第148話 生け垣迷路
この生け垣、魔物たちの移動通路になっているらしい。
そう気づいたのは、探索を始めてすぐの頃だった。
現れる魔物は栗鼠や鳥、虫など小型の魔物ばかりで、そのどれもが生け垣に姿を隠して近づいてくる。今のところスライムが生け垣に潜り込んで倒してくるし、アルが剣で倒せもするから問題はないが、息つく間もなくやって来るのには流石に疲労感を覚える。
棘のある生け垣は見た目以上の強度で、切ってもすぐに生えてくるという、魔の森の木々以上の再生力も持っていた。しかも、生け垣で作られた道は迷路のようになっていて、何度も行き止まりにぶつかり鬱憤が溜まる。
『また行き止まりか! こんなもの、焼き払ってしまえ!』
憤りに身を任せブランが火を吹くも、生け垣はすぐに再生し行く手を阻んだ。苛立たしげに足踏みされて肩が痛い。
「さっきの分かれ道を左が正解だったかな……」
「その前の分かれ道を真ん中が正しいのかもしれないっすよ……」
思わずアカツキと疲労感漂う眼差しを交わしてしまった。
今のところ、庭園があるところまで戻る道順は覚えているが、これ以上迷い続けるとそれすらできなくなる可能性がある。ここは一度戻って、この迷路を無事に通り抜ける計画を練るべきだろう。
『むぅ……空さえ駆けられたら、こんな迷路を延々と歩く必要もなかろうに……』
ブランが恨めしげに空を睨む。
その言葉通り、この空間は一定の高さを越えられないよう制限されているようだった。空を駆けて迷路を観察しようとしたブランが、壁にぶつかったように落ちてきたことから分かったことだ。アルの目では分からない仕組みで、閉鎖的な空間になっているらしい。
苛立ちを抑えきれないブランを撫でて宥めながら来た道を戻る。
「鑑定眼も上手く使えないし、特殊な場所なんだろうなぁ」
アルの鑑定眼はこれまで疑問に思うほど何でも詳細を示してくれた。だが、この空間にある物はどれも鑑定不可と出てくるのだ。あまりにも予想外な事態だった。
――ミッ!
ざわざわと生け垣を揺らして近づく魔物に魔力波を放つ。生け垣ごと魔物を斬り倒すのはこれで何度目か。数えるのも困難なほど繰り返してた。
「う~ん、思っていたのと違う感じの試練が用意されていたのかな。てっきり、強い魔物が
『それよりも頭を使って進めと言っているようだな。アルの得意な力任せが通じんのは面倒くさいな』
「……僕、力任せ主義じゃないからね?」
『そうだったのか?』
シラッとした顔で宣うブランを横目で睨む。魔力の多さ頼みの攻撃をしがちなのは事実だが、アルは割と頭脳派だと自負している。
「……普通に力任せで進んでますよね? 相変わらず、のんびり話しながら流れるように魔物倒すし……」
アカツキに半眼で見つめられた。スライムは少し引いた雰囲気でアルたちから距離をとっている。何故だ。
「あ、帰って来れた。そこのガゼボで休もう」
薔薇のアーチをくぐりガゼボに向かう。近くまで追ってきていた魔物の気配が途端に遠のき、この場所が安全圏だという認識がさらに強まった。
『甘味を食おう! 旨いもんがあると聞いてここに来たのに、一向に何も見つからないではないか! アルの甘味を食わずして、我はもう動かんぞ!』
「元々あんまり動いてないよね?」
椅子の上でゴロゴロと寝転び駄々をこねるブランを見下ろす。探索中より元気そうだ。
スライムから離れてテーブルに乗ったアカツキは、グッと体を伸ばしていた。どうやらスライムに揺られているだけでも疲れるらしい。
『今日の甘味はなんだ?』
仰向けで見上げてくるブランのお腹の毛を搔き乱し、その隣に座る。続いてアイテムバッグから取り出したのは軽食セットだ。
異次元回廊に進むにあたって、どれほど食事作りに時間をかけられるか分からなかったので、たくさんの料理を作り置きしていた。これはその一部だ。
軽食セットは三段のトレイに載せていて、下段が各種サンドウィッチ、中段が一口サイズの肉・魚料理、上段がケーキなどの甘味になっている。
「――これは、もしやアフタヌーンティー?」
「確かに午後お茶と一緒に食べるよう用意した物ですね」
目を丸くしているアカツキに答えながら、小皿に取り分けていく。ブランは甘味を食べたがっていたが、肉類を振る舞われることに否やはないらしく、渡すとすぐ口に放り込んでいた。
『おお、この揚げた魚を挟んだやつ、ソースが旨いぞ!』
「それはマヨネーズと刻んだピクルスを和えたソースだよ。ちょっと酸味があっていいでしょ」
「……タルタルソースですね。アルさんの応用力半端ないっす!」
ブランとアカツキの食べる勢いが凄い。
考えてみると、すでに昼は過ぎている時間だ。早朝の頃にここに入ったのだから、お腹が空いていて当然だった。
アルも急に空腹を意識して、せっせと軽食を平らげた。
遅めの昼食が終われば、計画を練る時間である。お腹が満たされたためか、迷路の中での苛立ちはすっかり消えていた。食事や休憩は精神状態を良好に保つために大切だと改めて感じる。
「迷路については通ったところに印をつけて行くべきだと思うんだ」
『そうだな。地面に杭でも打っておけばいいんじゃないか?』
ブランの言葉に頷く。アカツキのダンジョンでも使ったが、杭を打ったり紐を結んだりして道順を覚えるのは、冒険者として基本的な知識だ。
「ここでは転移魔法は使えるんですか?」
「え? ……ああ、ここに転移の印を置いて拠点にしておけば、魔物が現れる迷路の中で野営しなくて済みますね」
アカツキの言葉で転移魔法を思い出して確かめてみると、魔の森の家に置いた印は把握できなかったが、新たに取り出してテーブルに置いた印は無事に把握できた。つまり、この空間内であれば、コンペイトウなしでも転移できるということだ。
『ふむ。帰る心配がないというなら、ガンガン進めばいいということだな』
「……ブランこそ、力任せだよね」
『なんだと⁉ 他に方法があるなら言ってみろ!』
睨んでくるブランを眺めながら考える。
ブランの力任せな探索法をしたら、また苛立ちが募ってくるのは間違いない。もっとスマートな探索をしたいものだ。
――ピョン。
視界の端でスライムが跳ねた。
そちらを見ると、何か言いたげに体を揺らめかしている。
「アカツキさん、スライムの言葉分かりますか?」
「ぇえ? こいつ、うちのダンジョンにいるのと違って、まだそういう能力あんまり育ってなくて聞きづらいんですけど……」
面倒くさそうにスライムを見つめるアカツキの表情が、次第に真剣なものになっていった。上手くスライムの意思を読み取れたようで、何度か頷いていたかと思うと、両手を打ち合わせる。
「なるほど! スライムの分裂体を送り出して、事前に地図を作ればいいのか!」
アカツキ一人で納得しているようだが、アルもその言葉でなんとなくスライムの考えを察した。
スライムは分裂体を生み出せる。それがどれほどの数かは分からないが、できるだけたくさんの分裂体を迷路に送り出して、虱潰しに迷路を探索させれば行き止まりなどもすぐ分かるだろう。幸いなことにこの迷路に現れる魔物はスライムで対処可能な強さのようだし、問題はあるまい。
「アルさん、こいつ、分裂体の記憶を遠隔で読み取れるらしいんで、それを元に地面に地図を描くって言ってます」
「あ、スライム、思っていたより有能……」
『言葉と違って、思念を届けるのに距離はあまり関係ないからな。自分の分裂体ならばなおさらだろう』
「え、それも初耳」
スライムの意外な能力に驚いていたら、ブランからも新たな情報が齎された。それはつまり、ブランも遠くから思念を伝えられるということである。
「じゃあ、ブランも分裂体と一緒に迷路に入って地図作りする?」
『するわけなかろう!』
冗談で聞いたら、食い気味に拒否された。尻尾を打ち付けてくるという追撃もあって苦笑する。よほど、迷路が嫌いになったようだ。ブランは元々働くのを嫌がるから仕方ないのかもしれない。
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