第162話 そんな時もある
ガッ、と地面が抉られた。先ほどまでアルが佇んでいた場所は、見るも無残に草が散り土が露出している。
石像の周囲の魔力の揺らぎに違和を感じて、咄嗟に跳び退いていたアルは、その光景を見て眉を顰めた。
「――今の、何?」
『魔力の塊を打ち出した感じだったな。アルが昔よく使っていた魔道具と似ているんじゃないか?』
「ああ、魔力弾を放つ魔法筒ね……。ここまでの威力はなかったけどね」
昔――と言っても数か月前――使っていた魔道具を思い出しながら、今度は右に大きく跳び退いた。赤い閃光が再び地面を穿つ。放った者も見ると、正面にあった石像が赤い目を光らせてアルの動きを追っていた。
「アルさんたち、余裕すぎじゃないですかっ⁉ 俺の安全、どこ行ったー⁉」
「アカツキさん、意外と対応できているじゃないですか。というか、魔力による攻撃だから、結界の魔道具は有効ですよ?」
「はっ! 俺、持ったままでしたねっ!」
必死の面持ちで駆けていたアカツキに助言すると、目を見開いて固まった。その隙を狙ったように閃光が放たれる。
「足を止めないで! 止めるなら、結界!」
鋭く指示を飛ばしながら、アカツキの前に結界を張る。過剰と思えるほど魔力を籠めたつもりだったが、閃光により一瞬で霧散した。
思わず顔を顰める。思っていた以上に、魔物の攻撃は強力だった。効果を打ち消せただけ幸運だっただろう。
「――結界の魔道具の出力じゃ、耐えられないかも」
「え⁉ 俺の最後の砦が効かないってことですか⁉」
攻撃されたことに衝撃を受けて固まっていたアカツキが、再び駆けだした。アルの言葉で、逃げ続ける方が安全だと判断したのだろう。
『最後の砦とか言う前に、自分で攻撃したらどうだ』
アルの横を白い姿が駆ける。一瞬で石像の元に辿り着いたブランが、大きく腕を振り下ろした。バターが切れるように縦に両断される石像。その目は光を失わず、怪しく
「攻撃は最大の防御なり、ってことだね」
ブランに遅れること数瞬。アルも攻撃に転じた。一体が倒れるのを合図にしたように赤い目を光らせた他の四体が魔力を放つのを確認し、その内の一体に魔力を纏わせた剣を振るう。
放たれた魔力波は、石像の周囲で霧散した。
「――攻撃力だけじゃなくて、魔力に耐性もあるのか。厄介だな」
呟きながら、放たれた閃光を避け、魔力を纏って石像へ駆ける。遠くからの攻撃で効果がないなら、近づいて攻撃すればいい。
間近に迫った石像の目が赤く光る。魔力の揺らぎから、攻撃のタイミングは既に読めていた。故に、避けることも容易である。
放たれた閃光をすれすれで避け、駆けた勢いのまま石像の脚に剣を振るう。最大限魔力を籠めた剣は切れ味抜群で、石像の片脚を斬り落とした。
「アカツキさん、【解呪】の魔法!」
「ふえっ⁉ このタイミングで⁉」
飛び交う閃光に逃げ惑っていたアカツキが、悲鳴を上げながらも方向転換しアルに急いで近づいてきた。その間にも、アルは何度も剣を振るい石像を細切れにしていく。どうやらこの石像も再生力があるようなのだ。
『世話がやける。……鬱陶しい石っころどもめ【我の前でひれ伏せ】!』
不満そうに呟いたブランが、一転して空気を震わせるような力強い声を放った。石像たちの攻撃が一瞬止まる。その隙を見逃さず、ブランが風のように駆けると、石像たちが次々と上体を失って地面に転がった。
「珍しく働き者だねぇ」
『こんな鬱陶しい魔力の中、のんびりしていられるものか』
相変わらず、空気中の魔力は魔物にとって不快なようだ。近づいてきたブランは、盛大に顔を顰めて吐き捨てた。
ブランのおかげで、石像が再生するまでは閃光は飛んでこないようである。そこら中で石像が蠢いている光景は不気味だが、アカツキが魔法を使うのに絶好の状況だった。
「ブラン、すご~い!」
スライムとラビを引き連れてきたアカツキは、ブランに敬意が籠った目を向けていた。ブランは当然だと言いたげに鼻で笑ったが、早速起き上がってこようとした石像を尻尾の一振りで打ち払う仕草は誇らしげだ。
「僕たちは再生しないように石像を叩き続けておくので、アカツキさんは魔法をお願いしますね」
「了解で~す! アカツキ様にお任せあれ!」
攻撃がこなければ自信が回復するらしい。先ほどまでの逃げ惑っていた姿はどこへやら、アカツキが胸を張って答えた。
アルは苦笑しながら、ブランと一緒に石像への攻撃を始める。
「ではでは、俺の素晴らしき力、見せて進ぜよう! 【解呪】!」
芝居がかった言い回しの後、魔法のキーワードと共に杖から魔法が放たれる。最初にブランが両断した石像にぶつかると、石像の姿が一瞬靄のようにぼやけた。
だが、瞬きの後、石像は変わらぬ姿で地面に転がっている。
「……あれ?」
「まさか、効かない……?」
呆然と立ち尽くすアカツキの姿が切ない。
アルとしても予想外だったが、【解呪】が石像を消すことはなかった。姿が一瞬ぼやけたのは確かだから、全く効果がなかったわけではないだろう。
『……自信満々だったくせに、それか』
「うにゃー! 言わないで! 恥ずかしいでしょー!」
ブランの呆れ声に、アカツキが顔を手で覆って体をくねらせる。ちょっと気持ち悪い動きだ。
アルは石像を斬りつけながら、ジッと観察した。
「【解呪】が効かない原因はなに? さっきの魔物との違いは? ……魔物自体の格の違い。あるいは、魔法への耐性の違い。……損傷具合?」
ふと思い当たった事実に、パチリと瞬きをする。
両断された石像は今にもくっつき動き出しそうだった。アカツキの【解呪】が魔物を消失させた時、その魔物は既に体の三分の一を失い、アルとブランによって残りの体も細切れにされていた。アカツキが多種の魔法で異常状態にしてもいた。
ふむ、と頷いて、アルは手近な魔物を見下ろす。両断された魔物とは違い、無心で振るった剣により大きめな欠片に分断されていた。それでもくっつき再生しようとしている根性には少し感心する。
「アカツキさん、こっちの魔物に魔法をかけてください」
「ふえっ⁉ でも、俺の魔法、こいつらには効かないですよ……?」
「一度で諦めないで。ほら、さっさとする!」
「っ……やってやりますよー!」
泣き言を吐くアカツキに喝を入れると、ビクッと体を跳ねて杖を構え直した。その間に、アルは他の石像にも攻撃を加えていく。
「【解呪】!」
今度は余計な言葉もなく、アカツキの杖から魔法が放たれた。石像の欠片に当たった魔法は、次々に他の欠片へ力を広げていく。その魔力の流れをアルは注視した。
「――うん。抵抗力があるのは確かだな。でも、小さい欠片ほど、魔力の浸透率が良い。やっぱり、損傷率が【解呪】の効果に影響を与えるのは間違いないな」
検証の結果に満足し、惜しくも空しく消えた【解呪】の魔法と、その結果に肩を落としたアカツキに笑顔を向ける。
「落ち込むにはまだ早いですよ。スライム、この前の魔物みたいに、地道に分解吸収。ラビもできる限り欠片を砕いて。ブランも細かく砕くのを重視して。一体ずつやるよ。他のはとりあえず再生を阻止できるように攻撃を加えたらいいや」
「ふわっ⁉ なんか、怒涛のように指示が飛んだ。スライムたち、従うの早いね⁉」
即座に動き出したスライムとラビにアカツキが驚いている。
『まーた、面倒なヤツか! 我は疲れた!』
天を仰いで嘆いたブランが、それでも渋々と動き出す。苛立ちを籠めるように振り下ろされた手が、石像を砕いて欠片を飛び散らせた。
「アカツキさん、どの程度の損傷で魔法が効くようになるか、まだ分かりません。時間をおいて何度も【解呪】をかけてください」
「……はい」
何故か引き攣った顔で、アカツキが杖を構える。アルとブランとスライムとラビに集われ破壊されている石像を、何とも言えない目で見下ろすと、ぽつりと何か呟いた。
「アルさんの研究者気質が発揮されている気がする……。成仏しろよ、石像くん」
放たれた魔法が全ての石像を【解呪】するのは、それから一時間ほど経ってからだった。やはり損傷率が【解呪】の効き具合に如実に影響を与えるらしい。
石像に攻撃を加えながら様々な検証を繰り返していたアルは、得られた結果に満足して、赤い石と魔石を回収する。
他の面々は疲れた雰囲気で地面に突っ伏していた。
「あ……今気づいたんだけど」
『……なんだ?』
ふと思い至った事実に思わず気の抜けた声が出る。訝しげに見上げてきたブランの目に、乾いた笑みを向けた。
「これさ……適当に攻撃して再生を遅らせて、城に駆けこむのが一番手っ取り早い方法だったんじゃない?」
石像たちがいた奥に、最初から開かれていた城の門扉が見える。
『…………気づくのが遅いぞっ!』
「ちょっ、そんな、怒らないで……。気づかなかったのは、ブランも一緒でしょっ!」
怒り狂ったブランが猛然と頭突きをしてくるので慌てて避けた。
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