第160話 満ちる魔力

 自分が使った魔法の効果に何故か怯えているアカツキに、アルは真剣な眼差しを向けた。


「――アカツキさん……なんでそんなに面白い魔法を隠してたんですか?」

「隠してねぇんですけど! こんな効果あるとか、俺も知らなかったんですけど⁉」


 間髪入れずに言い返してくるので秘かに笑う。怯えた雰囲気が一瞬で拭い去られ、いつも通りの元気なアカツキだ。


「まあ、冗談はさておき」

「アルさん、冗談が分かりにくいっすね……」


 呆れた目を向けてくるアカツキに肩をすくめる。

 何も返答しないまま、魔物が消えた後に残された魔石と二つの赤い石、槍を回収した。アイテムバッグに仕舞う前に一通り確認してみたが、鑑定眼を使わないと見た目通りの物であることしか分からない。


「早く調べたいなぁ」

『やるなら、せめてもっと落ち着いた場所でしろ。というか、我はそろそろ飯を食いたい。食わん限り、もう働かんぞ!』

「確かに、そろそろ休憩をとりたいね」


 ぐるっと今いる空間を見回したが、他に魔物がいる様子はないし、ここで休憩をとってもいいかもしれない。


「アルさん、今、絶対、ここで休もうとか考えてますね?」

「そうですけど」

「俺は絶対嫌です! 呪われてる魔物がいた場所なんてヤバいでしょ!」

「そもそも、その『呪われてる』という意味が分からないんですけど」


 アイテムバッグからテーブルと椅子を取り出し、作り置きの料理を並べていく。作業をする足元でアカツキが「だから、ヤダって言ってるのにぃ!」などと叫んでいるが、アルは聞こえない振りだ。だって、他の休憩場所を探すのが面倒くさいから。


「【解呪】の魔法で崩れて消えたんですよ⁉ つまり、呪われてるってことですよ! あ、呪いっていうのはですねぇ……呪いって、なんだ……?」


 アカツキの言葉が途切れた。呪いが何か、アカツキも分からなかったらしい。


「分からないのに怖いんですか?」

「分からないから怖いんですよ! アルさんは幽霊とか苦手じゃないんですか⁉」

「……幽霊と魔物は違うでしょう?」


 苦手なんかじゃない。そう言いかけた口は、ブランの揶揄含んだ眼差しを受けて閉ざされた。代わりに放った言葉はアカツキの反論を塞いだらしい。


「まず【解呪】の魔法について教えてください」


 テーブルの上に料理を並べ終え、ブランが嬉々として食べだしたのを見ながら、アルも角煮を挟んだ饅頭を口に運ぶ。甘辛いタレが絡んだ肉は、長時間煮込んだだけあって、ほろりと崩れる柔らかさだ。

 今回はドラグーン大公国の料理をメインに用意したので、ブランやアカツキも気に入ると思う。


「……【解呪】というのは、ですね――」


 美味しそうな料理への食欲とここから出たいという願望の狭間で葛藤していたアカツキが、諦めた様子で椅子に跳び乗り、エビの辛ソース和えを口に運んだ。


「文字通り、呪いを解く魔法なんですが……その呪いっていうのが何かの説明が俺にはできないっす……」

「呪い、ね……。僕には、アカツキさんがスライムたちを創ったときと逆のように見えましたけど」

「逆……?」


 アルとアカツキの視線が、床でご飯を食べているスライムとラビに向けられる。不思議そうに首を傾げたラビは、すぐに食事に戻った。その様子に、魔物が消えた時に見せた怯えは微塵もない。


「アカツキさんは魔石から魔物を創り出せる。それはその魔法の杖の効果ですよね?」

「そうですね。……ああ、確かに、考えてみれば、あの消えた感じは逆、かあ」


 アルが言いたいことを、アカツキも察したらしい。


「魔石から構築された魔物の体は、魔力で創られていると考えられます。魔力で魔物が生まれることがあるんですから、そんなこともあるのでしょう。では、魔法で集められて魔物の体を創っていた魔力を、強制的に霧散させることができたら?」

「……あの魔物みたいに、魔石を残して消えるということですね」

「【解呪】の『呪』は『まじない』であり、そのまま魔法の『呪文』にも繋がります。解呪とは魔法を強制的に解くということかもしれませんね」


 紅茶を飲んで喉を潤す。

 アカツキは【解呪】の魔法の効果を漸く把握して、呆然としているようだった。


「それにしても、その【解呪】という魔法、なかなか強力な魔法じゃないですか。ブランのように親から子が産まれるような魔物に効くか分かりませんが、魔力から生まれる魔物には覿面てきめんに効果があるかもしれませんよ」

「……俺の最強伝説、始まりですか……!」


 一気に輝きだした目がやる気に満ち溢れている。その言葉に適当に頷きながら、アルは内心で『最強伝説って何だろう……?』と呟いた。やる気に水を差すのは勿体ないので口には出さない。


「うひょー! 俺、どんな魔物だって一撃で倒せちゃいますよ! アルさん、頼りにしてくれていいですよ! どんとお任せなさい!」

『調子に乗るな』


 小さな胸を張っていたアカツキの頭をブランの尻尾が直撃した。ぺシャリと潰れるとめそめそと泣き出す。情緒が不安定すぎないだろうか。


「俺、最強なのにぃ。この扱い、酷い。漸くお荷物じゃなくなるかもって、気合い入れたのにぃ」

『お前が倒すと素材が魔石くらいしか残らんだろう。冒険者の飯のタネを消失させるな』

「そうは言っても、アルさんはあんまり熱心に素材集めしないじゃないっすかー!」

『倒す前にアルに確認をとれと言っているのだ。欲しい魔物を消失させたら、アルに飯を減らされるぞ』

「それはヤダ! ちゃんと聞く! そんで、お荷物にならないよう頑張る!」


 パッと顔を上げてアカツキが決意表明すると、ブランが偉そうに『うむうむ』と頷いた。やけに満足そうだ。アカツキに度々『もっと戦闘を頑張れ、成長しろ!』と言っていたから、漸く成果が見られたことが嬉しいのだろうか。


「……魔石くらいしか残らない、か。あの赤い石、結局何なんだろう。消えなかったってことは、魔物と一緒に魔力で構築された物じゃないってことのはず。後付けされたのかな。魔石がやけに小さかったのに関係があるのか……?」

『考え込む前にまずは飯を食え。こんな場所じゃ碌に休まらんのだから、飯を食ったらさっさと抜け出すぞ』


 思考に耽って食事の手が止まるアルを、ブランの冷静な声が咎めた。珍しく真面目な口調なのでまじまじと見つめてしまうと、嫌そうに顔を顰められる。


『なんだ』

「いや、てっきり、もうぐうたらするつもりなのかと思ってたから」

『ふん。……ここはあまり魔力の質と流れが良くない。さっさと外に出るのが良いだろう』

「え、そう……?」


 ブランに言われて周りの魔力を確認してみるも、言うほど流れが悪いようには思えない。魔力自体は濃いが、それは強い魔物が縄張りにしている場所ではよくあることだ。


『……人間にはあまり影響はないのかもしれんな。アカツキ。そこの魔物どもの様子はよく見ておけよ』

「ふぇっ⁉ なんか、急に怖いこと言うじゃん……。スライムたちにどういう影響があるって言うの……」


 ブランの言葉にアカツキが身を震わせ、スライムたちを見た後に周囲を恐ろしげに見渡す。魔力を把握できないアカツキがそれで何かを見つけるということはなかった。


『分からんが……どうにも雑音のようなものがある気がする。漂う魔力に何者かの意思が籠められているのだろう。我が吞まれることはなかろうが、弱っちい者がどうなるかは分からんからな』

「ひぇっ……洗脳みたいなこと? 超怖いんですけど……」

「魔物にだけ効果がある? なんでそんなことをする必要があるのか、意味が分からないな……」


 アルも思わず顔を険しくした。そんな魔力があると気づいていたなら早めに言ってほしかったし、休憩を提案するのも駄目だろう。こうしている間にスライムたちが異常行動をしだしたらどうするつもりだったのか。

 咎める眼差しを向けたアルに、ブランが首を傾げて、至極当然と言いたげな様子で口を開く。


『そいつらが吞まれることがあったら、ばっさり斬り捨てれば良いだけだろう? それより、我の空腹の方が大問題だ!』

「……まあ、ブランらしいかな」


 思わず納得してしまったアルに、アカツキが目を見開いた。


「ブランもアルさんも冷たすぎる! もっとスライムたちに愛情を!」

『小間使いのように使っているお前が言うか』

「ウグッ……」


 呻いたアカツキが、それでもスライムたちを守るように、異常な魔力からさっさと抜け出そうと訴えてきた。それにアルも当然と頷く。


「僕だって、スライムたちを斬り捨てたいわけじゃないですからね」

「ほんとですかぁ~?」


 疑わしげな眼差しを向けられたのは非常に心外である。アルなりに、スライムたちを可愛がっているつもりだったのに。

 アルは憮然とした顔で最後の一口を飲み込んで、さっさと片づけを始めた。

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