第184話 思いがけない反応

 管理塔は、板張りの廊下と草で編まれた床の部屋が薄い紙の戸で区切られた場所だった。

 ニイが玄関から近い順に説明してくれるのだが、ほとんどの部屋は立ち入りができない。入ろうとすれば、ニイの【ポーズ】という呟きと共に体が動かなくなるのだ。

 【ポーズ】は魔力の流れを見る限り何らかの魔法のように思える。だが、一言で発動するというのが気になった。魔物の魔法の使い方に近いか、あるいはアカツキの魔法にも似ている。


「……アルさん、これ、マジで観光で終わっちゃいません?」

「この調子だとそうですね」


 ニイに聞こえないよう小声で話しかけてくるアカツキに頷いて返す。ブランは肩の上で無言で立腹しているようだった。ニイに強制的に体を静止させられるのが不快らしい。


「こちらは食堂になっております。お客様もご利用可能ですが、いかがなさいますか?」

『おおっ、飯か⁉』

「今は大丈夫です」

『なんでだ⁉ 珍しい料理があるかもしれんぞ!』


 一気に機嫌を直したブランを半眼で見つめる。デパートの前でも言ったが、アルたちはたくさん食べたばかりなのだ。食事に時間を費やす必要性がない。


「ニイさーん……って、これ、兄さんみたいで変な気分……」

「なんでしょう?」


 何故か自分で言って居心地が悪くなっているアカツキを見下ろす。ニイに何を言おうとしているのか分からなかった。ブランみたいに食事の催促だったら𠮟り飛ばす所存だ。


「ここで使われているレシピってもらえないですか?」

「レシピ、ですか? ご用意は可能です」

「え、じゃあ、ください」

「かしこまりました。印刷して後ほどお渡しいたします」


 思わず会話に割り込んで頼んだ。アルとて、流離人の料理は気になっているのだ。知識の塔でいくらか知ることができたが、美食を求める相棒がいる以上、更に料理のレパートリーを増やして損はない。


『アルも気になっているんじゃないか』

「ここで食べる必要はないけど、美味しい物を知りたいのは当然でしょ」

『むぅ……まあ、アルの飯の方が旨いのは確かだろうしな……」


 先に進みだすニイについて行きながらブランに答える。ブランが未練がましい視線を食堂に送っているのは分かっていたが、あえて無視した。


「最後の部屋はこの管理塔の心臓部です。お客様の立ち入りは禁止ですので、ご理解くださいませ」

「なるほど……気になりますね」


 廊下の最奥は白い戸で閉め切られていた。心臓部というからには、この地の重要な情報があるかもしれないのに、立ち入れないというのは残念極まりない。

 一度出直して、ニイの制止を振り切る術を開発することが必要だろう。ニイもこれまでの流れからアルたちを少し警戒しているようだし、ここで無理をすると敵認定されそうだ。

 そう考えていたアルを、アカツキが小さく手招く。耳を貸せと言いたいようだ。


「アルさん……ちょっと試してみたいことがあるんですが、ダメですか?」

「試してみたいこと?」


 しゃがんでアカツキに耳を寄せると、小声で尋ねられた。思わず真顔でアカツキを見下ろす。

 アカツキは真剣な表情で、背負っていた杖を軽く動かした。

 ニイの無機質な目が向けられているのを感じながら、秘密の相談を続ける。


「ニイさんの【ポーズ】って、俺の魔法と似ている気がするんです」

「ああ、それは僕も思っていました」

『我ら魔物の魔法の使い方にも似ているが、その場合一言でも言葉が必要なのが不思議だしな』


 アルとブランが理解を示すと、我が意を得たりと言わんばかりの表情でアカツキが頷く。そして、「上手くいくか確証はないんですが――」という前置きをしながら、ある提案をした。

 聞き終えたアルは目を眇めてアカツキを見下ろした。


「――【解呪】をしてみる?」

「はい。【ポーズ】って、たぶん対象の動きを阻害する効果があると思うんです。それはある種【呪い】のようでもあるし、【解呪】で取り消せる気がするんですよね」


 一考の価値がある意見だった。だが、無視できない問題もある。


「――うぅん……その手段をとった場合、成功すれば良いですが、失敗したらニイさんと完全に敵対することになりますよ?」

『我はそれもいいかと思うがな。こいつのおかしな魔法は厄介だ。だが、魔力を使うものである以上、結界を使えばある程度防げよう。敵対したとて、勝算は高い』

「ええ。俺も、もしもの場合でもアルさんたちがいれば大丈夫だろうなと思って提案しました。それに、この方法を使えば、一つ検証材料が増えると思うんです――」


 言葉を一度切ったアカツキが、強い眼差しで続けた。


「――【解呪】と【呪い】というものが何かを知るための」


 これが決定打だった。アルは暫し迷った末に頷く。魔法を研究する者としての好奇心が疼いたのだ。


 アカツキが使う【解呪】というのは、【呪い】を解くものであると以前聞いたことがある。だが、アルには【呪い】が何かよく分からず、魔法に似たものではないかと考察するしかなかった。アカツキはそれに納得できなかったようなので、現状結論は先延ばしにしている。

 今回、アカツキの【解呪】が成功すれば、新たな考察材料が増えるのは間違いない。


「――では、やってみますか」


 ニイと戦闘する可能性もある。できるだけこの建物に傷をつけたくないから、大立ち回りはしない方向で対処を考える。ニイ自体も興味深い構造をしているようなので、後々きちんと調べたいから、破壊もしないように。

 普段よりも制限が多いが、工夫を凝らせばなんとかなるだろう。【解呪】が成功して戦闘が起きないことがなによりありがたいことではあるが、果たして――。


「はい、いきますよ!」


 アカツキが気合いを入れて杖を構えると同時に、ブランがアルの肩を蹴り、扉を突き破らんばかりの勢いで飛び出した。


「この先、侵入不可! 警告、【ポーズ】――」


 ブランに向けて魔法の光が放たれる。万が一の場合でも、アルが張った結界が暫く凌いでくれるとは思うが、確証はない。だが、それを確かめる前に、アカツキの魔法がニイの魔法の光にぶつかった。


「【解呪】!」

「これは――」


 ニイの声が動揺で乱れた気がした。

 アカツキが放った【解呪】は、見事ニイの魔法を打ち消した。これでニイの扱う魔法が【呪い】に類するものだと確定できた。

 そこまでは、アルの想定通りだったのだ。だが、【解呪】の光がニイにまでぶつかるのを見て、思わず慌てることになる。これまでの【解呪】の実績を考えると、ニイが行動不能になる可能性が高いと思い、不安が過った。研究のためにも、ニイはこのままの状態で確保したい。


「あ……ニイさんが消えたりしないよね……?」


 アルの不安を否定するように、【解呪】の光が消えた後も、ニイはこれまで通りの状態で立っていた。


 ――ガンッ!

 大きな音と共に、閉ざされていた扉がブランによって蹴り開けられる。というより、扉が破壊されたという方が正しいかもしれない。

 そんな状態になっていても、ニイは部屋の方に興味を示すことなく、アカツキを凝視していた。


「……一応、成功?」

『ふむ。……こうして我が部屋に踏み入っても何も反応せぬのだから、成功と言えるのではないか?』


 ブランが壊れた扉を蹴って退けながら部屋に入る。ニイはやはりブランを見ることもなかった。


「そうだね。……でも、この反応はなんだろう?」


 ニイに見つめられる形になったアカツキが、怖気づいたように後退りしている。戦闘に入る様子がニイに見受けられないとはいえ、凝視されるのに威圧感を覚えているようだ。

 ニイの反応はアルの想定外だった。もし【ポーズ】の【解呪】が成功しても、ニイは続けて戦闘を仕掛けてくると思っていたのだから。

 この異変が生じた原因は、【解呪】の光がニイにも当たったことだろうか。だが、当たる前からニイは動揺しているようだった。一体なぜ、それほどまでに驚き困惑したのか。


「アルさぁんっ、これ、どうしたらいいんすかっ⁉」

「僕に聞かれても」


 耐えきれなくなったアカツキが泣きついてきたが、アルにも原因が分からずどうしようもない。ニイの新たな反応を待つしかないのだ。


『見つめられているくらいで狼狽えるな、馬鹿者。……アカツキをここに置いて、部屋を調べるか? アカツキはニイの引き寄せ役だな。そうしたらニイに邪魔される確率が下がりそうだ』

「ブランはスパルタの上に薄情者! 置いて行くことは許さないですよっ!」

「ちょ、アカツキさん、落ち着いて――」


 アカツキが脚に力強くしがみついてくるので、バランスを崩しそうになる。スライムとラビが『やれやれ……』と言いたげな呆れた素振りをしているのも、アカツキは気づいていないようだ。


「――情報の修正が要求されました」


 状況を忘れた訳ではないが、危機感を覚えなかったために好き勝手に騒いでいたアルたちに、ニイの静かな声が届く。

 既に動揺の様子も消し去ったニイが、アカツキを見つめ続けながら口を開いた。


「【まじない】を感知。ゲスト三【アカツキ様】が流離人として認定されました。それに伴い客用認証を破棄。不在の代表者に代わり、管理塔システムへの命令権保有者第一位に任命可能です。――アカツキ様、いかがなさいますか?」

「……へ?」


 アカツキが呆然とした表情で固まった。アルも思わずブランと顔を見合わせ首を傾げる。

 状況が好転した気がするのはいいのだが、想定外の出来事の連続に困惑するしかなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る