第141話 休みってなんだったかな

 窓の外には燦々と日が差していた。今日は随分と暑くなりそうだ。アカツキに結界内の温度を調整してもらっていて良かった。

 何はともあれ朝である。昨日は頭が疲れるような情報が盛りだくさんだったから、今日は完全休養日にしたい。フォリオに異次元回廊へ行くことを告げるのは後日でも大丈夫だろう。


 ――ドタドタドタ!

「アルさーん、ブランが俺のこと蹴とばすんですけどー!」

『お前の起こし方が悪いんだ』

「俺、優しく揺すっただけですよー⁉」


 朝から騒がしい。アカツキにブランを起こしてくるよう頼んだのだが、寝起きの悪いブランに一撃くらったようだ。

 大してダメージはないようだから、ブランも手加減しているのだろうけど。喧嘩するほど仲が良い、という言葉を二人に当てはめてもいいものか。アカツキはブランのことを名前で呼ぶようになっていて、それをブランも許しているみたいだし。


「アカツキさん、ありがとうございました。朝ご飯は何にします?」

「和定食!」

「ワテイショク?」


 知らない言葉が返ってきた。まじまじとアカツキを見返すと、嬉々とした様子で虚空から何かを取り出す。


「魚! 朝は焼き魚ですよ! それと味噌汁、卵焼き……いや、納豆ないし、卵かけご飯にしようかな。後は、副菜にほうれん草のお浸しとかどうです? あ、ベーゴンと炒めてもいいかも。バターソテー! あ、これ和食じゃない……? 美味しいから無問題!」


 さらに知らない言葉が出てきた。……が、なんとなくアカツキが要望するメニューが分かったので準備に取り掛かる。朝から魚を捌くことになるとは思わなかったけど。


『今日は魚か。うむ。魚も旨い。良し』

「確かに魚は美味だが、朝からなかなか血生臭いな」

『……なんで、お前、シレッといるんだ』


 何故かリアムがいた。いや、いるのは知っていたのだが、今日は完全休養日と決めていたので、面倒くさそうな話を持ってきていそうな存在をスルーしていたのだ。

 寝起きでカーテンを開けた瞬間に、無表情で佇むリアムの姿が目の前にあったアルの驚きをどうか察してほしい。一瞬霊が現れたのかと思った。その後とりあえず家の中に招いてハーブティーを出しておいたのだが、一体何の用で来たのだろうか。


「……まあ、とりあえず朝ご飯」


 コメをねだられることは分かっていたからもう炊いてある。魚は捌き終えたし、塩を振って焼けばいいか。ほうれん草はベーコンとトウモロコシとバターで炒めよう。味噌汁の具はイモとオニオン。卵は新鮮な状態でアイテムバッグに入れていたし、これでいいだろう。


「余も今日は手土産を持ってきたのだ」

「手土産?」


 一通りの支度を終えて、魚が焼けるのを待つばかりとなったところでリアムの近くへと行くと、懐から取り出した物を渡された。


「うむ。受け取れ」

「これは……なんですか?」


 小さな袋。促されて開けてみると、白い粒がたくさん入っていた。一粒が小指の先ほどの大きさだろうか。手のひらに出して観察するも、その正体が分からない。鑑定眼を使うと、【不思議の砂糖】と示された。それで砂糖の塊らしいとは分かったものの、不思議の意味が分からない。


「昔、魔族からもらったものだ。コンペイトウというらしい。本来転移魔法が使えない空間でも、これを食べている間は使えるようになるのだと言っていた。余は食べる機会がないから、そなたにやろう」


 アルは無言でリアムを見つめた。リアムの足に尻尾を打ち付けて憂さ晴らしをしていたブランが肩に駆け上がって来る。

 転移魔法が使えない空間。それは異次元回廊のことを指しているのだろうか。帰って来た者はいないとフォリオが語ったその場所に、転移魔法で簡単に出入りできるようになるならば、そこに赴く危険性は格段に低くなる。


「コンペイトウって……金平糖?」


 アカツキには何やら思い当たる物があったようだ。また、魔族の文化との共通点が出てきた。


『ふんふん……。これは砂糖だな。だが、不思議な魔力が籠っている感じがする。昔もらったとか言っているが、食って腹を壊すことはないだろうな?』

「それはなさそうだけど、本当に不思議な魔力だね……」


 魔力や魔法には普通より詳しいと自負していたが、籠められている魔力が異質すぎてそれがどういう効果を持つ物なのかいまいち読み取れない。だが、リアムがアルに害がある物を渡す理由もないだろうし、言っていることに偽りはないように思える。ありがたく受け取っておくことにした。

 リアムを見つめると、ほのかな微笑みが返ってくる。


「わざわざソフィア様を介して情報を伝えてきたのに、どうしてこれは直接渡すことにしたんですか?」


 ソフィアの話は、グリンデル国からアルに向けられる追手が、ドラグーン大公国にとっても不都合だから、暫く身を隠してほしいという内容だった。

 それに魔族や異次元回廊に関する話が加わったのは、リアムの意向が関係していたはずだ。ソフィアの様子を見るに、自国の人間でもないアルへ、魔族の血を引く者がいることを語ったり、魔族の歴史について教えたりすることは、立場的に許されていないようだったから。

 ソフィアに無理を通せる存在は、大公の他にはリアムしかアルは知らない。


「余は直接人間を動かすことはできぬ。掟破りの罰があるからな。前回、そこの狐に怒られたから、余も学んだのだ。元々アルが罰を食らう可能性は少なかろうが、対策を講じるべきだとな。それ故、あれを間においた」


 そこの狐、と呼ばれたブランを見ると、不機嫌そうに顔を顰めていた。しきりに振られる尻尾が耳元でうるさい。


「あれは頭が良い。余の話が何に繋がるか明言せずとも察する。だが、優しい娘なのだ。余の話が誰かの危険に繋がるならば、余がどれほど暗に望もうと、口を閉ざしただろう。故に余はあれにこのコンペイトウについても教えておいた。美味なる菓子のようだから、アルにやるつもりだと。――あれは、アルの転移魔法に勘づいていたようだからな」


 それは何となくアルも分かっていた。街の治安維持として魔道具が張り巡らされているのなら、門を通らずに街に出入りするアルに当然気づいていただろう。

 ソフィアたちの芝居じみた流れは、情報を過不足なく伝え、それでいてアルのこの先の行動を強制しないよう、わざと茶化していたということなのかもしれない。


「それを余が直接渡す分には、特に問題はなかろう? 余はただ美味なる菓子を手土産に持ってきただけだ。それがたまたま特殊な効果を持つ物だったというだけでな」

『詭弁だな』


 ブランが呆れたように吐き捨てた。とはいえ、リアムがソフィアを介したことで掟を破る危険を避けたことは評価しているらしい。プイッと顔を背けただけで、それ以上の文句は言わなかった。


「ソフィア様が語っていたことは真実なんですよね? リアム様はどうして異次元回廊の内部についてご存じなんですか?」


 疑問に思っていたことを口にすると、リアムがゆっくりと瞬きをして首を傾げた。


「余は偽りを好まぬ。魔族がコンペイトウを持ってきたと言っただろう。つまりは、そういうことだ」


 アルは目を細めた。

 魔族が異次元回廊の先にいることは、ソフィアからの話で察していた。そして、リアムの言葉を合わせて考えると、魔族は空間魔法の中でも転移魔法を使って異次元回廊と外とを出入りしていることも分かる。魔族はドラゴンであるリアムと旧知の仲のようだ。魔族が内部のことを語って聞かせていてもなんらおかしくない。

 フォリオがそれを知らなかったのは、精霊に任された務めが入り口の管理だからだろう。転移魔法で出入りすれば入り口は通らないし、それを精霊が察することはできない。


「アルさーん! 魚! 焦げる!」

「っ、今行きます!」


 話に夢中になっていたせいで、魚を焼いていることを忘れていた。自主的に見ていてくれたらしいアカツキに礼を言いながら朝ご飯の仕上げに取り掛かる。


『お前、飯を作れないくせに、焦げそうになってるって判断はできるんだな』

「それくらい見てたら分かりますぅ! ただ、俺がそれを取り出そうとするときには、何故か炭化しちゃってるだけですぅ!」


 全く誇らしくないことを声高に叫んでいる気がする。アカツキの料理スキルのなさをどこかで確認したくなってきた。焦げそうと判断できているのに食材を炭化させるって、ある意味特殊なスキルがないとできないと思う。


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