第159話 魔法使い覚醒?

 高速で空を飛びながら槍を投げてくる魔物をどう倒すか。


「――風の刃ウィンドエッジ


 駆けながら唱えていた呪文を完成させ、魔法を放つ。魔物は慌てず回避するが、それはアルの予想通りの動きだった。

 魔力を籠めていた剣は既に振り下ろすだけ。回避する先に向けて、近距離から魔力波を放つ。

 魔力波の光の向こう側で見開かれる目が見えた気がした。


「あ、これでも直撃しないのか」

『一撃死は狙えなかったが、あれは致命傷だろう』


 アルが放った魔力波は魔物の翼部分を斬り裂き虚空に消えた。

 魔物は無理やりの方向転換のせいか、あるいは片翼を半分以上失ったせいか、空中で体勢を崩して緩やかに墜落してくる。その間も槍が放たれてくるが、あまり力が込められていないので剣で軽く振り払えた。

 再び魔力を籠めた剣を振るい、魔物の首を狙う。首を逸らし、長い尾で身を守ろうと動いた魔物を、魔力波が薙ぎ払っていった。


「ふぅ、上手く槍は避けて攻撃できたね!」

『……そうだな』


 何か言いたげなブランに首を傾げながら魔物に近づこうとして足を止めた。

 魔力が魔物に集まっているのが感じられる。


「もしかして、再生力があるのかな? 完全に無から有を生み出しているわけではないけど」

『さっきの魔物みたいに、魔石を壊さねばならんのではないか?』


 転がった首が胴体とくっつき、光を失っていた目に力が宿るのを見て、再び魔力波を放つ。

 今度は一度ならず、二度三度……と繰り返し、首から尾の先まで斬り刻んでいった。


「再生スピードは速くないみたいだね。これならハンマーとかがあった方が良かったなぁ。剣で直接斬りつけたら、手に負担がきそうだし。魔法で爆散させるには、距離をとって結界を張らないと流石に危ないしなぁ。その間に再生されてまた動きだしたら、さらに面倒だよね」

『……うむ。この再生速度だと、その展開はあり得るな。魔力波を放ちながら距離をとるのも面倒だ』


 再生スピードを上回る速度で斬っているのに、一向に魔物が力尽きる気配がない。

 断面に魔石らしき物を見つけられていないのだが、一体どこにあるのか。このくらいの強さの魔物なら、その魔石はある程度の大きさがあるはずなので、適当に斬っていてもいつか壊せると思ったのだが、予想通りとはいかないようだ。


「アルさん、なんかめんどくさそうですね?」


 魔物が襲ってこないことを察したのか、アカツキが結界を解いて近づいてきた。一体何をしているのかと不思議そうな顔だ。


「たぶん魔石を壊さないと完全に倒すことができないんだと思うんですが、見つからないんですよね……」

「……それで、めっちゃ斬り刻んでるんですね」


 少し呆れた顔になったアカツキが、杖で魔物を指してスライムに声を掛ける。


「あの魔物、端から分解吸収していって。魔石見つかったらアルさんに渡して」


 スライムが了承を示すように一度跳ねて、未だにくっついては魔力波で分断される魔物に近づいた。

 指示通りに吸収を始めるのだが、その速度は遅い。魔物がまだ生きた状態なので、分解に抵抗しているのだろう。スライムより遥かに強い魔物だから、あまり効果がないのはアルも予想していた。


「まあ、少しでも吸収してくれたら、完全に再生することは難しくなるから有り難いけど」


 魔力波を放つ作業を続けながら、スライムの働きを観察する。

 あまり変化がない状態に飽きたのか、ブランが欠伸をしながら肩から跳び下り、スライムの傍で魔物の断片を叩き始めた。腕を振り下ろす度に、断片が更に小さくなる。スライムが吸収しやすい大きさに変えているらしい。


「うーん……、もう【スピードアップ】の魔法はかけているし、他に効果的な魔法は――」


 首を傾げていたアカツキが再び杖を構えた。その先をスライムに向けたかと思うと、キリッとした顔で口を開く。


「これ、使えるかな。まだ練習中だったけど……【攻撃力アップ】!」

「新しい魔法ですね」

「そうなのです~。でも、まだ練習足りないし、正直どのくらい効果があるか分からないんですけど」

「ああ……微妙に分解速度が上がっているような?」


 情けなさそうに肩を落とすアカツキに苦笑してスライムを観察すると、先ほどまでとの違いが分かる。本当に誤差の範囲に思えるくらいだが。


「やっぱり駄目かぁ……。もっと練習しないと。他に練習はしてても、ちゃんと使えてるか分からない魔法ならあるんですけど、この魔物に試してみてもいいですか?」

「ええ。逃げない敵は練習の的に最適なんですから、この機会にどうぞ」


 アルは片手で剣を振り下ろすだけの作業に飽き飽きとしていたので、アカツキの新たな魔法に興味が惹かれた。

 杖を構え、魔物にその先を向けたアカツキが、再び口を開く。


「【防御力ダウン】!」

「防御力ダウン……。抵抗力を下げる感じかな……?」


 アカツキの言葉から効果を推測しながら魔物を観察する。

 魔物自体に変化は見えないが、スライムが魔物を分解する速度が上がった気がする。その効果はアカツキの目にも見えたのか、嬉しそうに尻尾を振っていた。


「おお! いい感じっすね! じゃあ、次は――」


 さらに気合いが入った様子で、次々に魔法のキーワードを放っていく。


「【スピードダウン】! ……既に動いてないから意味ない?」

「でも、くっつく速度が落ちた気がしますよ」

「なら、良し! 次は【ポイズンアタック】!」

「……毒、ですか? それは、効果は分かりませんね」

「うぅん、いけるかと思ったんですけどね……。あ、石ならこっちかな。【腐食】!」

「いや、これ金属じゃないですよ?」


 そう言いながらも、アルは魔物の断片が僅かに崩れたのを見て目を疑った。すぐに元にくっついていたが、アカツキの魔法の効果だったのは確かだろう。

 欠伸をしながら魔物を叩いていたブランが、急に脆くなった魔物のせいで勢い余って体勢を崩した。首を捻りながら、再び威力を調整し叩きだす。


「……石でも腐食するってこと? そもそも、魔物の体だから、普通の石とは違うわけか。どう見ても石だけど、生き物のように動いているんだから、常識が当てはまらないのは当然かも。……そもそもこの魔物、何なんだろう。魔石で動いているから魔物なんだろうけど、石って明らかに生き物じゃないし――」

「それを言ったら、スライムもジェルっぽい何かですよ?」

「そうですね……。でも、魔道具も魔石で動くし……魔物との違いって何だろう。もし動物の形の魔道具を作ったとして、それが攻撃力を持ち、魔物みたいに動きだしたら……それを知らない人から見たら、魔物だと判断されるんじゃないか――?」


 アカツキの言葉を半ば聞き流してしまいながら思考に耽る。

 これまで考えたことがなかったが、魔物の定義とは何なのだろうか。動物と同様に繁殖で増えることもあるし、スライムのように分裂で増えることもある。そればかりか、魔の森などの特殊な環境下では魔力から魔物が生まれる。

 そこまで考えたところで、さらに新たな疑問が浮かんだ。


「――魔物って、いつからいるんだ? 創世記では、魔物の記載はなかったはず……」


 アルが考え込みながらも魔力波を放つ作業を繰り返している間も、アカツキは様々な魔法を試していたようだ。聞こえるキーワードから察するに、麻痺や睡眠、混乱、魔力封じなど、異常な状態にさせる魔法が多い。直接的な攻撃魔法は使えないのか、まだ練習していないのかは分からない。


「やべぇ……そもそも使えてないのか、この魔物に効いてないだけなのか、判断がムズイ……」


 ブツブツと呟き、新たな魔法を思い出すように首を傾げていたアカツキが、不意に尻尾で地面を叩く。そのポスリという音で、漸くアルは思考を中断し現状に目を向けた。

 魔物は尾の方から凡そ三分の一ほどがスライムに吸収されている。まだ魔石は見つからないらしい。


「なんか見た目あやしげだし、これ効くかも……【解呪かいじゅ】!」

「解呪って、一体何――」


 聞き覚えのない言葉だったので、アカツキに尋ねるために口を開いたが、言葉が途中で途切れる。

 魔物の体がボロボロと崩れていったのだ。

 ブランとスライムが驚いたように固まっている。断片を蹴りつけていたラビは、震えあがって逃走した。


「――どういうこと……?」


 ボロボロと崩れた魔物はその体を空気に溶かしていき、魔物の強さには見合わないほど小さな魔石と、魔物の目の部分にあった赤い宝石のような二つの石が地面に転がる。槍はそのまま残っていた。


「ふえぇええっ! 崩壊したんですけど⁉ 消失したんですけど⁉ まさか魔物って、呪われてるの⁉ ホラーとか、超絶無理ぃーっ!」


 アカツキの情けない叫び声が空間に大きく響いた。

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