第143話 旅立ち前のお茶会
魔の森の中を進む。木々の緑は更に深みを増し、春はそろそろ過ぎ去ろうとしていた。気温も上がり、ブランは些か気だるげだ。
暑さが苦手なブランのことを考えると、この時期に出発を決めたのはちょうどよいタイミングだったのかもしれない。
「そう言えば、異次元回廊に行くことをリアム様が推してきたのって、なんでなんだろうね」
『うむ。我もそれは気になっていた』
フォリオの家に向かう道すがら、ふと思い出した疑問を呟くとブランも首を傾げた。アルの足下でスライムに乗って移動しているアカツキは、周囲の魔物を警戒してあまり話を聞いていないようだ。
「リアム様の方から特に要望があったわけじゃないけど、何か欲しい物があったのかな」
『前に言っていた、【道を示す】というヤツだったのかもしれんな』
「ああ、そんなことも言っていたね」
リアムの正体を確かめた日。彼は『時が来た時に探求の道を示してやる』と言った。それは、自分という存在が分からないと苦悩を零したアカツキに向けた言葉だったが、同時にアルへ何かしらの意図を含めて放たれた言葉でもあった。
それを考えると、異次元回廊にアカツキと共にアルが赴くことが、リアムにとって何か利になるということだろう。その意味はまだ分からない。
「アルさぁん、どうしてそんなお喋りしながら、魔物スパスパできちゃうんです?」
いつの間にか足元で震えていたアカツキが、情けない声を上げた。
アルはブランと話しながら魔物を倒すことに慣れていたので気にしていなかったのだが、戦うことに慣れていないアカツキには些か衝撃的なことだったようだ。
「慣れですね」
『慣れだな。これくらいで弱音を吐いていたら、共に進むことはできないぞ』
ブランの言葉は少々手厳しく感じるが、アルとしても同意する。黙り込むアカツキを見てブランと顔を合わせ、肩をすくめた。
アカツキも暫く一緒に旅をすればいつか慣れるだろう。もし駄目そうなら、転移魔法でアカツキのダンジョンに送り届けるだけだ。
「この辺が境界のはずだけど、今日はこのまま進めるかな」
『さすがに、あれも改善しているだろう』
招くはずの相手を追い払ってしまうという結界を張っていたフォリオだが、さすがにアルたちの指摘を受けて改善していると願いたい。
目印にしていたココナの木から更に奥へと進むと、不意に木陰から蔦が伸びた。
「うわっ、魔物⁉ スライムッ――」
「大丈夫ですよ」
慌ててスライムを嗾けようとしたアカツキを片手で止める。
蔦は挨拶するように揺れ、傍に本体の姿が現れた。フォリオによって生み出されたプランティネルだ。
「こんにちは。今日は通っていいの?」
『挨拶が必要か?』
ブランが呆れたように呟くが、プランティネルは挨拶を返すように枝を揺らし、次いで奥へ誘うように蔦を動かした。どうやらフォリオはちゃんと結界の設定を変えてくれていたらしい。
安心して一歩踏み出したところで視界がブレた。
「ふぎゃ⁉ 何事⁉」
「なるほど、道のりを省いてくれたのかな」
眼前にあるのは以前見た大木の家だ。フォリオが住んでいる場所である。アルに限定して、この場所まですぐに来れるようにしていたらしい。
それにアカツキまでついて来れたのは、ちょうどアルのズボンをアカツキが握っていたからだろう。プランティネルの突然の登場に驚いたおかげだ。
『ふ~ん、気が利くじゃないか。だが、それを事前に我らに教えるくらいはすべきだと思うが』
「まあ、そう気を回せる人じゃなさそうだし」
なにせ一人で森の奥深くに住み続けているのだ。妖精がいるとはいえ、人付き合いが上手いようには全く思えない。
「つまり、ここがアルさんが言ってた精霊の家ですか……」
「そうですね」
アカツキの問いに頷いたところで、家の扉がゆっくり開かれた。小さな光が飛び出してくる。
『あら、やっぱりお客様よ』
『この前の人の子よ。なんか、変なのもいるわ』
コロコロと笑いながら妖精たちがアカツキの周囲を飛び回る。自身のダンジョンで話し好きの妖精に怒られがちなアカツキは嫌そうな顔だ。
扉が更に開かれ、フォリオが顔を出す。
「よく来たな。アルよ」
「こんにちは。出発の挨拶に来ました」
「ほう……? とりあえず、お茶にするか」
フォリオが薬草を手に取ったので慌てて止めた。不味いと分かっている物を飲みたいわけがない。
「新しいお菓子を作って来たので、一緒に食べましょう。お茶も僕が用意します」
「そうか? 俺のもてなしは不満か……」
『あれをもてなしだと思う方がダメよ』
『せめて果実の花蜜漬けにした方がいいわ』
「おお! そうだな。あれはもう頃合いのはずだ」
妖精から叱られたフォリオは、アルに静止をかける暇を与えず、再び家の中に戻っていった。伸ばしかけた手を戻したアルを妖精たちが手招く。どうやら今日は外でお茶会になるようだ。
アルたちが外にある椅子に座って暫くしたところでフォリオが戻ってきた。既に机の上に準備していた紅茶に頬を緩ませ、菓子を見て首を傾げるフォリオの手には透明な入れ物。中には黄金色の蜜と色とりどりのカットフルーツが入っていた。
「お茶をどうぞ」
「ああ、ありがとう。この果実も美味だぞ」
差し出された物を手に取り蓋を開けると、ふわっと甘酸っぱい香りが放たれる。アルの膝の上に座っていたブランの目が輝いた。
『旨そうな物もあるじゃないか!』
「そうだね。少し貰おうか」
皿に出すと、光で煌めくフルーツの姿は宝石のようだった。勢いよく食いつこうとするブランを止める。ちゃんと人数分に取り分けておかないと、ブランが全て食べてしまいそうだ。
「僕が用意したのはチョコレートというものを使った菓子です。そのまま板状に固めて切った物やクリームにしてビスケットに挟んだ物、ナッツに絡めた物など用意したので、ぜひ食べてみてください」
「ほう……人間は不思議な物を食すのだな」
そう言いつつチョコレートを手に取ったフォリオが口に放り込む。暫くして大きく目を見開いたかと思うと、美味しそうに頬を緩めた。どうやら口に合ったようだ。
『この果物も美味いぞ!』
ブラン用に取り分けた皿に顔を突っ込む勢いで食べていたと思ったら、ご機嫌そうに尻尾が振られる。フォリオ作の蜜漬けをだいぶ気に入っているようだ。
アルも食べてみる。蜜の甘さとフルーツの酸味が合わさり、いくらでも食べられそうな味だった。紅茶に入れても美味しいかもしれない。
「確かに美味しいね」
「ふへぇ、蜜が果物にほどよく絡んでいて美味しいですねぇ」
「今日は変わった者も一緒なのだな?」
フォリオがアカツキを見て首を傾げる。その目は招いていない客がいることに不審そうだった。
「あ、こちらはアカツキさんです。一緒に異次元回廊に行こうかと思って連れてきました」
「おお! 行くことに決めたのか!」
アカツキへの疑問はアルの言葉で忘れ去られたようだ。
『今、アカツキと言った?』
『どこかで聞いたことがあるわね?』
妖精たちは互いをつついて首を傾げていて、アルはその話が気になったのだが、フォリオの勢いの方が勝った。
「いつ行くのだ? 今からか? うん、善は急げというからな。よし、俺はアルを送り届ける準備をしてこよう」
アルが何も返答しないうちにフォリオが立ち上がり家へ戻っていく。止める暇もない。それを妖精たちが追った。
『……あれは、落ち着きというものを学ぶべきだろうな』
口元を蜜で汚したブランが呆れたように呟く。アカツキはポカンと口を開けてフォリオが立ち去った方を見ていた。
「せっかく用意したんだから、もっとのんびりお茶を楽しんでもいいだろうにね」
まだ湯気の立つカップを手に取り飲む。華やかな柑橘の香りが鼻を抜けた。最近はフルーツティーにハマっていて、今日はレモンを搾って入れてみた。
自信作のチョコレートは、口に入れた瞬間に滑らかに溶け、濃厚な甘みがある。爽快感のある紅茶との相性は抜群だった。
『我らもこのまま向かう予定だったからいいが、後日だと考えていたらどうするつもりなのだろうな』
「そうか、って言って席に着くだけじゃない?」
カパッと開けられたブランの口にチョコレートを放り込む。ドライフルーツを混ぜ込んだ物だ。ブランの目が至福そうに細められた。
テーブルの上にはまだたくさんの菓子が並んでいる。フォリオにもっと味わってもらいたいのだが、帰ってくる頃には落ち着いているだろうか。
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