第164話 影響を取り払う

『ふむ。……どうしても魔石に戻したくないというならば、アルが工夫を凝らすしかないんじゃないか?』

「工夫?」

『アルが一等愛しているものだ』


 呆れ混じりの言葉に、アルはあっと息を漏らす。ブランがこういう言い方をする時は、十中八九魔道具のことを指している。


「魔物を操ろうとしている意思は魔力にのっている……。外部魔力を防ぐ結界のような機能があれば良いってことかな」

『そうだな。そいつらはアカツキと魔力的繫がりがあるようだ。その維持ができるようにしなければならんが』

「……よし。やってみようか」


 ブランの言葉を頭の中で反芻し、魔法陣の構想を練った。大まかな形ができたところで、アイテムバッグから魔道具作成キットを取り出す。


「お、おおう? もしかして、【解呪】しなくて済む感じですか? アルさんの素晴らしき能力で? ……アルさん、バンザーイ!」


 スライムたちを真似するようにアルの足元をクルクル駆けたアカツキが、不意に両手を挙げて歓喜の声を上げる。その様を見下ろして苦笑し、アルは早速魔道具作りを開始した。


「ブラン、魔物の監視お願いね」

『……ここは魔物の気配はなさそうだがな』

「俺、結界張りますねー」


 預けたままだった結界の魔道具をアカツキが発動させた。床に跳び下りたブランが欠伸をしながら身を伏せ、組んだ腕に顎をのせて廊下の先に視線を向ける。魔力の影響に気づいた後は、それを振り払うのも容易になったらしく気にする様子はなかった。相変わらず混乱した状態のスライムたちとは対照的だ。


「普通の結界だと漂う魔力を排除できない。排除するには……魔力波を防ぐのに使った魔法陣を流用できるかな」


 アイテムバッグから取り出した紙に魔法陣を描いていく。

 以前、魔物避けをするために特定の魔力波を放つ魔道具を開発した。それはブランにも影響を与える物だったので、魔力波を防ぐ魔道具も作っていたのだが、その魔道具に使った魔法陣は今回の作業に十分使えそうだ。


「ふおぉ……見てても、わけ分からん……」

「スライムたちが異常行動しているのは変わらないんですから、しっかりと見ていてもらえます? 声を掛け続けていると、魔力の影響を妨げられるかもしれませんよ」

「そ、そうっすね! 了解っす!」


 アルの手元を覗いていたアカツキに指示を出す。正直集中力が乱されてちょっと邪魔だったのだ。

 アカツキがスライムたちに声を掛けるのを見て、アルは作業に戻った。大体の構造はできている。あとは魔力の流れを整えて最終確認するだけだ。


「ここをこう繫いで……あ、ここであの理論を使えば、効率的に魔力を排除できるか……。アカツキさんとの魔力の繫がりは切っちゃ駄目だから、ここに余地を残して……」


 集中すると、どうしても独り言が零れる。視界の端でブランの耳が動き、呆れたような吐息が聞こえてきたが、今更なことなので気にしない。


「……うん、これでいいかな」


 紙に描いた魔法陣を最終確認して、アルは頷く。取り出した魔軽銀に魔法陣を刻み、スライムたちが身に着けやすいように加工すれば完成だ。

 スライムは体内で物を溶かさず保持する能力があるから小さめな魔軽銀の箱。ラビは耳に付けられる輪にした。

 ブランはもう気にしていないようだが、この先に進むことで魔力の影響が強まる可能性がある。予防的に魔道具を持ってもらうために、嫌がらないよう耳に引っ掛けられる形にする。これなら変化する際も邪魔にならないだろう。


「まずはブラン、試しにつけて」

『なぜ我が⁉』

「スライムたちより、効果が分かりやすいでしょ」

『む……その形なら、まあ良いか』


 嫌そうな顔で振り返るブランに魔道具を差し出すと、じぃっと観察した後諦めたようにため息をついた。了承を受けて魔道具をつけ、発動させる。


「どう? 影響なくなった?」

『……うむ。確かに周りの魔力と隔絶されて、影響がなくなったな。これでいいんじゃないか』

「じゃあ、スライムとラビにも」


 魔道具を発動させた状態でスライムたちに近づくと、ピタッと動きが止まる。どうやら上手く効果が出ているようだ。それぞれに魔道具をつけて、これで良し。


「おお! いい感じっすね!」

「魔道具の周囲一メートルが効果範囲だから、外れないように気をつけてね」


 スライムとラビが嬉々とした雰囲気で跳ねた。魔力による不快感がなくなって、快適そうだ。


『ふああっ。……終わったなら、さっさと進むぞ。旨い物もないし、ここは退屈極まりない』

「ブランって、食べ物のことばっかりだよねぇ」


 相変わらずのことを言うブランにため息をつきながら、魔道具作成のために出していた物を片づける。じろりと睨まれたが気にしない。


『アルはここが楽しいと言うつもりか?』

「そんなことはないけど……」


 歩き出しつつ周囲を見る。見事に何もない廊下が続くだけだ。先が見えない状況にうんざりしているのはアルもだった。


「ルンルン! スライムたちが回復すれば百人力! さあ、先に進みますよー」


 アルとブランが面倒くさそうに足取りを重くする横で、アカツキは一人楽しそうにしている。スライムたちを【解呪】しなくて済んだことがよほど嬉しいらしい。

 アルはブランと顔を見合わせ肩をすくめた。これだけ喜んでもらえたら、足を止めて魔道具作りをした甲斐があったというものだろう。



 廊下は長く曲がりくねっていた。一応魔物を警戒しながら進むが、その気配は一切ない。アルたちが歩く音だけが小さく響いていた。


「何のために、こんな長い廊下があるのか……」

「もしかしたら、幻影に気づいた人だけの、特別な抜け道なのかもしれないですよ! 廊下の壁の幻影に気づかなかったら、これくらい長い道を魔物を倒しながら進まないといけない、とか。……俺、グッジョブでしたね!」

『自画自賛がすぎる』


 ブランが呆れた口調で呟いたところで、廊下の先に変化が現れた。突然行き止まりになったのだ。


「これは……幻影ですね」

『ここまで繰り返されると、すぐ察しがつくな』

「俺の出番がなかった、だと……⁉」

『お前の役割と決まっていたわけではあるまい』


 アルが慌てず騒がず剣を抜いて壁に刺して幻影を確かめていると、何故か衝撃を受けたようにアカツキが固まった。再びブランがジト目でアカツキを見下ろす。


「外は……城の廊下だね」


 ちょこっと顔をだして壁の幻影の先を確認すると、赤い絨毯が敷かれた廊下だった。すぐそばにある窓からの景色はやけに遠い。

 危険はないと判断して出ていくと、ここが城の最上階に位置していることが景色から分かった。


「長い距離は歩いたけど、上っていた記憶はないんだけどな」

『空間がねじれていたんだろう。それなら距離も短縮しろと言いたいが』

「作った人が時間稼ぎでもしたかったのかもしれないっすね。まあ、それならショートカットの道を作らなきゃいいじゃんって話なんですけど」


 三人で話していても、この場所を作った者の意図が読み取れるわけではない。ほどほどのところで話を打ち切って、アルは廊下の先にある両開きの扉に視線を向けた。


「あからさまに、この先に進めって言いたげな感じだね」

『うむ。無視しても仕方あるまい。さっさと行くぞ』

「いや、もうちょっと心の準備があってもいいと思うんですけどね? 絶対魔物との戦闘が待ち受けてるんでしょ? この展開、何度目だよ……」


 アカツキが展開のバリエーションのなさに呆れているが、アカツキのダンジョンも似たような感じだった気がする。扉の先に魔物が待っているというのは、アカツキやこの場所の作成者にとっては、当然な展開だったのだろうか。アルからすると、こんな室内で魔物が待ち受けている状況というのは、違和感を覚えるものなのだが。


「――さて、では行きましょうか」


 ブランたちの様子を見て、戦闘の準備が整っていることを確認し、アルは扉に手を伸ばした。

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