第181話 レッツ試食

 コンビニを出て、道を行き交う影を避けながら進むと、緑豊かな場所に辿り着いた。入り口らしき場所には看板が掲げられ、何か書かれているのだが、アルが知らない文字だ。


「憩い公園……なんか良さげな場所っすね~」

「……そうですね。ここで買った物を味見してみましょう」


 事も無げに文字を読んだらしいアカツキをチラリと見下ろしてから答える。

 この場所で使われる文字は、アカツキに馴染みがあるようだ。どこかで文字を教えてもらった方がいいかもしれない。アカツキがいないとまともに情報を得られないというのは不便だ。


『ふむふむ。……良い空気だな!』


 憩い公園に入って歩き出すと、ブランが上機嫌で尻尾を揺らす。石畳の通路の両端に様々な花が咲き乱れる野原が広がり、その奥に木々が立ち並ぶ空間は、確かに居心地よく感じられた。


「天気も良いし、気温もちょうどいいね」


 見上げた空は青く澄んでいて、ここが創られた空間とは思えないほど現実感があった。この場からは灰色の建造物群も見えないし、極普通の広場にいるような気がしてくる。


「ここには影いないんすね」

「そうですね。いたら気になっちゃうから、それでいいんですけど」


 ちょうどよく木陰になっている場所を見つけて、ブランケットを敷いて円になるように座る。コンビニで買った物を中心に広げると、方々から興味津々な眼差しが向けられた。

 一つ手に取り開けようとするが、ふと安全性が気になった。何も考えずに未知の物を食べようとして、問題がでないとも限らない。アカツキはこの食べ物を知っているようだが、これが知識通りの物と断言はできないのだ。


「……一応、鑑定」

『うん? ……ああ、念のための確認は必要だな』


 早く開けろと急かしていたブランも、アルの危惧には理解を示し、一旦大人しくなる。それでも目には期待が溢れ、無言の要求が伝わってくるので、アルは苦笑しながら鑑定眼を発動した。

 案の定、ここも金の果実無しでは鑑定ができないようだったので、残り少ない果実を囓ることになったのは、少々気になるところだ。

 タイミングを見つけて、再度収穫に行くべきだろうか。だが、何度か確認しに行ったが、まだ実っていなかったのだ。再収穫不可でないことを願うしかない。


「……うん、安全ではあるね」


 考えながら見た鑑定結果に、アルはなんとも言えない表情になる。アカツキにチョコチップクッキーだと言われていた物を真っ先に鑑定したのだが、不思議な文言が示されたのだ。


『曖昧な言い方をするな? なんぞ変な結果でもあったのか?』

「えっ、まさか、表示と中身が違うとか……?」


 ブランとアカツキが僅かに目を陰らせて尋ねてくるので、苦笑して首を横に振った。


「中身はアカツキさんが言っていた通りですよ。ただ、説明文に、全自動工場にて製産と書かれていた上に、いかにこの技術が凄いかと訴えてくる文言が続いたので戸惑っただけで」

「なるほど……? 鑑定さんは自己主張強めですね?」


 少し身を引いて首を傾げるアカツキに同意する。

 その横でブランが難しい顔をして、パタリと尻尾を揺らした。


『そういう文言、以前もなかったか?』

「え? ……ああ、チョコレートのときにもあったね。というか、アカツキさんのダンジョン産の物も、結構独特な説明文だったかも」


 ブランに言われて思い出したが、鑑定眼が示す結果がおかしいのはこれが初めてではなかった。本来鑑定というのは、無機質に結果を示す能力である。それなのに、何かしらの意思を感じる結果が示されることが度々あった。


「共通点としては……特殊な能力での創造物ってことかな」

『アカツキの能力しかり、ここの管理者の能力しかり……一般的な創られ方でないことは確かだな。鑑定に示される結果というのは、誰によって決められているのだ?』

「誰って……誰だろう?」


 鑑定とはそういうものだ、と思っていたからこれまであまり深く考えなかったが、ここに来てやけに気になった。

 ブランも同じ気持ちなのか、顔を顰めて考え込んでいる。


「……あのー、とりあえず、ここにあるのは全部食べても大丈夫ということですか?」

「え、……ええ。大丈夫ですよ。食べてみましょうか」


 考えることを諦めたのか、それとも食べ物への欲求が勝ったのか、アカツキが控えめに問いかけてきたので頷いて答える。

 恐らく今の段階では鑑定について考えても答えはでないだろう。あまりに手がかりがなさすぎるのだから。それならば建設的に時間を使うべきだ。


『……しいて言うなら、神の意思、か? だが、これらを創っただろう者たちの神嫌いを考えると違和感があるな……』


 珍しく食べ物につられず考え込むブランを見てから、アルは手近にある袋から開いていく。密閉された袋に見えたが、アカツキに言われた通りに引っ張ると、綺麗に開けることができた。包装一つとっても、アルが知る物とは全く違っていて興味深い。


「こっちがお菓子、そっちは食事系、……飲み物はご自由に」

『おお! 旨そうな匂いだな!』


 真剣な雰囲気が一瞬でどこかに行った。やはりブランは食べ物に弱い。

 盛大に振られる尻尾に、思わず吹き出して笑いそうになりながら、ブランが欲しがった物を渡した。


「あ、美味しい。この焼き菓子、不思議な香りがする」

「それフィナンシェですよね? しっとりしたバターの風味とアーモンドっぽい香りが美味いですよねー」


 真っ先に手に取った焼き菓子は、アカツキが言う通りの美味しさだった。思わず顔が綻んでしまう。

 アルに同意を示したアカツキが食べているのは、表面が茶色い粉で覆われて、透明なカップに入っている食べ物。鑑定ではティラミスという甘味だと示されていた。


「ふおぉ……コーヒーのほのかな苦味、クリームチーズのまろやかな酸味と甘さ……マジ美味」

「苦味があるんですか?」

「ええ。甘さだけじゃないから、いくらでも食べられちゃうやつですね! アルさんも一口どうぞ」


 差し出されたそれを遠慮なくもらう。確かにスポンジに染み込んだコーヒーというのはほろ苦いが、層になるように重ねられたクリームと合わせて食べると、驚くほど美味しい。


『我が食ってるこれも旨いぞ! 肉がごろごろ入ってる』


 ほくほくとした顔でブランが示したのは、衣を纏った揚げ物。コロッケというらしい。三つ買っていたので、ブランに食べ尽くされる前にアルも手に取った。


「……なるほど。イモと肉を混ぜて揚げてあるんだね。このソース、美味しい……」


 付属のソースは驚くほど複雑な旨味があって、思わず真顔で凝視した。野菜やフルーツの他にも何か使われているのだろうが、食べただけではよく分からない。


「ころころコロッケ~、うま~!」

『なっ! 我の分だぞ!』

「違うからね? 三人分として買ったんだから」

「ブラン! 俺の盗らないで!」


 残り一つをアカツキが食べ始めると、ブランが猛然と抗議しだす。その勢いに押されるアカツキを救うため、詰め寄っているブランを抱き上げて別の食べ物を渡した。塩気のある物の次は甘い物だ。


『……おお! これはねっとりとした甘さがあるフルーツが入っているぞ! クリームも甘くて旨い!』


 一瞬で誤魔化された。目先の食べ物に弱い性質はこんな時に便利だ。

 目尻を下げてうっとりしながらブランが食べているのはバナナオムレット。スポンジでバナナという果物とクリームを挟んでいるらしい。


「バナナなら売ってたと思いますけど、買いませんでしたね」

「え、売ってました?」

「黄色くて細長いのが房になってたやつですよ」

「ああ、言われてみれば、あった気もしますね……?」

『後で買いに行くぞ!』


 ブランは相当この果物を気に入ったらしい。きらきらと輝く目で見上げられて、どうして断れようか。

 アルは苦笑しながらブランの頭を撫で、肩をすくめた。追加で買うのはバナナだけではなくなりそうだが、魔力で支払えると分かっているのでさして問題はない。

 たまには素直にブランの要望に従ってやろうと思いながら、新たな食べ物を手に取って味見を再開した。

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