第187話 のろいとまじない

 アカツキのテンションがひと段落した頃、ニイが戻ってきた。車輪のついた台を押している。


「お待たせいたしました。塩豆大福はアカツキ様とアル様に。後はブラン様にご用意しています」

「ふおっ……壮観っすね~」

「ブラン、本当にこれ全部食べるの?」


 台の上から二つの小皿がテーブルに移されたが、まだたくさんのお菓子が残っている。ニイはそれを台ごとブランの近くに寄せた。テーブルに並べる労を惜しむのがよく理解できるくらいの量だ。

 ブランの腹具合的に言えば問題なく食べられるのだろうが、正直甘い物ばかり食べるのはアルなら遠慮したい。だが、ブランはキラキラと目を輝かせて、尻尾を盛大に振って喜んでいるようだ。


『もちろん食べるに決まっておろう! どれが旨いかはちゃんと教えてやるぞ!』


 そう言うや否や、ブランが手近のお菓子にかぶりついた。花の形を模したお菓子のようだが、何で作られているのか分からない。アルも少々興味を惹かれながら、自分用に用意されたお菓子に手を伸ばした。ニイやアカツキはシオマメダイフクと呼んでいたお菓子だ。

 木の匙が皿に添えられているが、アカツキを見ると手で摑み食べていた。アルは木の匙を使ってみるが、なるほど切りにくい。シオマメダイフクは弾力があり伸びるようだ。


「うまうま! 和菓子と言ったらこれですよ! 久しぶりの餡子とお餅!」

「……不思議な食感でまったりとした甘さですね。周りの生地に入れられているのは、塩味のある豆ですか。甘味と塩味のバランスがいいですね」

「緑茶と滅茶苦茶合いますよね!」


 モチという生地でアンコという物を包んでいるらしい。アカツキが言うには、アンコは豆を砂糖で煮た物のようだ。だが、どんな豆でも煮ればいいわけではないだろう。


「ニイさん、このお菓子に使われている食材はどこで手に入りますか?」

「食材をご入用ですか? それでしたら、一度食料生産工場に行かれるとよろしいかと。食材もそこで育てていますから」

「それはどこに?」

「街の反対側にあります。バスで行けますよ」

「なるほど。では、後ほど行ってみます」


 新たな情報を入手した。コンビニなどに置いてある食べ物もその工場で作られているのかもしれない。魔法技術的にも新たな発見がありそうだと期待が高まった。


『アル! 我はこれが好きだぞ! 生地がふわっとしていて、クリームとアンコというのが入っているのだ!』

「生クリームどら焼き! 美味そうっすね!」


 ブランが食べかけを渡してきた。好きな物は独り占めするのが常なのに、珍しいことだ。だが、台の上にまだたくさんお菓子が並んでいるので、少しくらいはいいかという気になったのだろう。

 受け取って齧ってみると、パンケーキのような生地でアンコと生クリームを挟んでいて、シオマメダイフクより馴染みのある味わいだった。


「美味しいね。生クリームでクリーミーになっていて食べやすいかも。手で持って食べても汚れないのもいいね」

『うむ。どれもアンコというのが使われていることが多いようだぞ? アカツキが言っていたワ菓子という物の特徴なのかもしれんな』

「そういえば、ワ菓子というのはどういう意味なんですか?」

「え……?」


 アカツキが当たり前のように使っていたから聞き流してしまったが、アルたちにとっては耳慣れない言葉だった。生菓子や焼き菓子に並ぶような、菓子を総称する言葉のようだが、意味が読み取れない。

 すぐに答えが返ってくるとばかり思って問いかけたのだが、アカツキは虚を突かれたように固まった。暫く沈黙したかと思うと、覚束ない口ぶりで話し出す。


「……和菓子は……和菓子ですよ。俺の国の伝統的な菓子を意味していた……はずっす」

「へぇ、それじゃあ、もしかして【ワ】という国なんですかね?」


 サクラの生まれた国の手がかりになるかと前のめりになって問いかけた。だが、アカツキの答えは簡潔だった。


「違うっすね」

「……違うんですか」

「いや、昔はそう呼ばれていた時代もあったような……?」

「ああ、国の名前は移ろうものですからね」


 少々がっかりしたものの、そう簡単に答えを得られるとは思っていなかったのでそこまで気にしない。そのまま話題を終わらせようとしたアルは、ふとあることに気づいてニイに視線を向けた。

 流離人を自称した者と近く接したと思われる者がそこにいるのだ。聞いて損はない。


「ニイさんは、流離人が生まれた国をご存じですか?」

「生まれた国、ですか。私の情報にはありません。ですが、それを記してある場所にご案内することは可能です」

「え……」


 想定以上の収穫だった。思わずアカツキと顔を見合わせ固まってしまう。

 ワ菓子を食べ尽くしたブランが、口元を舌で拭いながら興味深げに吐息を零した。甘い物にはもう満足したらしく、退屈な状況が変わると期待したようだ。


「――では、そこに案内をよろしくお願いします」

「かしこまりました」


 ニイが頷くのを見て、早々に席を立った。呆然とした表情のアカツキが後に続く。その様子をちらりと見て、ブランは僅かに気遣わしげだったが、何も声を掛けることなくアルの肩に跳び乗ってきた。

 アルもアカツキの様子が気になったが、今はあまり刺激しないでおこうと思って、歩き出すニイを追った。



 ◇◆◇



 ニイに続いて行くと、アルたちは再び階下の家に来ていた。もしやここに書物でもあるのかと思ったが、ニイはその家さえ出て、周りの森にある獣道のような小道を歩き出す。


「そういえば、僕はどの程度の質問が許されるんでしょう?」


 道中は特に興味を惹かれる物もなく暇だったので、前を黙々と歩くニイに問いかけた。アルが疑問に思っていることはたくさんある。だが、ニイは流離人という存在を重視しているようなので、アルの質問にどの程度答えてもらえるか分からず、尋ねるのに二の足を踏んでいたのだ。

 ちらりと振り返ったニイが、躊躇いがちに口を開く。


「――アル様は、アカツキ様から管理塔への立ち入りを許可された方です。他の流離人から拒否されない限り、その立場は流離人に準ずると判断いたします。ゆえに、質問に限度はありません」

「それは有り難い。では、まずお聞きしたいんですが――」


 黙々とついてくるアカツキを見てから、ニイに視線を戻す。どの言葉がアカツキの記憶を刺激して気を失わせてしまうか分からないため、この場で尋ねるのには慎重さが必要だった。

 黙って促すニイにあまり問題なさそうなことから聞く。


「ニイさんは、アカツキさんの【解呪】を【まじない】と呼びましたが、それは【のろい】とは違うのですか?」

「【のろい】は【まじない】の一種です。他者を害する【まじない】を【のろい】と呼ぶ傾向があると存じています」

「あ、そういうこと……」


 アルは説明に納得して頷いた。この場合、【解呪】は直接的に他者を害するものではないから【まじない】の分類に入るらしい。だが、そもそも魔法と【まじない】の違いが分からない。発動方法は少々違うが、非常に魔法と似通ったものだとアルは感じていた。


「【まじない】は魔法とは違うんですか?」

「それは難しい質問です――」


 すぐに答えをくれることが多いニイが言葉に詰まった。歩く速度も僅かに緩まり、説明の仕方を考えているようだ。

 アルは周囲に視線を向けて、森の観察をすることで時間を潰す。


『お、あそこ、果物が生ってるぞ!』

「ブラン……さっき甘い物たくさん食べたよね?」


 沈黙を破ったのは予想外なことにブランだった。森を漫然と眺めているのだと思っていたのだが、どうやら食べられる物を探していたらしい。呆れを籠めた目で見下ろしたが、ブランはどこ吹く風で『あれ旨いのか? 採りに行ってきていいか?』と問いかけてくる。

 アルもその果物を観察してみたが、見たことがない果物だったので答えようがない。今は我慢してという気持ちを込めて、ブランの頭を軽く叩いた。

 不貞腐れたブランが肩で脱力したところで、ニイが話し出す。


「――簡単にご説明しますと、【まじない】は流離人が編み出した、魔法に似た独自の技術です。生まれた国に古くから存在する【呪術】を参考にしたと言われています」


 また新たな単語が放たれた。頭の中が混乱しそうだ。アルは思わず口を歪めながら、頭の中のメモに【呪術】と書きつけた。

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