第142話 現れて消える

 既にグリンデル国の追手が捕まっているなら、久しぶりに街をぶらつこう。

 朝ご飯を食べ終えて帰っていったリアムを見送り、アルは不意にそう思い立った。まだ追手の増援は来ていない雰囲気だったし、街を探索するには今を逃したら難しくなりそうだったから。


 旨い物を求めて賛成したブランとアカツキを連れて森を歩く。アカツキが本当に戦えるのかという確認の意味もあった。

 緊張気味のアカツキは小脇に二代目魔法の杖を抱え、スライムに乗っている。出発前に【スピードアップ】という魔法をスライムにかけていたようで、思っていたより速い。これなら、移動手段として十分だ。人目は避けないといけないけど。


「アカツキさん、魔物ですよ」

「はい……! スライム、分裂からの突進で溶かして!」


 非常に曖昧な指示だと思ったが、スライムはちゃんと分裂して森蛇に向かっていった。その分裂体に対してもアカツキが【スピードアップ】の魔法をかける。勢いを増した分裂体は森蛇に避ける隙も与えず、一気に吞み込んだ。


「……スライムって、速さがありさえすれば結構強いんだね」

『うむ……まあ、相手が森蛇だしな』


 透明なスライムの中を森蛇が必死に泳ぎ抵抗するも、徐々に溶かされて小さくなっていく。見事な撃退だった。もしかしたら溶解スピードにも【スピードアップ】の魔法が効果を発揮しているのかもしれない。


「あ、次――」


 アルが呟いてすぐにスライムが反応した。アカツキの指示を待たずにさらに分裂し、分裂体を突進させる。アカツキは慌てて魔法をかけていた。

 森蛇を消化し終えた分裂体は満足げな様子で元のスライムに近づき吸収されていく。大きさは変わらないので恐らく魔力に分解して吸収しているのだと思う。


「せ、忙しない……」


 スライムの実力に納得した後は、あまり立ち止まらずに進むことにしたのだが、次々現れる魔物にアカツキがぐったりしだした。スライムは意気揚々としているので、戦闘に対する意識の違いの表れだろう。

 アルは苦笑して、近づく魔物を剣で一刀両断していく。さすがにアカツキとスライムに全ての戦闘を任せるつもりはなかった。

 ブランもアカツキを尻尾でひと撫でした後、周囲一帯の魔物を一掃していった。どうも、後輩の頑張りをねぎらっている雰囲気だ。いつもより働き者な気がする。


 周囲の魔物がいなくなれば、後は時々現れる魔物を倒しながら街まで駆けるだけだ。


「――す、スライム、速すぎるっ……!」


 アルとブランに合わせるように移動速度を上げたスライムに、アカツキが必死にしがみつきながら悲鳴を上げる。スライムは『やれやれ、軟弱者め』と言いたげな雰囲気で、ギュッとアカツキの体を固定するという気遣いを見せた。


「え⁉ 何、俺まで溶かそうとしてる⁉」


 どうやらその気遣いはアカツキに伝わらなかったようだけど。



 ◇◆◇



 街中ではアカツキとスライムはバッグの中だ。アカツキは見た目で合致する魔物がなく、スライムは絶滅種とされているため、従魔と偽ることは難しいから。


「ここはいつも美味しそうな匂いだね」

『うむ。我は肉を食いたい』

「そう言うと思った。今日の目的はただご飯を食べることじゃなくて、旅用の物資を集めることでもあるんだからね?」

『そうは言っても、転移で行き来できるのなら、アカツキのところで何でも揃うだろう?』


 不思議そうにするブランの顔が覗き込んでくるので、その頭を撫でた。

 確かにアカツキのダンジョンでは肉や卵、野菜などが得られる。だが、この国独特の調味料などは買った方がいいだろう。ブランもアカツキもこの国の味付けを好んでいるようだったし、調味料はたくさんあった方が料理の幅が広がる。


 そう説明されて納得したのか、ブランはそれ以上のことは言わなかった。

 アルは通りを歩いて料理や調味料などの必要な物を買って、アイテムバッグに詰め込んでいく。


「おや、偶然じゃないか!」

「――カルロスさん……」


 いずれ街中でばったり会うこともあるかもとは思っていたが、串焼きを大量に持ったカルロスが建物脇の路地にいて脱力した。薄暗い所で壁に寄りかかっている姿は皇子とは思えない。気さくに手を振られ、ここで通り過ぎるのも変だろうと近づく。


「暫く見なかったが息災か」

「ええ、一応」

「どうやら災難は一時去ったらしいな」

「……どうして、それを?」


 どこにでも耳目のある街中なので、カルロスの言葉は抽象的だったが、その意味はすぐに察することができた。だが、彼がグリンデル国騎士らが捕らえられたことを知っているのは少し不思議だ。


「なに、俺にもそれなりの情報網があるのさ。――例えば、アル殿が高貴な方とのお茶会を楽しんでいたことを伝えてくれる奴とか、な」


 カルロスが串焼きを食べながら笑う。その言葉にアルは目を細めた。

 思えば、ソフィアは自身が魔道具で守っている屋敷内なのに防諜対策を取っていた。それは、屋敷内に信用のおけない者がいるという証左だったのだろう。

 以前にこの国の貴族の一部は帝国本土主義なのだと言っていた。ソフィアの周囲にその貴族らの手が伸びていても不思議ではない。


「どうやら俺の目的の方は俺に会いたくないようで、避けられているんだ。アル殿から頼んでくれないかい?」


 器に入れられた大量の串焼きを差し出される。

 手を伸ばそうとしたブランを即座に捕まえた。じろりと見ると、ブランが気まずそうに目を逸らす。


「僕はそのようなことを頼める立場ではありませんから」


 カルロスの目的であるドラゴンとは今朝会ったばかりだが、それを教えるつもりはない。リアムに会ったところでカルロスの目的は達成できないと分かっているから猶更だ。


「そうか……残念だ」


 何事かを考えているカルロス。その目は遠くを見つめていた。


「俺の求める答えは、結局得られなかったか……」

「どちらかに、行かれるのですか?」


 気落ちした様子で口にするカルロスに問いかける。ドラゴンに会って悪魔族の真実を尋ねるということを諦めたように見えた。


「――兄らが死んだ」


 静かな声だった。思わずアルは息を吞んだ。ブランもピクリと身動ぎする。


「戦はさらに激化する。仇討ちをするのだと、余計に固執しているようだからな。おとぎ話の存在がどうのと、もう言っていられなくなった」


 カルロスが寂しげな笑みを浮かべた。


「父は狂っているのだろうな。――俺は全てに蹴りをつけて、その後を継ぐつもりだ」


 器ごと串焼きを渡される。見つめ返すと、カルロスは全ての感情を覆い隠すように快活な笑みを浮かべていた。


「この国の飯は美味いな! だが、俺のところも美味いんだ。いつか平穏が訪れたら遊びに来てくれ。美味い物を食わせてやるぞ。俺と違って、自由に生きるアル殿の冒険の話を聞きたい。国の一番高いところで楽しみに待っているから」


 国の一番高いところ。カルロスがこれからしようとしていることがなんとなく分かった。もう現実逃避をすることを止めたのだろう。そして、生まれながらに持っていた義務を全うするつもりなのだ。

 アルがその決意に口を挟むことはない。それは彼が選んだ道であって、アルはそれに関わるつもりがないのだから。

 だが――。


「……いつか帝国の本土にも行きたいと思っています」


 こう言うだけなら問題ないだろう。いつになるか分からない約束が誰かの心の支えになることもある。


「ああ、ありがとう。――アル殿は、このままあるがままに生きてくれよ」


 カルロスが軽く手を振って離れていった。


『ふむ。この串焼き、なんでこんなにたくさん買っていたんだ?』

「……さぁね」


 余韻も何もないブランに脱力しながら串焼きを仕舞おうとすると、手を摑まれた。期待に満ちた眼差しが見上げてくる。


「……ここで食べるの?」

『なぜ食べないと思った?』

「俺も食べたいなーなんて」


 バッグから顔を出したアカツキにまで言われて周囲を見渡す。カルロスはひと目を避けた場所を選んでいたようなので、この路地にいてもあまり目立たなそうだ。丁度よく大きめの木箱も置いてある。

 アルはため息をついて、アイテムバッグに仕舞っていた料理も含めて並べだした。

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