第157話 生け垣の向こう側

 結界で矢を防ぎ、襲いかかってくる魔物を魔力波で薙ぎ払って辿り着いたのは、生け垣迷路の中ほどにある行き止まりだ。ここで白い狐の姿が消えたので、どこかに隠れた道があると思うのだが。


「そっちはどうですか?」

「こっちにはなさそうですー」


 アルと反対の生け垣を確認していたアカツキからの報告に首を傾げる。アルが調べていた場所にも抜け道のようなものはなく、これは予想が外れたのかもしれない。その場合、白い狐がどうやって消えたのかという疑問が生まれる。


「ブランの方はどう?」

『この鎖、あの白狐が持っていた時計についていたんじゃないか?』

「え? あ、そうかも。よく見つけたね」


 ブランが鼻先で示した生け垣を覗き込むと、地面に千切れた金の鎖が落ちていた。


「と、いうことは……また幻影かな?」

『触るのは気をつけろよ』

「うん。棘がないところから探れば――」


 目の前の生け垣に手を伸ばすと、スッと通り抜ける。感触が何もないので、やはりこの部分の生け垣は幻影なのだろう。慎重に大きさを測ると、大人が辛うじて通れる幅だった。


「アカツキさん、道を見つけたので行きましょう! ブランはそのままじゃ通れないから小さくなってね」

『うむ』

「ひえー、この棘、幻影って分かってても通るの勇気いる……!」

「この幅なら大丈夫ですから」


 変化して肩に跳び乗ってきたブランとスライムに乗ったアカツキ、ラビをつれて、アルは生け垣の向こうに歩き出した。


 生け垣を通った一瞬は暗い闇のようだった。だが、すぐにほのかな明かりが視界に灯る。石造りの廊下に等間隔で明かりが取り付けられ、白い石を橙色に染めていた。


「……明らかに場所を転移してるね」

『そうだな。それでいて、後戻りも可能なようだ』

「異なる空間が繋ぎ合わされているんだろうね。アカツキさんのダンジョンだと、長い階段があったから頭の切り替えをしやすかったけど、ここは一瞬で環境が変わるから、転移に慣れていない人だとびっくりしちゃいそう」


 呟きながら歩き出すアルの足元をスライムとラビが警戒感を露わにして慎重に進んでいる。

 肌に感じる魔力が濃い。こういう場所には強い魔物がいることが多いので、スライムたちには少々荷が重いかもしれない。


「なんか……明かりがあるのに、雰囲気が暗いですね」

「魔力の濃さが視覚にも影響を与えているのかもしれませんね」

「そんなことあるんですか? 俺、魔力とかよく分かんないんですけど……」

「そういう論文を読んだことはありますよ」


 スライムたちの警戒感を感じ取っているのか、アカツキが声を潜めて恐々と周囲を窺っている。

 その緊張をほぐすように会話を続けながら歩いていると、大きな扉が見えてきた。この廊下は迷路になっていないようで一安心だ。


『なんだ……あからさまに、この先に魔物がいるぞ! って言ってる感じだな』

「そうだねぇ。この扉にある絵、生け垣の迷路にいた木の人型魔物に似てない?」

『うむ? 言われてみれば、そう見えるような……?』


 ブランが扉を凝視している。そこには剣を振り上げた魔物の姿が描かれていた。


「……ちょっと下手くそじゃありません? 心の目で見ろ、ってことですかね?」

「心の目って何ですか……」


 半眼で扉を見つめているアカツキに言葉を返しながら、アルは自分の装備を確認した。

 アカツキのダンジョン同様、扉を開けると魔物が待ち受けているというパターンに思えるので、すぐに戦える準備を整えておくのは必須だ。


『木の魔物だったら、火で一撃だな……』

「……確かに」


 ブランがポツリと呟くので、アルは思わず頷く。石の魔物だと火が効きにくいので対策が必要だが、木の魔物だったらとるべき手段は一つだ。


「ブランがやる?」

『たまにはお前も魔法を使った方が良いんじゃないか? いざという時使えなくなるぞ』


 じろりと横目で見られて、視線を逸らす。言われてみれば確かに最近魔法を使う機会が少なかったかもしれない。


「じゃあ、木の魔物だったら、僕が魔法を先制で放つね。アカツキさんたちは射程範囲に入らないよう気をつけてください」

「いえっさー! 扉に張りついておきます!」

「そこまでしなくてもいいんですけど……」


 何故かアルの魔法を怖がっているアカツキの元気な宣誓に苦笑した。

 それぞれの準備ができたところで扉に手を伸ばす。この扉は容易に開くようで内心安堵しながら、開かれた先をみる。

 予想通り、生け垣の迷路にいた魔物に似た姿があった。大きさは二回りほど大きいだろうか。その大きさに見合った長剣を構え、アルたちを見据えているようだ。


「――炎のファイアバレット


 扉を開ける前に唱えていた呪文の最後のキーワードを呟くと、アルが伸ばした手の先から炎の塊が放たれ、魔物に一直線に向かっていく。

 ドンッと重く響く音を立てて着弾した炎の玉は、暴れる魔物をメラメラと燃やしていった。


「思いの外、燃えにくい?」

『うぅむ。迷路にいた魔物より、火への耐性があったのかもしれんな。籠めた魔力の量自体は適正だっただろう。周囲に延焼もないし』


 燃えながら剣を振り上げる魔物から距離をとる。重傷は負っているようでスピードがなく、避けるのはスライムたちでも簡単だ。


「延焼もないしってどういうこと」

『お前は魔法を使うと大体標的以外も破壊するからな』


 失礼なことを言われて咎めると、あっけらかんと返された。言っていることを完全に否定できないのが悔しい。


「……やばやばのやばなんですけど。ひえっ、アルさん怒らせないよう気をつけよう」


 アカツキが何やら呟いているようだが、壁にへばりつくように距離をとっているので聞き取りにくい。


「燃えるの待っててもしょうがないし、さっさと片を付けようか」

『結局それか』


 アルが剣を構えるとブランがぼそりと呟いた。戦術に幅が無くて悪かったな、と拗ねながら魔力波を放つ。

 燃えていた魔物が両断されて転がった。瞬く間に火がその体を包み灰にしていく。命を落としたことで、火への耐性が消えたのだろう。


「こうも燃えてたら、とれる素材は何もないね」

『むしろこの魔物のどこを利用できると思うのだ』

「……木なんていくらでも森で採れるし、いらないか」


 燃えカスを横目に歩き出す。入ってきた扉の反対側の壁に扉が現れたのだ。この扉の先に進めということだろう。


「アカツキさん、行きますよ?」

「いえっさー! アル様の後ろをついて行かせていただきます!」

「その口調は何ですか……?」


 ビシッと手を挙げたアカツキに首を傾げる。また、何かふざけているのかと思うが、ここでそんなことをする意味が分からない。

 燃えカスを蹴りつけて、残っていた熱に驚き跳びあがっているラビを捕獲して、扉を押し開けた。


「また廊下……白狐はどこに行ったんだろうね」

『あいつはこの辺にいる魔物に攻撃されないようだったからな。とっくに先に進んでるんじゃないか?』

「それ、追いつける時が来るのかな」


 下ろせと訴え暴れるラビをアカツキの横に置き、暫く廊下を観察した後に進む。先ほどの廊下と同じように、この場には魔物が居ないようだ。


「この感じだと、また扉があって、魔物がいる気がするなぁ」

『もう少し骨のある魔物はおらんものか……』

「そう言って、ブランが倒すわけじゃないんでしょ?」

『うむ。アルの能力向上のために、我は遠慮というものをしてやる』

「遠慮って……食事の時に発揮してほしいね』

「そうですよー! ブラン、俺の食事横取りしすぎですからね!」


 この場に慣れてきたのか、アカツキがスライムの上で跳ねながらブランに怒りを示す。それに対しブランは鼻で笑っただけだった。反省するつもりはないらしい。


「あ、扉が見えてきた。そろそろじゃれあいは終わりね」

「俺はじゃれてんじゃなくて、本気で怒ってるんですけどー⁉」


 何故かアルにまで怒りの矛先が向けられた。思っていた以上に食べ物の恨みは根強いらしい。


「じゃあ、今度アカツキさんにだけ、おまけをつけますね」

『なんだと⁉ 不公平だ!』

「やったぁっ! 神は、ここに、いたっ!」


 両手を挙げて喜びを示すアカツキの勢いが凄すぎて、ちょっと引いた。あと、ブランは耳元でうるさかったので叩き落とした。

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