第144話 高鳴る鼓動
お茶会を終えたアルたちは、フォリオに連れられて魔の森を西に進んでいた。異次元回廊の入り口はそれほど遠くないが、見つけるのは難しいらしい。
「この辺は魔物が強いですね」
倒したばかりの鹿型の魔物をアイテムバッグに仕舞う。美しい光沢のある焦げ茶の毛皮は、ギルドで売れば高値になる。アルの魔道具での活用法はあまりないが、これで上着を仕立てるのも良いかもしれない。
「そうだな。それゆえ、あまり人間が来なくて良い。近くをうろつく者がいるだけで、俺は毎回出向かなくてはならないからな」
「ああ、それが入り口の管理の仕事でもあるんですね」
異次元回廊の存在を知った者を逃してはいけないという掟が精霊にはあるので、この周辺をうろつく者を逐一監視しなくてはいけないようだ。監視役と思われるプランティネルが度々現れては、フォリオに何かを報告していた。
「見えてきたぞ、あれだ」
魔物を倒しつつ歩みを進めていたアルたちの前方をフォリオが指さす。その先を見つめるも、特別目を引く物は見当たらなかった。
だが、森を漂う魔力とは僅かに異なるものを感じる。
『アカツキのダンジョンのようなものかと思っていたが、より魔の森に溶け込んだ気配だな』
「うん。あそこまで異質な感じではないね」
これは、フォリオに案内してもらわなければ見つけられなかったかもしれない。それくらい注意深く探知しないと分からないのだ。
フォリオが足を止めたのは一本の木の前だった。森にある他の木々と見た目が変わらないそれは、近づくほどに不思議な気配を強めていく。
「これは木……? 入り口はどこっすか?」
スライムに乗ったアカツキが首を傾げる。その疑問にアルも同意だ。不思議な魔力が放たれているのは分かるが、どう見ても入り口と称される物は見当たらなかった。
「入り方にはコツがあるんだ。だからこそ、この入り口に気づく者は少ない。目的があって来る者以外にはほとんど知られることがないようになっている」
そう言ったフォリオが木の幹をノックする。木の中は空洞になっているのか、やけに音が反響していた。
――トトトン。
不思議なリズムだ。それを聞いて、アルは僅かに目を細める。こういう音が、魔道具の発動条件になっている場合があることを知っていた。
アルが予想したとおり、フォリオのノック音に応答するように木の方から音が返ってくる。
――トントトトン。
先ほどのフォリオの時とはリズムが違った。その違いを考えている間に、フォリオが一度だけ幹を叩く。
――トン。
すると、木の幹が光の帯を纏い、僅かに地面が揺れた。
「ふぎゃっ……⁉」
「アカツキさん、落ち着いてください」
『危険はなさそうだぞ』
スライムの上でプルプルと震えているアカツキに声を掛けつつ、木を凝視する。次にどんな変化が起きるのか、少しワクワクしてきた。そんなアルを咎めるように、ブランが尻尾を頭にぶつけてくる。
「ここから時間がかかる。まあ、のんびり待て」
そう言ったフォリオが木から離れ、呼び寄せたプランティネルの枝を椅子にして寛ぎだした。
「……え? もしかして、結構かかるんですか?」
「開けるのに半日、閉めるのに数日か。暫く俺はここで寝泊まりしなければならんなぁ」
フォリオは当然のように言うが、そんな説明は事前にしてほしかった。
木の方に視線を戻すと、僅かに上に動いている気がしなくもない。この変化を半日も待たなければならないのか。
『……暇だな。とりあえず、結界を張るべきではないか?』
「……そうだね」
これから半日となれば、開くのは夜も更けた頃になるだろう。ここで野営の準備をするべきということだ。
「俺めっちゃ、今から冒険行くぞ! って気合い入れてたんですけど……」
先ほどまでスライムの上で震えていた癖に、アカツキが憮然とした雰囲気で言う。それに苦笑しながら、アルは野営の準備を始めた。とはいえ、ここはそう開けた土地ではないから、結界と旅用のテントを張るので精一杯だけど。
◇◆◇
パチパチと焚火が火の粉を飛ばす。
「お、そろそろ良い感じじゃないですか?」
「そうですね。出してみますか」
焚火にかけていた鍋の蓋を開けると、ゴロゴロと詰められた石の上にイモが転がっている。アカツキがダンジョンから持ってきた物で、甘いイモらしい。
『旨そうな匂いがするな!』
夕食後に仮眠をとったため、今はもう夜更け。早朝に近いだろう。
夜食兼朝食にしようと焼きだしたイモが放つ香りに、ブランの体が前のめりになっていた。その体を足で挟んで押さえつつ、イモを摑んで半分に割る。布ごしでもなかなか熱い。しっかり中まで熱が通り、割った途端に湯気と共に甘い香りが更に広がった。
「ほう、石の上でイモを焼くとは不思議なことをするものだと思ったが、なかなか美味そうだな」
「石焼き芋は最高の食べ物ですからね!」
フォリオとアカツキに割ったイモを渡し、もう一本取り出して割った半分をブランに差し出した。器用に両手で受け取ったブランが、すぐさま口をつけようとして慌てて離れる。思っていた以上に熱かったらしい。ふーふーと念入りに息を吹きかけている。
「甘いな、このイモ。ねっとりした感じも実にいい」
「うまー、これうまー」
「美味しいですね」
『はふはふ。熱いが旨いぞ!』
石でイモを焼くというのをアカツキに教えられて作ってみたのだが、想像以上に美味しい。ブランやフォリオも気に入ったようだ。
アルは自分の分を食べ終え、暫し考える。鍋の中にはまだイモが残っているが、このまま食べるのは少し勿体なく思える。
「そうだ……」
イモを取り出し厚めに切り、四つの皿に載せる。熱々のイモの横にミルク味の氷菓を添えて、糖蜜花の蜜を少し垂らせば立派なデザートだ。
『おお! 温度が違う物を合わせると、こんなに旨いのか! アルは天才だ!』
「なんですぐ、こんなにアレンジ思い浮かんじゃうんですかね。美味しいから大歓迎なんですけど! アルさんの十分の一でもいいから料理スキル欲しかった!」
「美味だ。俺も今後イモはこうして焼こう。氷菓は……妖精に頼むか」
好評のようでなにより。アルも切り分けたイモに少し氷菓をのせて口に放り込む。口の中で冷たい物と温かい物が混じり合い、何とも不思議な感覚だ。イモと氷菓の甘みが上手く調和していて非常に美味しい。
「――お、そうこうしていたら、開いたようだ」
フォリオの言葉で背後を振り向くと、木の周囲を巡っていた光が少しずつ弱まっていた。その木の根がかき分けられ、地中に潜るような穴が開いている。そこには階段があり、人が通るのに十分なほど広さが確保されているようだ。
「この先が異次元回廊ですか」
食べ終えて食器を片づけてから、穴の近くまで近づく。魔法で照らしても、階段の先は見えなかった。
ブランが穴の淵ぎりぎりまで近づき、ジッと観察している。アカツキはアルの足にしがみつくように、恐々と様子を窺っていた。
『ふむ。こうして開いてみると、アカツキのダンジョンと似た雰囲気があるな』
「空間魔法が使われている感じだね」
「俺のダンジョンもこんな感じに思えるんですね……。アルさんたち、よく入ろうと思えましたね?」
アカツキの言葉を聞いて、ブランと顔を見合わせる。
最初に不思議な魔力を感じて近づき、中に入ってみようと決めたとき、アルはあまり躊躇しなかった。
『……こいつは、変なところで好奇心旺盛だからな』
「変なところとか言わないで」
呆れた口調で言うブランを軽く睨む。自覚はあるけど、それを指摘されるのは少し嫌だ。
「さて、道は開かれた。いつでも進むと良い。きっとこの先にアルが望む物がある。――そして、アルが進みそこで得たモノが、俺たちにとっても救いとなるのだ」
フォリオが厳かな口調で言う。
この先で何を得られるかなんて詳しいことは分からない。だが、先読みの乙女が予言したことが本当に事実になるならば、確かに精霊が望む結果が得られるのだろう。
好奇心を満たすついでに、その望みを叶えてやるのもやぶさかではない。
「良い結果が得られたらちゃんと報告に行きますよ」
「ああ、待っているぞ」
微笑むフォリオに笑みを返す。
『今から行くのか?』
見上げてきたブランに肩をすくめて返す。既に片づけは終え、今すぐ出発できる状態だ。先へ進むことはもう決めているのだから、ここで立ち止まる必要はない。
「行こう」
『うむ』
「うわぁ、すっごい散歩に行くみたいに決めちゃってるぅ……」
荷物を集めて担ぐアルにアカツキが遠い目で呟いていた。そのアカツキをスライムがちょんちょんとつつく。そして、伸ばした触手でアカツキの体を持ち上げた。
「うおっ⁉ 待って、俺、自分で乗れるから!」
スライムの上に着地したアカツキが抗議するが、スライムは全く気にした様子はなく穴の淵でビシッと行儀よく待機する。主従でのやる気具合が違いすぎて少し面白い。
「――では、行ってきます」
「ああ、アルの無事の帰還を祈っている」
フォリオに挨拶をして、肩に乗ってきたブランの頭をひと撫で。
この先に何が待ち受けているかはまだ分からない。だが、アルの胸は期待で弾んでいた。転移でいつでも戻って来れるし、信頼できる仲間もいるのだから、最低限の安全は確保されている。きっと楽しい旅になるだろう。
差し込んできた朝日に目を細め、アルは階段へと一歩足を踏み出した。
――――――――――
この章はこれで完結です。
お付き合いありがとうございました!
新章もよろしくお願いいたします(*・ω・*)
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