第183話 管理塔の番人

 アルたち以外の乗客がいなくなったバスは進み続け、やがて周囲から建物が消えていった。道の両端には木々が連なり、鬱蒼とした雰囲気だ。


「ここの方が馴染み深い風景だけど……随分辺鄙なところに進んでいるみたいだね」

『あの街とは大違いだな』

「そうですね。もしかしたら管理塔という所しかこの先にはないのかもしれないっすね」


 三人で窓の外を覗いていたら、バスが次第に減速していく。どうやら目的地に近いようだ。

 前方を見ると、こじんまりとした家が建っていた。塔と呼ぶには明らかに小さい。だが、これしか建物がないのだから、ここが管理塔なのだろう。

 停車したところで通路に出る。ここが終点であることはアカツキの通訳により既に分かっていた。


「あの、三人分なんですが」

「ぉ……ぃ……」


 操縦席には黒い影がいた。もう見慣れたものだ。構わず話しかけると何か答えてくれたようだ。


「そのまま魔力を注いでくださいって言ってますよ」

「なるほど……」


 影が手元で操作したように見えた。運賃用魔力回収の魔道具は遠隔操作も可能なのかもしれない。

 魔道具を調べたい気持ちをなんとか抑えながら考察し、魔力を注ぐ。注いだ量はアルが自然に放出している魔力量と大して変わらない。魔力が少ない者なら苦労するだろうが、アルにとっては微々たるものだった。


『く……ふぁあ。乗り物というのは、変に疲れるな』


 バスから降りた途端、ブランが伸びをした。アルは肩の上でバランスをとるブランの頭を撫でながら苦笑する。


「それは僕も思ったけど、危ないからそこで伸びるのはやめてね」

『我が落ちるわけなかろう』

「僕が落ち着かないの。というか、肩から下りても良くない? 僕、肩凝りになっちゃう」

『今更だな』

「それをブランが言わないで」


 ブランと近距離で睨みあっているアルをよそに、アカツキがジッと管理塔を見つめていた。


「……ここは……俺の……」


 アカツキの呟きに気づき見下ろす。門を潜った時のように、ぼんやりとしていた。スライムとラビが心配そうに様子を窺っている。


「アカツキさん?」

「……え? あ、俺、なんか言ってました?」

「よく聞き取れませんでしたけど、この建物に見覚えがある雰囲気でしたよ。もしかしてアカツキさんの元々の仕事場ですが?」


 半ば以上冗談として放った言葉だった。アカツキも苦笑し首を振る。


「いや、職場じゃないでしょう。どう見ても民家ですし」

「民家……。つまり、アカツキさんの住居に見た目が似ている可能性もあるんですね」

「それは……そうですね」


 再び、アカツキが管理塔を見るのにつられて、アルも視線を動かす。

 管理塔は黒く波打つような石が屋根になっていて、外壁は木でできていた。正面に大きな扉があり、そこが玄関と思われる。


「この扉、どう開けるんでしょう?」

「引き戸ですよ」


 いざ入ろうと思っても、玄関扉はアルが見たことのない形状だった。取っ手がなく、押しても引いても動かない。

 だが、アカツキがあっさり答えを出し、器用に手を掛けて扉を開けた。


「……なるほど。やはりここはアカツキさんに馴染みがある場所のようですね」

「そうですね……。って、呼び鈴鳴らすの忘れてた!」


 アカツキが急に慌てだすがもう遅い。扉はほぼ全開になっている。これなら呼び鈴を鳴らすより声を掛ける方が早いだろう。だが、それも必要がない気がする。だって――。


『生きている人間の気配はないから、呼び鈴はいらんだろう。……まあ、奇妙な気配はあるが、危険はなさそうだ』

「僕も変な気配があるとは思ってたんだけど、ブランでも分からない?」

『……うむ。覚えがない気配だな。……いや、あの空中の城にあった石像に似ているか?』

「人造魔物か……」


 ブランの言葉に納得した。それと同時に、戦闘の準備も整える。危険はなさそうだとブランが判断しているとはいえ、万が一の場合に備えておくのは大切だ。


「えぇ……? そんな危ないことはない気がしますけどねぇ」


 アカツキが首を捻りながら玄関に入っていった。基本的に怖がりなアカツキには珍しい行動だ。何かが記憶を揺さぶり、警戒心を欠いているのかもしれない。

 この地ではアカツキの感覚が思いの外信頼できるとは分かっていた。だから、アルも少し肩の力を抜いて、アカツキに続く。


「知識の塔の居住区のような感じですね」

「伝統的な玄関っすよ」


 石畳から一段高くなって木の床が続いている。右端には木製の棚があり、扉を開けると靴が収納されていた。サイズがバラバラで、たくさんの人が生活していた様子が窺える。


「こーんにーちはー!」

『急に大きな声を出すな、馬鹿者!』

「ひゃっ、そんなに怒んないでくださいよ~」


 床に跳び乗り叫んだアカツキに、すかさずブランの説教が飛ぶ。アルも驚いたからブランを止める気にならない。

 スライムとラビが顔を突き合わせ何か相談している雰囲気だったが、やがて諦めたように首を横に振った。


「お待たせいたしました。管理塔システム統括官ニイです。訪問者の情報を確認いたします。その場でお待ちください」

「うおっ⁉ どこから出てきた⁉」

「転移……?」

『無駄な高等技術で驚かせるな! 普通に出てこい!』


 突如、目の前の床に人形が現れた。アカツキが跳び上がって後退し、アルの足の後ろに隠れる。ブランも一瞬体を跳び上がらせてから怒鳴った。

 ニイと名乗った人形は、一見すると人間に見えるくらい精巧に作られていた。だが、表情がなく、どこか無機質な雰囲気が漂っている。

 アルはニイが止まっているのをいいことに、じっくりと観察を続けた。


「入る前に感じた奇妙な気配はこれだね。でも、こんなに近くには感じられなかったから、遠くから転移してきたのは確実。転移には莫大な魔力が必要だけど……うん、生物ではないから少なめにできるのかな? あと、あの赤い石が使われてるのか。魔力を増幅できれば問題はないもんね」

『お前は何を冷静に分析しているんだ。もっと状況に危機感を持て! こいつが攻撃してくる奴だったら、大変なことになっていたかもしれないんだぞ?』


 ブランの尻尾がアルの頭を打った。さほど痛くはないが、強制的に思考を中断させる威力はある。


「ブランがいても危ないことがあると思ってるの?」

『なっ……そ、そうだな! 我がいれば、問題なかった』


 持ち上げるつもりで言ったわけではない。ただあまりに当然なことの確認をしただけだ。だが、ブランは動揺したように尻尾を揺らし、視線を逸らした。照れくさくなったらしい。


「アルさん……俺が隠れたことについてはどう思われます?」

「アカツキさんだなぁって思いました」

「……そうですよね」


 何故か悄然としたアカツキが、トボトボとアルの横に並ぶ。アカツキが臆病なことは分かりきっていたので納得しただけなのだが、何かいけなかっただろうか。


「――確認が終了しました。現在記録している情報と照合できません。客用認証を行いますか?」

「俺たちの情報が記録されてないのは当然ですね。初めて来たんですもん」

「そうですね。……でも、何を使って確認しているんでしょうね?」

「えぇー、俺に聞きます? 魔力とかじゃないっすか?」

「なるほど」

『こいつに答えなくていいのか?』


 ニイを無視したわけではないが、アカツキとの話に集中してしまったのがいけなかったのか。返事を急かすようにニイが一歩近づいてきた。


「客用認証を行いますか? 客用認証がされない場合、敷地内への立ち入りをお断りしております。敵認定まで、十……九――」

「わああっ、しますします! 客用認証します!」

「あ……」

『焦って答えるとは、やはり馬鹿者か……』


 アルとブランの視線がアカツキを刺した。それに戸惑ったようにアカツキが首を傾げる。


「客用認証がどういうことか聞いてみる必要があった気がしますね」

『もしかしたら何か不利益があったかもしれんからな』

「……ああ! ごめんなさい! ほら、敵と認定されたら不味いかなって……」


 落ち込んだ様子で俯くアカツキの頭を軽く叩く。それほど気にする必要はないのだ。客用認証をしてもらう以外、管理塔に入る手段はない気がするし。


「客用認証が終了しました。ゲスト一【アル様】、ゲスト二【個体名ブラン様】、ゲスト三【アカツキ様】、ゲスト四【個体名スライム様】、ゲスト五【個体名ラビ様】。以上五名の立ち入りが許可されます」


 名前まで知られていた。会話の流れで把握したのだろうか。それとも鑑定に類する能力か。何はともあれ、ニイは観察のしがいがある存在だ。


 ニイが動き出す。玄関から続く廊下に導くように手を広げた。


「流離人の隠れ里へようこそ。現在管理塔代表者は不在です。代わってニイがご案内いたします」

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