第155話 迷路、ぱ~と2?
壁を潜り抜けた先には、どこかで見たような景色が広がっていた。
「……また迷路?」
『またか……』
「えぇー……」
高い生け垣。ちょうど目の前が途切れて、道が続いているようだ。
「ここは休憩スペースがないみたいだね」
『あそこが特殊過ぎたんだろう』
「まーた迷路、またまた迷路……スライムの活躍どころっすかね……」
スライムに突っ伏しているアカツキを放置し、アルは周囲の観察に動き出した。
今いる場所は生け垣迷路の外側になるようで、ガゼボはないものの魔物が出現する気配はない。アカツキが言っていたセーフティーゾーンと捉えて良さそうだ。
後ろを振り返ってみると、木造の小屋がある。壁に触れるとちゃんと通り抜けられたので、一方通行ではなかったらしい。この小屋は休憩スペースとして用意されているのかもしれない。
「特に気になる物なし。白い狐もいない。……さて、どうするか」
『飯だ飯!』
「え、ブラン、食べ過ぎじゃない?」
信じられないことを宣うブランを見つめる。さっきまで菓子やら果実やら食べまくっていたのに、腹が空いたというのだろうか。
『甘いもんと飯は別だ! 我は塩気のあるもんを食いたいぞ!』
「それ、また甘い物を食べたくなるパターンだよね」
「塩気のある物、良いですねぇ。ハンバーガーとポテトフライとか久々に食べたいです!」
急に気分を上げたアカツキの言葉に首を傾げながら空を見上げる。とうに昼を過ぎた空が広がっていた。
「……区切りもいいし、一旦休憩にするか」
呟いたところで、大人しくしていたスライムが跳ねる。
「うぉっ」
「スライム、どうしたの?」
「……迷路を探りに行ってくるって言ってますね」
「ああ、地図作り……。でも、現れる魔物にスライムが対応できるかまだ分からないしな……」
働き者のスライムらしい提案をしてくれたようだが、流石に全くの未知の場所にスライムを送り込むのは気が咎める。
渋るアルに、アカツキが首を傾げた。
「とりあえず何体か送り込んでおきます? 分裂体を多少やられたところで、そうダメージはないですし」
「……そうですね。お願いできますか」
「了解です」
スライムに対して意外とシビアなアカツキに少し驚く。
アルの言葉を聞いたのか、アカツキが指示を出す前にスライムが分裂体を五体生み出した。全てに【スピードアップ】の魔法を掛けると、一目散に迷路に向かっていく。内一体はラビに背負われていた。
「……って、え⁉ ラビまで行っちゃった!」
「……行っちゃいましたね」
あまりの早業で思わず見送ってしまったが、ラビが行くのはまずいのではないだろうか。スライムの分裂体と違って替えがきかないはずだ。
「……もしかしたら、また魔石をもらうかもしれないです」
「それは構いませんが……とりあえず無事を祈りましょう」
スライムが我関せずと地図を作り出しているのを見るに、ラビを引き戻すつもりはなさそうだった。アカツキと顔を見合わせて思わずため息をつく。多少愛着が湧いてきているので、なんとか生きて帰ってきてほしいものだ。
『飯ー!』
「ブランもご飯できるまで迷路を見回ってきなよ」
耳元で叫ばれてイラッときたアルは、ブランの体を摑み生け垣の向こうへ思いっきり放り投げた。
『うおっ⁉』
「……あれ?」
無意識に魔力を纏わせて投げていたのか、思っていたより高く遠くへとブランが飛んでいく。ここには高さ制限がなかったらしい。
『我を投げるなんて、罰当たり者め~~っ!』
次第に小さくなっていく叫び声。迷路のどこかに着地したのならいいのだが。
「昼ご飯はポテトフライとハンバーガー。スープは何にしようかな?」
「……って、ブラン、めっちゃ怒ってましたが、大丈夫ですか?」
「問題ないです。迷路について探って来てくれたご褒美をあげれば機嫌も良くなるでしょうし」
「なるほど……働かざる者食うべからず、ですね……。アルさん、俺も何かお手伝いします!」
何事か小声で呟いたアカツキが手を挙げて訴えてくる。アルはその気合いの入った様子に首を傾げながら、レタスを千切る役目を任せた。正直、アカツキができることが少なすぎて、頼むことがない。
◇◆◇
結界を張って作業していたアルたちの元にブランが帰ってきたのは、食事が出来上がる頃だった。タイミングを見計らっていたのではないかと秘かに疑う。
本来の姿に変化して宙を駆けてきたブランは、尻尾に分裂体たちを絡めとっていた。ラビもきょとんとした顔で長い毛に埋もれている。
『迷路の探索ついでに、こいつらを回収してきたぞ』
ブランが尻尾を振ると、分裂体とラビが転がり落ちてくる。スライムが作っていた地図は途中で途切れていて、しょんぼりと落ち込んだ雰囲気で分裂体を取り込んでいた。
「地図の作製はまだ終わっていないみたいだけど?」
『ふんっ。迷路を通る必要はあるまい。宙に障害がないのだから、我がアルを乗せて向こうに駆けよう』
「向こう?」
珍しくアルを乗せる気になっているブランに驚きながら、更に質問を重ねると、瞬く間に小さく変化したブランがテーブルに駆け寄ってくる。
アルが設置したテーブルには、既にハンバーガーとスープが並んでいた。今揚げているポテトフライが完成すれば昼ご飯を始められる。
『飯を食いながら話すぞ!』
「……はいはい」
頭の中が飯一色になっているブランに呆れながら、アルはポテトフライを皿に盛りつけた。
「美味しそう! ブラン、ハンバーガーの中のレタス、俺が千切ったんですよ!」
『だからどうした』
「褒めて! 丁度いいサイズに千切ってあるでしょ!」
『一人で飯を作れるようになってから褒め言葉をねだれ』
「それ、世界が終わっても無理なヤツ!」
『どんだけダメなんだ……』
仲が良さそうなやり取りをするブランとアカツキに微笑み、アルも席につく。
ちゃんと待っていてくれたブランが勢いよくハンバーガーに食いつくのを見ながら、ポテトフライを摘まんだ。揚げたては美味しい。外はカリッと中はふっくら、丁度良い塩加減だ。
ハンバーガーの方もジューシーな肉にトマトソースがよく絡んでいる。レタスとトマトの食感も良く、満足な出来だ。
「それで、迷路の向こうはどうなっているの?」
『うむ。高い
「塀に門、ね……。普通、そういうのの中は要塞とか城とかになっていることが多いけど。貴族とかの邸宅みたいなのもあり得るかな」
『ふ~ん。……恐らくそこに進むのが求められているんだろうから、飯を食ったらさっさと行くぞ』
ブランは軽く言うが、アルは少し悩んだ。このまま迷路を無視して進んでもいいのか不安になったのだ。
この場所を作っている者の意図は分からないままだが、迷路に何か手がかりがあるかもしれない。
「でも、やっぱり面倒だしなぁ……」
ブランの話を聞く限り、迷路は最初の物より遥かに大きいようだ。スライムが地図を作るのも、一体何日かかるか分からない。つまらない道を延々と歩くのはアルも嫌だった。
「――ブラン、門に向かう前に、迷路の上をぐるっと駆けてみてくれない?」
『なんでそんな面倒くさいことを……」
嫌そうに顔を顰めるブランに、作り置きの氷菓を差し出す。ブランの目がキラッと輝いた。菓子食べ放題の後でも、アルの手作り甘味は魅力的に感じるらしい。
「迷路の中も気になるし、ね」
『……うむ、アルがそこまで言うなら仕方ない』
手を伸ばすブランから氷菓を遠ざけながら言うと、ブランが恩着せがましく頷いた。苦笑しながら氷菓を差し出す。
「俺も食べたいですー!」
『お前は何も役に立ってないだろ』
「グサッ……心に突き刺さる鋭いお言葉……」
返答するより先に、ブランの言葉にアカツキが打ちのめされていた。テーブルに突っ伏すともそもそとポテトフライを齧っている。
今差し出した氷菓は確かに働きに報いるための物なので、アカツキに渡したらブランに怒られるだろう。それに食事を続ける元気があるなら、アルが気を遣う必要もあるまい。
アルは何も言わずに肩をすくめて食事を再開した。
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