにを聞くのかと、アルの方こそ不思議だったのだ。
「バスはないと思うよ? そんなことしなくても、いい足があるじゃない」
ブランの体をポンポンと叩く。間をおいてアルの言葉を理解したのか、ブランが目を見開いて跳び上がった。
『まさか我に駆けろと言うつもりか!?』
「うん。というか、それ以外にある? 今日はたくさん食べていたし、運動しないと太るよ?」
『我はあれくらいでは太らん! というか、我を当たり前に使おうとするな!』
ぽかぽかと頭を叩いてくる手をなんとか押さえながら、アルは肩をすくめた。普段あまり働かないのだから、こんな時くらい働いてくれてもいいだろう。それに、街の全体像を把握したいとも思っていたのだ。ブランに宙を駆けてもらえば、一石二鳥である。
「はいはい。ここは森自体にちょっと変な魔力が流れているから、念のため離れてからブランに頼むね」
少し前に気づいたばかりの事実を告げると、ブランの手がピタリと止まる。明かりに照らされ輝く目が、ジッと森を探るように動いた。
『……確かにおかしな魔力だな。だが、あの墓地というところに流れていた魔力に似ている。我らを害するものではないだろう。万が一を考えて、余計なことをしないのは正しいがな』
「うん、だから、この魔力がなくなったところでお願いね」
『……仕方あるまい。移動のために徹夜するのも馬鹿らしいし、アカツキをあまり長く放置するのもうるさそうだからな』
重ねて頼んだところで漸くブランが折れた。渋々と言いたげだが、アカツキへの心配を窺わせる表情に苦笑する。素直でないところは面倒だが、頼りになる相棒だ。
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