第153話 喰らうモノ
森を歩き始めて分かったことがある。それは、この森にある金銀の木には、それぞれ違う菓子が生っていること。
ブランが全て味見して回り、毒がないことは確認していた。その度に『収穫するぞ!』と意気込むため、アルも足を止めることになり、一向に探索が進まない。
現れる魔物は虫型が多い。しかも、最初に出会った蜂型の魔物と同様に槍や剣を手にして向かってくる。そういう武器をどこで手に入れているのか不思議だ。
ほとんどの魔物はスライムとラビが倒して回っているので、アルは正直少し暇だった。いくらブランに文句を言っても、無視して収穫に専念しているのでどうしようもない。
「ブランー、そろそろ行こうよ」
『待て待て。お、これも旨いぞ。何の果実が使われてるのか分からんが、不思議な香りがする。うむ、これもたくさん収獲しておこう』
ポイポイと木の上から菓子を投げられて、アルはため息をつきながらアイテムバッグに仕舞った。ついでに興味をそそられた物を口に運んでみる。ブランが言う通り、濃厚な甘さの果実が混ぜられたパウンドケーキみたいな味だ。
「マンゴーですかね? 美味しいっすね~」
「へぇ、これマンゴーって言うんですね」
同様に食べたアカツキ曰く、温暖な気候の場所で育つ果実らしい。鑑定眼を使えないこの空間では、アカツキの少々特殊な記憶が役に立ちそうだ。今のところ食べ物でしかその効果を発揮できていないが。
『ん? 向こうから、一際甘い匂いがするぞ!』
不意に顔を上げたブランが、遠くに視線を向けて尻尾を振る。アルには感じ取れなかったが、ブランの興味を惹く物が見つかったようだ。正直、菓子はもういらないのではと思うのだが、ブランはまだ収穫を続けるつもりらしい。
ヒョイッと下りてきたブランが先導するように駆け始める。アルの肩に乗ることを忘れるくらい、甘い匂いに魅了されているようだ。
「……はあ。先に進めそうだから、良しとするか」
「というか、おいていかれそうですよー!」
木々にブランの姿が隠れようとしているのを見て、慌てて後を追った。
アルやラビはともかく、スライムは少々必死な雰囲気だ。激しく跳ねるその上で、アカツキが完全にダウンしている姿から、アルはソッと目を逸らした。
◇◆◇
『うん……? なんだこれは』
「木……草? 上に果実が生っているね」
ブランが立ち止まったのは、異様な姿の植物だった。
木の幹をたくさんの白い花を咲かせた蔦が覆っている。樹上には強烈な甘い芳香を放つ果実が生っているのだが、何よりも気になるのは、幹のうろが顔のように見えることだ。蔦に隠されて見にくいが、目と口の位置が僅かに動いている気がする。
「なんだろう……プランティネルみたいな?」
『あれは顔なんてなかろう』
食欲に突き動かされてここまで来たブランでも、こんな見るからに怪しい木に不用意に近づこうとは思わなかったらしい。地面に座り首を傾げ、ジッと観察をしていた。
「あの実、食べられる物なんですかね? 甘い匂いが強すぎて、むしろ食べたくないんですけど」
「ある種、毒のような感じですよね」
アカツキの言葉に同意してブランを見下ろす。視線で「これを本当に食べたいの?」と問うと、無言で首を振られた。どうやら食欲はなくなったらしい。
『なんでこんなもんを食いたいと思って近づいたのかすら、不思議なんだが。全然旨そうな匂いじゃないぞ』
「あれ、そこから違うんだ? ……もしかして、魔物を
『だとしたら、意味のない罠だな。ここまで近づいたら冷静になれるなら、何のためにおびき寄せたのか分からんぞ。普通捕食するためにこういう罠があるのだろう?』
「そうだね。匂い自体に毒があるわけでもなさそうだし。……ブランが引っ掛からなかったのが特殊だったのかもしれないけどね」
アルの足元からスライムがじりじりと移動していた。ラビも同様だ。木に引き寄せられ必死に抵抗しているように見える。
「えっ、どうしたんだ、スライム、ラビ! あんな怪しいのに近づいちゃダメだろ!」
アカツキの言葉で、一層抵抗の度合いが高まったようだが、少しずつ木に近づいているのは変わらない。
「弱い魔物だと強制的に引き付けられちゃうのかな。でも、意志の力で抵抗は可能?」
『ふむ。我は強いのだから、引っ掛からないのは当然だな!』
「真っ先に甘い匂いに釣られたのはブランだけどね」
『ウグッ』
ブランのぐうの音も出たところで、真面目に対策を考える。とはいえ、スライムとラビは僅かばかり抵抗できているようだし、そう深刻に考える必要もなさそうだ。アルが二体を抱えてここから離れれば問題ないだろうし。
「スライム、抱えるから僕を溶かさないようにね」
「お手数をお掛けします……」
アカツキが申し訳なさそうに頭を下げるのを見ながら、スライムとラビを両脇に抱えた。木の引力にやられているのか多少暴れられるが、押さえ込めないほどの力ではない。
「あの木は気になるけど、とりあえずここから離れよう」
踵を返したアルの足元にブランが寄り添ったところで、聞き慣れてきた音が森に響いた。次第に大きくなるその音は、蜂の羽音だ。
手の塞がっているアルの前にブランが立つ。どうやら珍しく積極的に戦ってくれるらしい。罠に引っ掛かって誘き寄せられたことを申し訳なく思っているのかもしれない。
『蜂ごとき、我の炎で――』
木々の合間から見えた姿に火を吹こうと開けた口は、そのまま閉じられた。
蜂型の魔物が、アルたちに見向きもせず通り過ぎていく。これまでアルたちを襲ってきた魔物とは思えないくらい敵意が無かった。
『あ?』
「えぇっと……どういうことかな?」
思わず見送ってしまったアルたちの視線の先で、蜂型の魔物は果実に近づき、伸びてきた蔦にあっさりと捕らえられた。そのまま口部分のうろに運ばれ、吞み込まれていく。僅かに目の部分のうろが満足げに細まったように見えた。
「ここは、魔物同士で食い合っているんだね……?」
『人間ではなく魔物を誘き寄せる芳香というところから、少しおかしいと思っていたが……これは何のための魔物なのだ……』
状況が理解できていないのはアルだけではなかった。
この空間は人への試練として用意され、魔物もその一部であるはずなのに、人が退治せずとも魔物同士で数を減らすのはいいのだろうか。
「もしかして、俺のところの白鶏パターンですかね?」
「白鶏、というと……過剰繁殖ですか」
スライムと共にアルに抱えられていたアカツキがぽつりと呟いた。
止めていた足を動かし、とりあえずこの場から離れることにしながら、アルは納得の声を漏らす。
この森では多種多様な虫型の魔物が襲ってくる。これが白鶏のように繁殖するもので、かつ滅多に人が来ないこの場所にしか生息できないならどうなるか。答えは簡単だ。森の中が虫で過密状態になる。
「あ、想像したら鳥肌……」
『虫の集団は我も嫌だ……』
思わずブランと渋い顔を見合わせた。
「ちゃんと管理されていて良かった……」
呟きながら、暴れる気配のなくなったスライムたちを地面に下した。あの木からだいぶ離れたので、強制的に引き寄せられることはなくなったらしい。蜂型の魔物がどこから誘き寄せられたのかは分からないし、あの木が一本だけしかないとは思えないから油断はできないが、ひとまず安心だ。
「ブラン、あの匂いには近づかないように気をつけて」
『うむ。匂いは覚えたからな。二度はない』
重々しく頷くブランの頭を撫で、再び歩き出したアルの視界の端を白いモノが横切った。
「……ブラン?」
『我はここにいるぞ』
思わず呟いたアルに、ブランが真面目な口調で返す。アルも、横切ったモノがブランではないことは分かっていたが、一瞬見間違えてしまったのだ。
「あれは……聖魔狐……?」
「え⁉ ブランのお仲間ですか⁉」
『仲間なんぞではない!』
何故か歓声を上げたアカツキを、ブランが尻尾で叩いた。スライムから落ちて地面にめり込む勢いだったのだが、大丈夫だろうか。
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