第151話 魔法陣の意味

 夕飯は白鶏の甘辛炒めだ。ドラグーン大公国特有の調味料トウバンジャンをベースにしたタレで白鶏のモモ肉を炒め、辛みをマイルドにするためにチーズソースを掛けている。パンにもコメにも合う一品。

 鶏ガラスープに卵を溶いて添えれば、満足感が高まる。


『ピリッとするが、チーズでまったりして旨いな!』

「米もいいけど、ビールが合いそうですねー……」


 ひたすら口に放り込んでいるブランの横で、アカツキが少し落ち込んでいた。この場所では虚空から物を取り出すことができないため、ビールを飲めないかららしい。小声で「アルさんに持っておいてもらえば良かった……」と嘆いている。

 アルは肩をすくめて、アカツキにニホンシュを渡した。調理用に確保していた物だが、これを飲むのもアカツキは気に入っていたはずだ。


「ニホンシュならありますよ」

「お、ありがとうございますー! ベストじゃないけど、ベターですね!」


 言っていることがよく分からない。だが、喜んで受け取ったので気にしないでおく。小さなグラスに注がれたニホンシュを舐めたアカツキが、満足げに頷いていた。


「魔法陣の話だけど」

『うむ』

「あー、その話まだでしたねー。結局、あれ、何なんです?」


 真剣に話そうとしているのに、聞き流されている気がする。ブランの意識はほとんど肉に向かっているし、アカツキは辛いタレが絡んだチーズを肴にニホンシュを舐めている。


「……あれ、転移の魔法陣みたい」

『ほう』

「へー、ありがちー」


 あまりに二人の相槌がいい加減すぎる。内容を理解してくれているのか怪しい。

 もう一度説明をねだられても、絶対に拒否しようと決めて再び口を開く。


「僕が普段使っているのとは違って、行き先が決められた魔法みたいで、あの像があるところで使わないと発動しないようになっていたよ。剣に魔法陣がついていたのは、行き先についての説明らしいね。あの像の場所から魔法陣を発動させると、その行き先では物理攻撃力が高めの魔物が襲ってくるみたい」

『ふ~ん?』

「わざわざ魔物の指定があるってことは、他の二か所では違う行き先の魔法陣がある可能性が高いってことですか?」


 アカツキが視線を上げて首を傾げた。相変わらず生返事なブランと違って、アカツキはちゃんと聞いていたらしい。

 アルは微笑んで説明を続けた。


「確認してみないと分かりませんが、その可能性が高いと思います。行き先の条件付けを容易く変更できるように魔法陣が組まれていましたから。魔道具に活用しやすい形式で、魔法大国時代に広く使われていたといわれる物に似ています」

「へぇ……よく分かんないですけど、なんか凄そう」

『明日は他の二か所を確認して、行き先を決めるのか?』


 最後まで食べきったブランが満足げに腹を擦りながらのんびりと呟いた。もう一度説明する必要はなさそうで何よりだ。機嫌も回復したようだし。


「うん。たぶん魔物のタイプが違う行き先だと思うけど、どこを進むかは全部確認してからがいいだろうね」

「魔物のタイプかぁ。どんなのがいるんですかね~」

「楽しみですね」

『アルが楽しみなのは、魔法陣だろう』


 ブランが余計なことを言うので、軽く睨んでおいた。……間違いじゃないかもしれないが、わざわざ言う必要はないと思う。



 ◇◆◇



 翌日は早々に魔法陣を確認しに行った。それぞれが迷路の端にあるので、少し時間がかかったものの、魔法陣の違いは行き先だけだったのでスムーズに終えられた。

 魔法陣を眺めながら二人と行き先を話し合う。正直、アルはどの行き先でも問題ないので、余計に選ぶ決め手に欠けた。


「ここは魔法攻撃力高めの魔物が出現する場所へ向かう魔法陣のようですね」

「さっきのは防御力高めの魔物だったから、妥当な三択っぽいですねー」

『ふむ。どれを選ぶかは悩ましいな』


 昨日確認した魔法陣は剣に刻まれていたが、二つ目は大きな盾に刻まれ、ここはフード付きのマントに刻まれていた。どことなく、アカツキが羽織っているマントに似ている。

 像はどれも女性で、手に掲げている石の種類も同じだった。赤い石が日の光で煌めく。アルはどうしてもその石が気になるのだが、ブランたちは全く気にしていないようだ。


「スライムが戦うとなると、物理攻撃力高めの魔物の方が良さそうですね」

「なんでですか?」


 アカツキがきょとんと見上げてくる。その下で、スライムが僅かに萎む。大きなため息をついたように見えた。

 アルも少し呆れ気味に言葉を続ける。


「スライムの特性を考えたら当然でしょう。スライムは魔石を破壊されない限り、物理攻撃に強い魔物です。その反面、自身の攻撃力はあまり強くないので、防御力が高い相手は苦手にしているはず。それに魔法への抵抗力もあまりありませんよね」

「あ、そう言えばそうですね!」

『自分が扱っている魔物のことくらい、ちゃんと把握しておけ』


 ブランの目が氷のようだった。その視線を向けられたアカツキが固まる。

 それを見ながら、アルはふとブランのことを考えた。街中ではアルの従魔という扱いにしているブランだが、正直その能力の全てを把握しているとは言い難く、また森狐を装わせているのに、その能力値の設定もしていない。アカツキのことを言えないくらい、アルも適当な感じだ。


 どこかでブランの能力を確かめようと思いながら、アルは来た道を戻り始めた。アルもブランも行き先に拘りがないので、スライムの能力を考慮して決めても問題ないだろう。


「最初の像の所に行って、今日の内に転移先を確かめておきましょう」

「了解です!」

『次は旨いもんがあると良いんだがなぁ』


 アルの肩に跳び乗ったブランがだらりと力を抜く。アルはここでの探索を楽しんでいるが、ブランには物足りないらしい。魔法技術に興味がないから当然だろうが。


「美味しい物一つも見つかってないもんね」

「そうっすねー。というか、食べ物が一つもない。食料なしでここに来てたら、普通に餓死してもおかしくないっすよ」


 アカツキの言葉になるほどと頷いた。

 フォリオ曰く、ここの存在を知った者は強制的に探索に送り出されるらしいので、大した物資を持ち込めずにここに入ってくる者もいたかもしれない。それはなかなか困難な状況だっただろう。

 アルの場合、普段から大量の食料を持ち歩いているし、帰ろうと思えばすぐに帰れるのでその危機感に思い至らなかった。


『まあ、いざとなったら、魔物を捌いて食えるだろう』

「……あの魔物を?」


 ここで襲ってくる魔物は小さいものばかりだ。どう考えても、可食部が少なすぎる。虫系の魔物もいるが、アルは昆虫食は断固拒否だ。地域によっては好んで食べられるらしいが、文化としては認めても体験はしたくない。


『生きるためなら、木の根だって食うだろう』

「そうかもしれないね……」


 ブランの言うことは正しいだろうが、アルはそんな状況になるつもりは一切ない。食料の備蓄は欠かさないようにしようと心に決めた。


 スライムとラビが魔物を倒すのを眺めながら昨日の像に辿り着くと、早速魔法陣を発動させることにした。

 緊張気味に顔を強張らせるアカツキとは対照的に、ブランは欠伸をして余裕な雰囲気だ。アルも特別危険は感じないので、慣れた仕草で魔法陣に手を伸ばす。


「じゃあ魔力を注ぐよ」


 それぞれが頷くのを確認して魔力を魔法陣に注ぐ。刻まれた線が光り始め、魔法陣全体に魔力が流れた。

 剣を通じて地面に光が広がり、像を駆け上がっていく。赤い石に魔力が集積したと思った瞬間に、強烈な光が放たれた。


 ――カッ!


 思わず強く目を瞑る。アルが籠めた魔力の何倍も大きな力が周囲を渦巻いているのを感じた。そのせいで感覚が狂い、まともに立っているのも難しい。


『グッ……なんだこれは。魔力の塊が押し寄せてくる……』

「っ……下手に魔法を使えないし、我慢するしかなさそう」


 跪いて耐える。ブランがギュッと抱きついてきた。アカツキはどうしているかと手をさ迷させると、指先にスライムが触れる。その上に震える獣の感触もあるので、どうやら魔力に押しつぶされて消えているという最悪の可能性はなかったようだ。


 永遠とも思える時間が過ぎ、不意に魔力が消失した。

 ゆっくりと目を開いた先。広がった景色にアルは目を見開く。


『お⁉ 甘い匂いがするぞ!』


 ブランの嬉しげな声が大きく響いた。

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