第154話 不思議な果物

 横切ったのは確かに白い狐の姿に見えた。だが、聖魔狐というには、少々違和感がある。


「こっちに行ったよね」

『なんで追うんだ。そんなに気にするモノではあるまい……』


 好奇心に駆られて歩き出したアルを、ブランが不満を口にしながら追いかける。ブランに叩かれて目を回していたアカツキを捕まえたスライムが、ラビと一緒にのんびりとついてきた。


「だって気になるじゃない。聖魔狐に似ていたし」

『……あれが聖魔狐ではないことは気づいていたか』

「それはね。何せブランと付き合って長いし」


 冷静に考えれば、魔力の質も量もブランとは全く違った。ブランも厳密にいえば聖魔狐の括りから外れているのかもしれないが、先ほどの魔物と同種と判断するのは明らかに無理がある。


「この茂みの奥に行ったはずなんだけど――」


 行く手を阻む茂みを搔き分け、なんとか通り抜けると、小さめの広場があった。中央に大きな木が聳え立ち、広場の周囲には金銀の木が密集している。

 目を輝かせたブランが金銀の木に駆け寄ろうとしているのを、首根っこを摑んで引き留めながら、アルは目を凝らして大きな木を観察した。

 この森に来て一番強い魔力を感じる。だが、この大木自体が魔物ということはなさそうだった。


「なんだろう、この木」

『知らん。それより、我は菓子の収穫に――』

「もう十分採ったでしょ」

『足らん!』

「あ、果物も生っているみたいですよー」


 言い争うアルとブランをよそに、のんびりと周囲を見渡していたアカツキが何かを指さしていた。それはアルたちから一番近くにある金の木だ。樹上には金の果実が鈴生りになっている。


『おっ、果実も生るのか! 久々に新鮮な果実を食うのもいいな!』

「あっ……!」


 アルの拘束を抜け出したブランが金の木へ駆けていく。あまりの早業に、思わず目元を手で覆いため息をついてしまった。


『これはアプルか? うむ、熟した匂いだな! 食ってやろう!』


 止める間もなく金の果実を齧ったブランの動きがピタリと停止した。これまでにない反応だ。


「ブラン? 大丈夫?」


 不安を感じて声を掛けると、ようやく動き出した。毒にやられたわけではなさそうだ。

 アルを見下ろすブランの眼差しはキラキラと輝き、尻尾がブンブンと振られている。


『旨いぞ! こんな旨いアプルを食ったのは初めてだ!』

「へぇ、そんなに?」

『アルも食ってみろ』

「俺も食べたいですー!」


 ブランが投げ落としてきた実を受け止めマジマジと観察する。そうしている間にも、ブランは次から次へともぎ取っては食べているようだ。


「金色で食べられるようには見えないんだけど……香りは確かにアプルだな」

「俺も、俺もー!」


 スライムの上でぴょんぴょん跳ねているアカツキを見下ろして苦笑する。スライムは迷惑そうな雰囲気を漂わせていた。


「今切り分けますね」


 折角ならこの金の皮ごと食べようと、皮を剝かずに八等分に切り分けてみた。中心部分には見るからに蜜が詰まっていて甘そうだ。


「おお、うまーい!」

「……美味しいですね。普通のアプルより、甘みが強い気が――」


 皮は薄く、旨味が強い。果肉は歯応えがあり、嚙むほどに果汁が溢れてくる。驚くほど美味しい果物だった。

 アカツキと分け合って食べながら、なんとなく周囲に目を向けると、予想外な物が見えた。


お茶会ティーパーティー入り口……?」

「は? 急にどうしました?」


 不思議そうに見上げてくるアカツキに言葉を返す余裕もなく、アルは広場の中央にある大木を凝視した。その大木の根元付近にぽっかりと穴が開き、ウロができている。それに対して、アルの鑑定眼が不思議な結果を示していたのだ。


「いつの間に鑑定眼を使えるようになったんだろう……?」


 その結果が意味するのが何かはひとまず置いておいて、今は鑑定眼を急に使えるようになった理由が気になる。この場所に来てから、鑑定眼は使えないようになっていたはずなのだから。

 きっかけと言えるものは――ふと手に持ったままの金の果実を見下ろす。


「もしかして、これは鑑定を使えるようにする効果があるのかな。転移魔法を使えるようにするコンペイトウみたいな物?」


 検証のために暫く鑑定眼を発動させたまま周囲を眺める。

 どうやら金の木は【付与効果の木】で銀の木は【満腹度上昇の木】らしい。それの意味を詳しく探ろうとしたところで、鑑定が見えなくなった。

 再び金の果実を食べてみると、鑑定眼を使えるようになる。何度か繰り返して分かったのは、八等分にした金の果実一つで五分ほど鑑定眼を使えるようになるようだ。


「……これは、凄い重要」

「一人で何を呟いているんですかー……?」


 見下ろすと、アカツキが恐々とアルを見つめていた。スライムと一緒に少し離れたところに移動している。思考に沈んで独り言を呟いているアルが怖かったらしい。


「ああ、この金の果実の効果を考えていただけですよ」


 苦笑しながら答え、木の上で動き回っているブランを見上げる。


「ブラン、この実、鑑定を使えるようにする効果があるみたいだから、収穫しておいて!」

『なに⁉ ……もう、だいぶ食ってしまったぞ?』

「え……早すぎじゃない?」


 改めて木を見渡してみると、鈴生りだったはずの金の果実が両手で数えられるほどにしかなくなっていた。ブランの大食い恐るべしだ。この僅かな時間の間にどれだけの量を食べたのだろう。


「……とりあえず、今残っている分はこっちに寄越して」

『うむ。仕方あるまい』


 鑑定の重要性はブランも分かっているようで、渋ることなくポイポイと投げ落としてくる。十分に食べたからかもしれないが。


「さて、他の金の木に生っている物の効果も気になるところだけど、先に進もうか」

『先に進むって、どこに行くのだ? あの白い魔物の姿はもう見えぬし……』


 木から下りてきたブランが、未練がましく他の木を眺めながらアルの肩に乗ってくる。アルは大木の方を指さして、口を歪めた。


「あの大木、どうやら根元の穴が隠されているみたい」

『穴?』

「あ、さっきアルさんが言ってた【お茶会ティーパーティー入り口】の事ですか?」


 聞き逃していなかったらしいアカツキに頷きながら、アルは大木に近づいた。鑑定眼を使っていない状態では、そこに穴があるようには見えない。だが、手を伸ばして幹をなぞってみると、不意に幹が消失している部分があることが分かる。視覚が誤魔化されているのだ。


『ほう……我でも見抜けぬ幻影か』

「そもそもブランって幻覚に耐性があるっけ?」


 アルが仕掛けた迷いの魔道具で、見事に視覚を誤魔化されていた気がして首を傾げると、ブランがムスッと黙り込んだ。

 アカツキが「ほへー、意味分からん。まじで穴があるの?」と呟きながら手を伸ばしているのを見ながら、アルは手を出し入れしてみた。後戻りできなくなる危険性はなさそうだ。


「中を覗いてみよう」

『普通、顔から行くか……?』


 ズボッと穴に顔を突っ込んだアルを見て、ブランが呆れた声を上げているのが聞こえる。

 幹に開いた穴の先は小さな部屋になっていた。テーブルとイスの他には何もない。だが、テーブルの上に何かキラッと光りを反射する物があるのが見えて首を傾げる。


「なんか置いてあるんだけど……」

『ん? というか、顔を突っ込むくらいなら、さっさと中に入ったらどうだ』

「そうだね」

「いざ、しゅっぱーつ」


 アルとアカツキが部屋に足を踏み入れたところで、再び白い物が視界を通り過ぎた。


「あっ! 白い狐!」

『……速いな』

「電光石火ってこういうことを言うんですかね……?」


 ブランですら思わず感嘆してしまうほどのスピードで、森で見た白い狐がテーブルに置かれていた物をくわえて去っていく。部屋の壁だと思っていた一部に、大木の幹のように穴が隠されていたらしく、白い狐の姿はすぐに見えなくなった。


「……なんだったんだろう?」

『我らを導いているようだな』


 ブランの真面目な声を聞いてアルは沈黙した。

 確かに何者かに誘導されている気がする。だが、その意図が全く分からない。


「危険かな?」

『うぅむ……。試練の場というくらいだ。そもそも何らかの意図があって作られているのは分かっているのだから、今更こういう導きに警戒感を持つのも、あまり意味はない気がするな』

「確かにそうだね。虎穴に入らずんば虎子を得ずって昔の書物に書いてあったし、ここは誘導に従ってみるか」

「その言葉、こっちの世界にもあるんですねー」


 ブランと協議の結果、このまま進むことを決めて歩き出したアルに、アカツキがのんびりと呟く。


「こっちの世界にもって……アカツキさんも知っている言葉なんですね」

「はいー。有名な言葉、だったはず……?」


 アカツキが喋りながら次第に首を傾げる。深く考えると、その言葉に関する記憶が曖昧なことに気づいたようで、「あれ? 知ってる言葉、だよな? どこで知ったんだっけ? 元の世界で知ったはず……?」とブツブツ呟いている。

 次第に暗い雰囲気になってきたので、アカツキの頭を軽く叩いて思考を止めさせた。


「曖昧な部分を無理に探ろうとするのは多分駄目ですよ」

「……そうみたいです」

『ふんっ、世話が焼ける奴だな』


 何もしていないくせに胸を張るブランを軽く睨んでから、アルは壁の向こうに手を伸ばした。

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