第185話 管理塔の姿
戸惑った表情でアカツキがアルを見上げてくる。
「アルさん、これは受け入れていいと思いますか……?」
「……ニイさんに管理塔システムへの命令権とは何か聞いてみましょう」
客用認証を受けた時の愚は繰り返さなかったようだと思いながら提案する。
ニイは一心にアカツキを見つめていて、アルやブランの存在は忘れられているように思える。ならば、ニイへの質問はアカツキがした方がきちんと返答を貰えそうだと思ったのだ。
「えぇ……?」
『さっさとせんか。我はここに居続けるのに飽きたぞ』
嫌そうに顔を顰めたアカツキを、ブランの欠伸混じりの声が促した。ブランにアカツキの非難が籠った目が向く。アルは苦笑して、アカツキに肩をすくめた。
「んん……ゴホンッ……。ニイさん、つかぬ事をお伺いしますが、管理塔システムへの命令権とはなんですか?」
「ご説明いたします。まず、管理塔とはこの地の管理を行うシステムが集積された場所です。このシステムを使用するには、二つの条件が必要とされます。一つは流離人であること。もう一つは、命令権を保有していること」
予想通りの答えだった。アルは頷きながら、命令権を保有することで不利益が生じるか聞くよう頼んだ。
アルの言葉を繰り返すようにアカツキが質問すると、ニイが再び口を開く。
「命令権を保有することで生じる不利益という概念が規定されていません。ですが、管理塔代表者以外の流離人は無条件で命令権を放棄することが可能です」
「管理塔代表者はどこにいるんすか?」
「現在管理塔に不在です。命令権は放棄されていませんが、一定期間不在のため、アカツキ様を命令権第一位に任命可能です。代表者の管理塔への立ち入りが認識された時点で、命令権順位が繰り下げられます。代表者を捜索するためには、命令権を保有して指示を出していただく必要があります」
アカツキと顔を見合わせる。今のところ、代表者の務めがアカツキに課せられるわけではなさそうだし、いつでも命令権を放棄できる状態ということしか分からない。
更なる説明を望もうとしたところで、ニイがアルに視線を移した。
「これ以上の詳細は命令権を持たない状態で質問されたとしても、答えることは許可されていません」
アルの考えを読んだような言葉だった。これ以上聞いても無駄のようだ。これまでの説明で決断するのに最低限な情報はあるが、決めるのはアルではなくアカツキ。
決断を問うように見下ろすと、アカツキが暫く悩んだ末に、躊躇いがちに頷いた。
「これ以上の質問ができないというなら、その命令権保有者第一位への任命というのを受け入れます」
「……まあ、いつでも放棄できるなら、それが手っ取り早いですね」
アカツキの答えを受け入れて、ニイに視線を移す。ブランが『ようやく状況が変わるか?』と呟きながら身を起こした。
「流離人アカツキ様のご意思を受けて、命令権の書き換えが行われました。第一位命令権保有者はアカツキ様です。管理塔システムの全域への干渉が許可されます。管理塔システム部に入りますか?」
「……既に扉が壊れて入り放題ですけどね」
ニイが手で示したのは、ブランが破壊した扉だ。奥に小さな部屋が見える。
「これ、僕が入っても問題ないんですかね?」
「客人の立ち入りにはアカツキ様の許可が必要です」
「んじゃ、この場の者は全員許可で!」
アカツキがすかさず許可を出したおかげか、ブランが既に入ってしまっていることにニイは何も言わなかった。だが、ブランが壊した扉を見て、「扉修復の許可を求めます」と呟く。
「そ、それも、どうぞ、許可しますよ……?」
最初に扉を壊すことを提案したのはアカツキだ。扉を破壊されたことに悲しみを覚えているように見えるニイに気まずくなったらしく、申し訳なさそうに許可を出している。
「では、システム部に進みましょう」
アカツキの許可を受けてニイの口調が明るくなった気がした。入り口のど真ん中に居座るブランを跨いでニイが部屋に入ると、アカツキを招くように手を動かす。
「ほへぇ……ちょっと見えてた時も思ってたけど、殺風景っすね~。つか、何もないっす……」
アカツキに続いて部屋に入ったアルも、周囲を見渡して同じ感想を抱いた。部屋は三メートル四方ほどの大きさで、家具等は一切ない。見事に空っぽだった。これが立ち入りを妨げられるほどの場所だとはとても思えない。
「……いや、これは――」
『なにか気づいたか?』
足元に寄ってきたブランが首を傾げるのに頷き返す。
部屋は空っぽだが、床はこれまでと違って板張り。しかも僅かに魔力が流れた痕跡があった。この部屋自体が魔道具になっていると言われても全く驚かない。
「管理システム部に参ります。転移酔いの既往がある場合は事前にご申告ください。――それでは参ります」
首を振ったアルたちに頷いたニイが、壁面に手を触れる。そこから魔力が床へと広がっていった。予想通りここは転移の魔法陣が仕掛けられた部屋のようだ。
「おおっ……?」
「あれ、いつの間に……?」
『我が壊した扉が修復されているぞ?』
一瞬の間の後、アルたちの前には木製の扉があった。ブランが壊した扉にそっくりだ。
確かにアカツキが修復の許可を出したが、いつそんな作業がされたのだろうと首を傾げるアルたちに、ニイが首を振りながら扉に手を掛ける。
「これは先ほどの破壊された扉ではありません」
そう言って開かれた扉の先の光景に、アルたちは目を見開いて驚くことになった。
視界に広がるのはどこまでも続く青い空。相当高いところにいるようだと感じる。
「……え⁉ いつの間にこんなに上ってきた……? あ、転移したわけだから不思議ではないのか……?」
「なるほど……【塔】とは、こういうことだったのか……」
『これは全く別の場所に転移したということか? あそこは管理塔ではなかったと?』
アカツキは状況についていけずに困惑しているし、ブランも不思議そうだ。アルは自身が転移の魔法を使うためか、いち早く状況を察することができた。
それぞれの反応を見て、ニイが説明の必要を感じたのか、扉を潜るよう促しながら喋り始める。
「ここは先ほどの管理塔の最上階に位置する管理システム部です。空間を隔てているわけではなく、皆様が入ってこられる際に目にしたあの建物自体が幻影であり、塔の姿が本来のものです。この塔はこの地の心臓部であることから、命令権を持たない方々には秘されているのです」
「あ、そうなんですか……。頭が混乱する……。田舎の一軒家っぽい見た目が仮の姿とか、そんなんありか……?」
『つまりは、そこの転移の魔道具で上階に転移してきたということか』
「そうだね。階段で上るには高すぎるし、いいやり方だと思うよ」
ひょいと肩に跳び乗ってきたブランをつれて、窓際に移動する。足下から天井まで透明なガラスで囲まれていて、その先の光景がよく見えた。
灰色の建物群の街。視線を移すと深い森。生け垣の迷路。大きな門。空中の城。
これまでに見てきた光景が目の前に広がっている。この光景こそおかしなものだ。それらは決して同じ空間にあったわけではないのに、あたかも隣り合わせに存在しているように見える。
「この光景はどうやって作られているんですか?」
「ガラス一枚ごとに違う空間を映しています。ここは全てを管理する場所ですから、一目で仕上がりを確認できた方が便利なのでしょう」
「へぇ……面白い技術だなぁ」
ガラスに反射して映る自身の目が好奇心で輝いているのが見えて、アルは思わず苦笑した。どこに行っても自分は変わらないものだと改めて思ったからだ。
「あ、これは! ダンジョンコアじゃないですか!」
「……アカツキさんの便利道具のあれですか」
アカツキの歓声が聞こえた方を見ると、球状の結晶に手を翳し何やら作業を始めていた。ダンジョンにあった物と使い方は同じなのか、アカツキの手に迷いはない。
『あやつ、一体何をするつもりなのだ?』
「さあ? ニイさんはどう思います?」
「私はアカツキ様に従うのみです。その思考に干渉する権利はありません。――ご下命がないようなので、既に許可をいただいている扉の修復作業にかかります」
アルの問いを躱したニイが懐から手のひら大の結晶を取り出した。それもアカツキが使っている結晶と似た効果があるのか、何やら作業を始めている。
アカツキの作業もそうだが、傍から見ていても何をしているのか全く分からずつまらない。アルは飽きた様子で肩に垂れているブランを横目で見て、一つ提案をする。
「……だってさ。暇だし、ちょっとこの部屋を見て回ろうか」
『……うむ。旨い物がある気配はしないが、アルが好みそうな物はあるんじゃないか』
あまり気乗りしない風ではあるが了承を得られたので、アルは嬉々と歩き出す。ニイが止めなかったのだから、自由に見ても問題はないのだろう。
部屋は転移の小部屋を最奥にし、中央に球状の結晶、その周囲にテーブルや椅子が点在していた。建物の壁はほぼ全面がガラス張りなので、棚などの家具はない。書物等もなく、そういった物は知識の塔に集められているのだろうと思う。
だが、アルにとってはこの部屋自体が宝の山のようなものだ。至る所に魔力が使われている気配を感じて、アルは目を輝かせて解析に取り掛かった。
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