第140話 アカツキと魔法の杖

「これであなたも一人前の魔法使い! 魔法の杖!」


 急にテンションを上げたアカツキが黒いマントを羽織り、高々と細い棒を掲げた。虚空から何かを取り出しているのは見ていたが、何故アルに棒を勧める話し方なのか分からない。

 ブランも首を傾げて口をポカンと開けている。アカツキについていけていないのはアルだけではなかったようだ。


「魔法の杖……?」


 それは、あれだろうか。魔法が苦手な子どもが使うおもちゃ。時々空想の物語でも出てくる不思議な棒。アルの知識の中で思い当たるのはそれしかない。


「あらかじめ設定された魔法なら、キーワード一つで発動できるんですよ! 杖の振り方にコツがいるんで、訓練が必要なんですけどね!」


 アルたちの様子に頓着せず、アカツキが嬉々とした様子で語る。どうやら、アルが知る魔法の杖とは違うようだとは分かったが、何故そんな小道具を使って魔法を発動するのか、利点を聞いてもいまいち理解できない。


「それは、アカツキさんが独自で作った魔道具なんですか?」

「魔道具って言っていいのか分かんないっす……。俺、魔力の使い方とか分からないんで、ダンジョン能力で宝箱に入れる用の武器を検索したら、これが出てきたんです。これを見た瞬間の、湧き立つ思い……マント羽織って杖振るの、心が躍りますよね」


 アカツキが杖を矯めつ眇めつ眺めながら、感慨深げに呟く。どうやらこれもダンジョンの特殊な能力の産物らしいと、アルは理解を諦めた。

 だって、どう見てもただの木の枝にしか見えないのだ。どこかに魔法陣が刻まれているわけでもなく、魔石が埋め込まれているわけでもない。


「どんなことができるのか見せてもらっても?」


 原理を理解できないとは言え、その物自体に興味が湧かないわけではない。アカツキが後ろ足で立った時の背丈ほどの長さの棒をどう扱うのか気になってもいた。明らかに長すぎだと思うのだが。


「もちろんです!」


 魔法を使うなら外で実演してもらうべきかと立ち上がろうとしたアルを、アカツキが押し留めた。どうやら、それほど大規模な魔法を使うつもりはないらしい。


「じゃあ、お試しで、まずこれを」


 アカツキが虚空から取り出したのは、アルの拳ほどの大きさの石だ。それをテーブルの上に載せ、少し距離をとる。


『……こいつ、何をするつもりだ?』

「なんだろうねぇ」


 ブランと顔を見合わせて首を傾げる。とりあえず今は見守るしかないのだが、実演の前に何をするのか説明を求めるべきだっただろうか。


「いきます。――浮遊レビテーション!」


 キリッと真剣な顔つきで石を見据えたアカツキが、魔法の杖を小脇に抱え槍のように持ったかと思うと、杖の先を複雑に動かした。あまりに細かい動きだったが、その先から零れ落ちる魔力の流れに、アルは目を細める。魔法陣に似た雰囲気で魔力が流れているように感じられた。


「ほら! いけてるでしょう⁉」


 魔法の杖の先にばかり注意を向けていたアルは、アカツキの誇らしげな声を受けて視線を移す。テーブルの上に、石が浮いていた。


「……うん。まあ、そうですね」


 なんと言えばいいのか分からない。石は確かに浮いている。だが、それが一体何になるのか、と思わずアカツキを問い詰めたくなるのも仕方ないと思う。


『石を浮かせてどうすると言うんだ』


 ブランが呆れかえった口調で呟いた。アルの内心を読んだような言葉だった。


「うぐっ……こ、これを、こうすると――」


 おや? と思う。さっきアカツキにブランが直接声を掛けたときも驚いたのだが、どうやらブランはこれからちゃんとアカツキと話をすることに決めたらしい。

 二人の間で意思疎通が図れていないのは時々不便だったから、その変化は大いに助かる。アカツキが自力で戦いの術を身に着けようとしていることを評価して態度を変えたのだろうか。

 そんなことを考えて微笑んでいたアルの前で、石がノロノロと空中を移動した。どうやら杖の動きに合わせて動いているらしい。

 ブランが大きなため息をついた。アルも苦笑してアカツキを見守る。


「……浮遊はここまでにしましょう」


 石がテーブルにゆっくりと落とされたのを合図に、アカツキがアルたちから視線を逸らしつつ、空中に手を突っ込んだ。どうやら、違う魔法もあるらしい。


「その黒のマントは何か意味があるんですか?」


 準備を待つ間に紅茶でも飲もうかと、冷めた物を捨て淹れ直しながら聞く。わざわざ羽織ったので、姿隠しの布のような効果がある物だろうかと予想していたのだが、アカツキからは暫く沈黙が返ってきた。


「……なんとなく?」

「は?」

『意味が分からん。寒さ対策でも何か攻撃を防ぐためでもないのか?』


 ブランが愕然としたように口を開ける。その口を閉じてやりながら、アルはアカツキをフォローする言葉を考えて……諦めた。


「魔法の杖を使うなら、黒のマントが必要だと思って縫ったんですよ~。めっちゃ時間かかりました! あ、空間魔法の魔力が籠められた布を使ったので、もしかしたら防御力はあるかも……?」


 作り手のくせに疑問形なのはどうなのかと思うが、アルが鑑定眼で確認した結果でも、高い魔法防御力があることが分かったので頷く。ただし、鑑定眼が『非常にド下手な作りです。端からほつれていく可能性が高いので、定期的なメンテナンスを推奨します』と教えてくれたのは、伝えるべきか否か。


「マントはこの際おいといて、魔法ですよ、魔法!」


 そう言ったアカツキが今度は何やら魔石を取り出す。それをテーブルに置き、再び少し距離をとった。先ほどと違う動きで魔法の杖を動かしながら、キーワードを言い放つ。


「――魔物創生クリエイト!」


 魔法の杖から放たれた魔力が魔石に当たる。一瞬のうちに、スライムが生まれていた。テーブルの上でプルプルと震えている。


「ほらほら、イイ感じでしょ⁉ 魔石があれば、ダンジョン内じゃなくても魔物を創り出せるんですよ!」

「……確かに、飛竜とかを出せるのなら、強力ですね」

『ほう。確かに使えるな。つまり、アカツキの代わりに戦う魔物を生み出せるということだろう?』


 思わずアルもブランも感嘆した。ダンジョンが元々魔物を生み出す能力を持っていたからこそできることなのだろうが、魔石から魔物を生まれさせるなんて、考えてもみなかったことだ。


「これ、仕舞うこともできるんですか?」


 怯えているようにも見えるスライムにチョコレートを差し出しながら聞く。スライムは躊躇いがちに取り込んだかと思うと、まん丸くなったり角ばったりと不思議な形態変化をした後アルの手にすり寄ってきた。溶かしてくる気配はない。どうやら懐かれたようだ。スライムは餌付けに弱いというのが普通なのだろうか。


「待って、俺の魔物、めっちゃ餌付けされてるじゃん。俺がマスターなのに……」


 何故か項垂れるアカツキをつつく。質問に答えて欲しい。


「……仕舞うことでしたっけ? 一度魔石にすればできますよ。レベル、アルさん的に言うと強さはそのまま魔石に記録されますし。人格というか、魔物の個性が保持されるかは分かりませんけど」


 アルは無言でスライムを見下ろした。一度死ななくては出入りできないなんて、魔物とは言え少し可哀想に思える。


「こいつは俺の移動手段として連れ歩きますかね?」


 アルの思いを察したのか、杖の先でスライムを叩いていたアカツキが提案してきた。スライムが触手を伸ばしてアカツキを襲おうとしているように見えるのだが、ちゃんと制御できているのだろうか。


「……じゃあ、そうしましょうか。スライムがどれだけ速く動けるかは疑問なんですが、僕の肩にいられても困りますしね。二人とも乗ってきたら肩こりになりそう」

『うむ。アルの肩は我のものだからな』

「は?」

『む?』


 無言でブランと見つめ合う。

 アカツキはスライムに吞み込まれた魔法の杖を必死に取り返そうとしていたようだった。まあ死にはしないだろうから気にしない。

 それよりもブランが問題だ。以前もこのやりとりをした気がしなくもないけど。


「いつから、僕の肩はブランのものになったの」

『初めからだぞ?』

「……あまりにも堂々としすぎじゃない?」

『我が自分の権利を主張するのに臆する必要はなかろう』


 ブランとの間に認識の違いがあることを確認した。どう考えてもアルの肩はアル自身のものなのに。納得できないのはアルが悪いのだろうか。


「ふにゃー! 俺の杖!」


 アカツキの叫びが部屋に響いた。

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