第163話 侵食する意思

 ブランの説教が済んで、城の中へと足を進めたアルたちを出迎えたのは、美しいエントランスホールだった。

 正面に二階へ上がる大階段がある。床には赤い絨毯が敷かれ、壁には剣と盾と杖が描かれたタペストリーが掛けられていた。白い壁や階段の手すりには品の良い金装飾が施され、淡い輝きを放つ。


「どこの王族が住まう城かな」

『普通に考えて、人間は住んでおらんだろう。いるなら……魔族、か』

「綺麗ですね~!」


 目を輝かせて周囲を見渡すアカツキは無邪気な雰囲気だ。


「そういえば、アカツキさんはああいう金装飾がお好きでしたよね? ダンジョンの扉、結構装飾してあった気がします」

「そうっすね~! やっぱ、これくらい綺麗な感じに憧れます。まあ、生活するならもっと落ち着いた雰囲気がいいですけど」

『それより、これからどうするんだ。二階に行くのか? それともあっちの廊下か?』


 エントランスホールを歩き観察していて気づいたのだが、階段の裏に廊下が続いていた。

 その廊下を鼻で指すブランはどこか落ち着かない雰囲気だ。


「まだ、魔力の影響がある?」

『……うむ。この城に入って、一段と強さを増したな』

「それは……スライムたち、大丈夫?」


 見下ろした先では、スライムとラビがアカツキに張り付いていた。アカツキは驚きつつも、懐かれて嬉しそうだ。だが、その状況は喜ぶべきものではないはずだ。


「動きにくいけど、まだ大丈夫っす!」

「……それなら良いですけど」

『あまり限界に挑戦しない方が良いと思うがな』


 アカツキの判断を信頼したアルとは違い、ブランはぽつりと苦言を零した。


『どうせ、ここでそいつらが活躍する機会はなかろう』

「いるだけで、俺の精神が安らぐんですよー」

『……甘ったれめ』

「まあまあ。いざという時は、アカツキさんの【解呪】でなんとかなるだろうし、僕も倒せるから」

「倒す前提で言わないで! 俺がちゃんと【解呪】しますから!」


 悲鳴を上げるアカツキに肩をすくめて、アルは廊下へ足を向ける。二階に行くのは一階の探索が済んでからでいいだろう。

 廊下は赤い絨毯が続き、所々に甲冑が佇んでいた。

 その狭さを見て、小さな姿に変化したブランが、アルの肩に跳び乗り尻尾を揺らす。アルはその頭を撫でながら、甲冑を横目に廊下を進んだ。


「……今までの感じだと、動き出しそうだよね」

『魔力を放っていない』

「うん。だから、普通に歩いてる」

「え……この甲冑、動かないんですか?」


 甲冑に警戒しながら歩いていたアカツキは、アルとブランの言葉に拍子抜けしたように言葉を零す。


「動かないですね。……あ、それは動く」


 不意に魔力を放つ甲冑があり、ぽつりと呟いた。アカツキが跳び上がって背後に隠れるのを見て苦笑し、魔力を纏わせた剣で甲冑の胸部分を突く。

 ガラガラと音を立てて崩れた甲冑から、赤い石が転がり落ちた。それを拾い上げて軽く観察する。


「――赤い石」

『度々見るが、それは結局何なんだ』

「気になるよね。そろそろ鑑定をしてみるかな……」


 鑑定を可能にさせる金の果実を惜しんで、これまで極力控えていたのだが、こうも理解できない物が積み上がっている現状では、惜しんでばかりもいられない気がする。

 魔物から得た槍の効果も気になるし、まとめて鑑定したいところだ。


『――ここでは、落ち着かんようだがな』

「音のせいで集まって来たのかな……」


 金の果実を食べるタイミングに悩んでいたアルの耳に、硬い物が廊下を規則的に打つ音が聞こえる。恐らく甲冑が廊下を歩く音だ。ガチャガチャと金属がぶつかり合うような音も聞こえてくる。

 廊下の先は左右に分かれていた。曲がり角から様子を窺うと、剣をいた甲冑が、両方から押し寄せてきている。


「倒して進むしかない?」

『うむ。だが、その音でさらに集まってくるのではないか?』

「あれ自体は一突きで倒せるくらい弱いんだけどね。多いのは面倒だな」

『だが、他に道がない以上仕方あるまい。それとも、戻って二階に進むか?』

「そっちにも敵はいるでしょ」


 甲冑が迫ってくるスピードは遅いので、ブランと話し合う余裕は十分あった。最善と思われる考えは浮かばなかったが。


「――アルさん」


 不意にアカツキが声を上げる。見下ろすと、不思議そうに首を傾げている姿があった。


「これ、真っ直ぐ進めばいいんじゃないですか?」

「真っ直ぐって……壁ですよ? 破壊して進むのもどうかと思うんですけど」

「そんなことは言ってないっす! 破壊魔はやめてください!」

「では、どうするんです?」


 破壊魔扱いは心外だ。じろりとアカツキを見ると、たじろいだもののグッと杖を突きだして正面の壁を示される。


「あの壁、多分実物じゃないです。一瞬、白い尻尾が見えました」

「実物じゃないって……幻影、か。ここでも白い狐が導くとは……」


 アカツキの言葉を瞬時に理解して、アルは真剣な眼差しを壁に向けた。一見周囲と変わらない壁に見える。だが、これまでの経験上、これが幻影であっても不思議ではなかった。白い尻尾を見たと言うなら、この先に進むべきなのだろう。


「――甲冑が来るまでまだ時間があります。壁を調べてみましょう」


 方針はすぐに決まった。これまでの幻影は、触れれば実体がない物だったのだから、調べるのは簡単だ。

 剣を壁に向けると、少しも抵抗を感じず沈み込んだ。アカツキが言う通り、これは幻影だ。


『ほう。アカツキも、たまには役に立つではないか』

「ちょっと! 俺、石像くんたち倒すのにも役立ってたでしょ⁉」

『お膳立てが必要だがな』

「うぐっ」


 呻いたアカツキに苦笑して、アルは壁の幻影の先に踏み込んだ。一瞬の暗闇の後、再び廊下が見える。遅れずついてきたアカツキが周囲を見渡し、落胆の息をついた。


「また廊下かぁ。目的地に一足飛びってのは、無理だったか……」

「明確な目的地というのも、正直ないですけどね」

『結局、なんのためにここを進んでいるんだったか……?』


 とぼけたことを言うブランをちらりと見やる。


「迷路にある塀の先に行くためでしょ。手がかりが白い狐しかなかったから、ここに来たんだよ」

『……あぁ、そうだったか』

「ブラン、なんかおかしくない……?」


 どうにも、ブランの様子がいつもと違うように感じられた。ブランは怠け者だが、忘れっぽい性質ではない。それなのに、塀のことも狐のことも、今思い出したと言わんばかりの口調だった。


「――アルさん、スライムたちの様子もおかしいです」


 張り詰めた声がアルの鼓膜を打つ。ブランから目を逸らした先で、グルグルと動き回るスライムとラビがいた。


「スライム、ラビ、止まれ!」


 アカツキの指示に一瞬立ち止まった二体は、期待空しく再び動き回る。


「えー⁉ これ、どうしたらいいの……?」


 泣きそうに震えたアカツキの声。杖が二体に向けられていた。今は躊躇いが勝っているようだが、もし襲いかかってくることがあれば、即座に【解呪】を放つという意思表示だ。


「ブラン、大丈夫?」

『何がだ? ……いや、ああ、うん? ……大丈夫だ』


 ブランが思いっきり鼻面に皺を寄せた。何かを振り払うように頭と尻尾を振ると、幾分か明瞭になった声を出す。


『ここは魔力にのせられた意思が強い。だが、本来は我らに向けられたものではないようだ。だから、その二体も混乱しているだけだろう』

「どういうこと?」

『……我ら以外の魔物を操るために、この不快な魔力は存在しているのだ』


 魔力に込められた意思が強くなった分、ブランはしっかりと読み取れるようになったようだ。説明されても、詳しいことは分からなかったが、ブランが『我だってこれ以上は分からん』と吐き捨てたので追及を諦める。


「スライムたち、どうしよう」


 混乱して動き回っているスライムたちを見下ろし途方に暮れる。ブランの言う通りなら、アルたちに攻撃してくる心配はないだろうが、指示を聞けない者を連れ歩くことも難しい。


「【解呪】するしか、ないですか……?」


 アカツキが泣きそうな声で呟く。アルは返答を迷い、沈黙するしかなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る