第158話 その手にある物

 白い廊下を歩いた先に再び扉。生け垣迷路にいた石の人型魔物に似た姿が表面に描かれていた。


「ここも絵の通りの魔物がいるのかな」

『そうならば、無駄に優しいことだな。ここにいる魔物程度、事前に情報がなくとも倒すのに問題はなかろう』

「そうは言っても、鑑定眼の使用が制限されている状態だから、魔物の情報をもらえるのはありがたいことだよ?」

『与えられる情報を鵜呑みにするかは、考えものだがな』

「う~ん、偽りの情報を提示するなんて意地悪なことするかな……」


 冷めた目を扉に向けているブランに、アルは首を傾げつつ苦笑する。

 ブランが言っていることも一理あるとは思うが、ここまでの経験上、ここを管理している者はそれほど意地の悪いことはしない気がした。開門するための条件付けや迷路などはあるものの、時間をかければ攻略は不可能ではない物ばかりだからだ。


「深いこと考えずに進めばいいんじゃないっすか? アルさんなら、例えこの情報が偽りだったとしても問題ないですよね。魔法でドカンと一発。駄目なら魔力波でズバッと!」


 スライムの上で伸びているアカツキが「ドカン、ズバッ!」と言いながら魔法の杖をゆるゆると振っている。戦闘は完全にアル任せにすると言いたげな脱力した様子だ。


「アカツキさん、一応戦闘前なんですから、もうちょっと気合いを入れてくださいよ……」

「だってぇ、アルさんなら、どうせ瞬殺っしょ?」

「魔物との戦いに絶対はありませんよ」

「……まあ、それはそうなんでしょうけど」


 頷きながら起き上がるアカツキだが、「どうせ俺、何の役にも立たなそうだし。むしろ頑張ろうとしたらアルさんの魔法の誤爆に遭いかねないし……」などとブツブツと呟いている。

 確かに戦闘能力のないアカツキに張り切られても邪魔なだけだが、一点訂正したい。アルは魔法を放つ方向を間違えたことはない。ただ威力が想定より上回ることが多いだけだ。だから、アカツキがアルの前に立ちふさがらない限り、魔法に当たる可能性は低い。


「……ないとは言わないけど」

「めっちゃ不穏な響きなんですけど⁉ やっぱり俺、アルさんが戦っている時は壁にへばりついておきますね!」

「いや、そこまでしなくても――」

『むしろ結界を張ってやった方がいいんじゃないか?』

「いや、だからそこまで――」

「ブランの言う通りです! アルさん、俺に結界の魔道具ください!」


 何故かブランとアカツキが意気投合した結果、戦闘中は結界の魔道具が発動されることが決定した。

 納得がいかない気がしながら魔道具を渡し、改めて扉の絵をジッと見つめる。


「……石の魔物だったら、どういう攻撃が効果的かな」

『うぅむ? 火は効かない感じだったが、水や風も駄目そうだな。だが、魔力波なら問題ないんじゃないか』

「結局、魔物が何であろうと、魔力波で倒すことには変わらないってことか……」


 戦い方がワンパターンだなと改めて思いながら、剣を抜いて扉を押し開けた。


『ふむ。絵の通りに見えるな』

「石の魔物だね」


 扉の先に広がる空間の中央には石の魔物が立っていた。巨大な剣を構え、中に入ってきたアルたちを静かに見据えている。目の部分が赤い宝石のように光を放っていた。

 背後で扉が閉まるのを合図にしたように、魔物が剣を振りかぶりながら突進してくる。アカツキが慌てて結界の魔道具を発動させる気配を感じながら、アルも剣を振り上げ、魔力を籠めて振り下ろした。

 強い光を放ちながら、魔力波が魔物へ向かう。巨大な剣を盾のように持ち直した魔物を、魔力波はあっさりと両断して消えた。


「…………マジ、パネェっす。やっぱ瞬殺じゃないっすか」


 ドンッと重い音を立てて地面に転がる魔物が起き上がる気配はない。

 やや呆れたように呟きながら結界を解いたアカツキが、スライムたちとのんびり近づいてくる。

 それに肩をすくめながら、アルは倒した魔物に歩み寄り、巨大な石の塊を観察した。


「見事な断面。……あ、魔石も一緒に切れてる。だから一撃で倒せたんだろうね」

『スライムと一緒か。こいつの弱点は魔石を壊されることだったんだな』

「うん。つまり偶然ここに当たらなければ、延々と動き続けたのかもしれないね」

『足や腕を切れば、攻撃手段はなさそうだが……。スライムのように再生力があったら確かに厄介だな』

「魔石の位置を一応覚えておこう。個体ごとに違うのかもしれないけど」


 ブランと話しながら魔物を分析し、満足したところで奥に現れていた扉に向かう。石の使い道は思いつかないので、今回も回収はしない。


「アルさんもブランも、よく冷静に分析できますね……。俺、倒れてる状態でさえ、この魔物怖いんですけど……」


 何やら落ち込んだように呟くアカツキに首を傾げ、アルは扉の先に続く廊下を歩きだした。あまり聞き取れなかったし、独り言のようだから気にしなくていいだろう。

 廊下を進みながら思わずため息が零れる。あと何回魔物と戦うことになるのかと、些かうんざりした気分だ。戦うことが好きなわけではないので、成果のない戦闘はただ疲れるだけである。



 ◇◆◇



 再び現れた扉には、翼をもつ魔物が描かれていた。飛竜に似ていて、手には槍を持っているようだ。


「次は飛行タイプっすか」

「空から槍で攻撃してくるんでしょうね。この長い尻尾で攻撃した方が威力がありそうですけど」

『攻撃が一種類とは限らんだろう』

「それはそうか」

『それで、今回の攻撃方法は?』


 分かりきったことを聞くブランに笑顔で答える。


「魔力波」

『……だろうな。石をも斬り裂く威力があるのだから、わざわざ別の手段を用いる必要もないか。……それにしても、能力向上の訓練には向かない戦い方だが』

「ちゃんと、籠める魔力量を調整する訓練にはなってるよ? さっきだって、魔物以外は斬らずに倒せたでしょ?」

『そういえば、アカツキのところでは、壁を引き裂いていたな……。成長はしているのか……』


 過去のアルの所業を思い出して、ブランが生温かい眼差しを向けてくる。なんだか馬鹿にされている気がしたが、突くと墓穴を掘る気がして無言を返した。


「……さっさと先に進むよ」


 アカツキがいつでも結界を張れるように魔道具を構えているのを確認してから、アルは扉を開けた。

 先ほどより高くなった天井で、空間が広く見える。中央には大きな石像が鎮座していた。


「あれ? 魔物は……?」

『あの石像だろう』

「確かに魔力があの石像から放たれているのは分かるけど……」


 石像は魔物とは思えないくらい完全に静止していた。だが、それも扉が閉まるまでのことで、ゆっくりと開かれる赤い目がアルたちを射抜く。


「ガーゴイルって感じか……?」


 アカツキが結界に籠って何事かを呟いていた。魔物の正体に心当たりがあるらしい。


「とりあえず、魔力波を――」


 魔力を籠めた剣を振り上げた途端に、魔物が宙に浮かぶ。羽ばたきもせず滑空するスピードは思っていた以上に速い。アル目掛けて突進してくる魔物を躱すため、魔力を纏って駆けた。


『ほう、なかなか良い速度だ。我には及ばんだろうが』

「アカツキさんを狙わないようで良かったけど、魔力波の狙いをつけにくいな」


 重そうな見た目のわりに機敏に飛ぶ魔物は、アルが試しに放った魔力波をあっさりと回避し、勢いよく槍を投げてくる。それを屈んで避けると、壁に突き刺さった槍は一瞬で消えて魔物の手元に戻っていた。


「……なるほど?」

『なにが、なるほどなんだ』

「いや、あの魔物、あるいはあの槍は、転移の魔法が使えるのかと思って」

『魔物が、か……?』


 アルの呟きにブランが納得いかなそうに首を傾げる。魔物が転移の魔法を使うというのは聞いたことがないからだろう。

 アルも魔物が転移の魔法を使っている可能性は高くないと思っている。それならば残る可能性は一つ。あの槍が転移の効果がある魔道具だということだ。魔物が魔道具を使うということも聞いたことはないが、ブランだって渡せば使えるのだ。ここにいる魔物が使っていても不思議ではない。


「そもそもここにいる魔物たちが、どれも武器を持っているのが不思議だったんだよね。魔物たちにそれを供与している者がいるってことでしょ」


 再び向かって来た槍を剣で振り払う。弾かれた槍が宙で消えた。


「魔族は転移魔法が得意だったって聞いたし、魔族が作った武器の可能性、高いと思わない?」

『……知らん』


 無意識で愉快げに笑っていたアルを、ブランが呆れの籠った眼差しで見て顔を逸らした。


『――まぁた、アルの病がでたか』

「病気じゃないよ?」

『お前の魔法やら魔道具やらに向ける熱意は、一種の病だろう』

「失礼だなぁ。……僕のは、ただの探究心だよ」

『ふん……どうだか』


 槍を研究するためにも、壊さず確保しなければいけない。頭の中で戦略を練ったアルは、再び槍を放とうとしている魔物に向かって駆けだした。

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