第182話 途中乗車、終着駅まで
コンビニに引き返して再び買い物し、ほくほく顔で出てきたアルたちは、眼前の光景に目を瞬いた。
アカツキが自動車と呼んだ乗り物が行き交う道の端に大きな物体がある。先ほどまではなかった物だ。
「バス……?」
「アカツキさん、これを知っているんですか?」
『大きいな。中には座席があるようだが……影が乗っているぞ』
呟いたアカツキは、アルの言葉も聞こえていない様子で駆けていく。どうやらこの大きな物体はバスというらしい。
ブランはアルの肩の上で立ち、バスの側面にある窓から中を覗き込んでいた。
アカツキの後を追いながら、アルもバスを観察する。バスがある手前には、細長い看板のような物があった。
「時刻表が、見えない~っ!」
「腕に乗ってください」
スライムに乗って時刻表を確認しようとしているアカツキだが、あいにく高さが足りていなかった。アルはアカツキの返事を待たずに体を抱き上げ、時刻表が見えるようにする。
そこに書かれている字も、ほとんどアルには読めなかった。辛うじて分かるのは数字くらい。
「コンビニ前バス停。行き先は管理塔前……」
「これ、乗り物なんですか?」
乗り合い馬車のような物だろうかと首を傾げると、アカツキが真剣な表情で頷いた。ブランが『ほう……』と感心した声を漏らし、再びバスを観察し始める。
『自動車とやらも不思議だが……これは何が引っ張って動くのだ?』
「魔道具じゃないかな?」
「うぅん……この世界での原理は分かりませんね……」
アカツキもさすがに分からなかったらしい。だが、止まっているなら観察のしようがある。知らない魔法が使われているかもしれないと思うとわくわくしてきた。
――プーッ……ゃ……ぁ……ぅ……。
「あ、発車するらしいっす! 乗らないと!」
「え? 乗るんですか? って――」
『おい! 勝手な行動をするな!』
アカツキが腕から飛び降りて、開いていた扉に駆けて行ってしまった。こんなどこで何があるかも分からない状況で単独行動をしようとするのは珍しい。
引き留めようと伸ばした手を下ろし、アルもバスへと急いだ。アルの乗車を妨げるように扉が閉まり始めていたが、ため息をついたブランが一足先に飛び込み、扉を押さえてくれる。
「よっと……。ブラン、ありがとう」
『ここで離ればなれになったら何があるか分からんからな。……アカツキ、お前は反省しろ!』
ブランが振り返った先には、項垂れたアカツキの姿があった。自分のとった行動が不味かったとは分かっているようなので良しとしよう。
自力で飛び乗ったラビと、アルにくっついたことではぐれずにすんだスライムが、抗議するようにアカツキに突撃した。アカツキが潰される。
「ふぉおっ! スライム、ラビ! 俺が悪かったとは思ってるから~っ! アルさんもすみませんっした!」
僅かな揺れと共にバスが動き出す。
バスの中は規則正しく椅子が並び、三体の影がバラバラに座っていた。
天井から下がる取っ手のような物を掴みながら、空いていた椅子まで進む。腰を落ち着けて窓を見ると、灰色の建物が流れていった。
『ふむ、なかなか乗り心地がいいな』
「馬車とは比べ物にならないね。揺れが少ないのは道が整備されているおかげかな」
自動車やバスが走っている道は、繋ぎ目が見えない濃灰色の石らしき物で覆われていた。車輪もクッション性がありそうな物だったし、乗り心地にこだわって整備されているのだろう。
「あ、アルさん、助けて……!」
スライムたちに潰されたままのアカツキが手を伸ばしてくるので、アルは苦笑しながらスライムたちに声をかける。
「ほら、アカツキさんも反省してるみたいだし、そのくらいで解放してあげよう? あからさまな罠っぽいのに嵌まりに行った訳を聞きたいし」
アルの指示を聞いて、スライムたちが渋々とアカツキの上から退く。アカツキがよろよろとアルの横にやって来た。
「……けふっ、助かった……」
『狭い! 別の椅子に座れ!』
「えー、いいじゃないっすか、離れてたら何があるか分からないでしょ?」
アルの横に座っていたブランを押して席に飛び乗るアカツキに、ブランが邪魔くさそうに怒る。最終的には押し出され、ブランはアルの膝に収まった。
スライムたちを見ると、主人のわがままに呆れ気味な様子で、座席の足下で寛ぎだしている。
「それで、なんで制止も聞かずにバスに乗ったんですか?」
「……なんで、と言われると困っちゃうんですが……。乗らないといけないって、頭が一杯になっちゃって」
アルは目を眇めて、覚束ない口調で語るアカツキを観察した。
どうやらアカツキは無意識で体を動かしていたようだが、その理由がよく分からない。強いて言うなら、アカツキの封じられた記憶がそう指示した可能性は考えられる。
「まあ、過ぎたことを咎めても仕方ないですね」
『アルは甘い! 甘すぎる! そんなんだから、こいつは弱いままだし、自分勝手な行動をするんだ!』
「自分勝手さでは、ブランの右に出るものはいない気がするけど」
『なんだとぉお!?』
憤って胸を叩いてくるブランを宥めながら、アルは窓の外を見た。バスが減速している気がしたのだ。
――ツ……ぁ……ぉ……ぇ……。
不意に不明瞭な音が聞こえてきた。アカツキを見下ろすと、真剣な表情でバスの進行方向を見つめている。
――ポーンッ。
――ツ……ぉ……ぃ……ぅ……。
「一体、なんなんでしょう?」
「どうやらそろそろ次のバス停に停まるらしいっす。【デパート前】だって言ってます。デパートは色んな物を売ってる店ですね。誰かここで降りるみたいです」
『また食いもんがあるところか!?』
「あるとは思いますけど……降りるんですか?」
バスは暫くして、大きな建物の前で停まった。
アルたちの後ろの座席から影が立ち上がり、横を通りすぎていく。バスの通路前方にある魔道具らしき物に魔力を流すと、開いた扉から出ていき建物の中に消えていった。
「降りた方がいいと思いますか?」
「……いいえ、終着駅まで乗りましょう」
アカツキが一番分かっているだろうと聞くと、躊躇った末に首を振られた。その返事を聞いていたように、空気が抜けるような音と共に扉が閉められる。新たに乗り込んでくる者はいなかった。
バスが発車する。
『あああっ……旨い飯……』
「さっき散々食べたばかりじゃない」
『旨いもんはどれだけでも食べられるんだ!』
「はいはい……」
遠ざかるデパートを見て嘆きの声を上げるブランの口に、買ったばかりのバナナを突っ込む。噛み締めたブランが、『何か違うような……?』という顔で首を傾げた。
「アルさん……バナナは皮を剥かないと」
「え? ああ、そういえば、バナナオムレットは皮を剥いた状態で入ってましたね」
『うむ……まあ、食べられないこともないぞ?』
ブランを見ると、顔を顰めて口を動かしていた。口から飛び出た部分を取って皮を剥いてやる。手で剥けるとは、食べやすい果物だ。密かに感心しながら、ブランの開いた口に押し込んだ。今度は満足げな表情だ。
――ツ……ぁ……ぉ……ぇ……。
――ポーンッ。
――ツ……ぉ……ぃ……ぅ……。
再び音が鳴り、バスが停まると、先ほどと同様に影が降りていった。今回は二体同時だ。これで、バスの中にいるのはアルたちだけになった。バスを操っている者もいるのだろうが、ここからは姿が見えない。
『ここはなんだ……?』
「アパート前って言ってましたね。集合住宅です」
「へえ、こういう建物が家として一般的なんですか?」
外には灰色の建物が連なっていた。いくつも窓があり、それ一つ一つに人が住んでいるとなると、軽く五十人くらいはいそうだ。
「一般的というか……まあ、住居形態の一つですね」
アカツキはアパートを見てぼんやりと考え込んでいるようだった。
この地に来てから、アカツキの記憶は徐々に蘇っているように思える。それが、封じる必要もない記憶だからなのか、それとも何か理由があって思い出せているのかは分からない。
だが、少しでも早く記憶が戻ればいいと思う。それが、かの地で眠るアカツキの妹も望むことのはずだ。
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