第138話 魅力のご紹介

「魔族たちの行先に向かうには、精霊が管理する試練をクリアしないといけないらしいわ」

「なんと、精霊ですか。おとぎ話のような存在が、この北の魔の森にいると?」


 ヒツジの面倒くささが滲んだ台詞に、ソフィアが僅かに拗ねた表情になる。

 アルは、ヒツジの思いの方に共感していたので、秘かに苦笑した。


「ええ。リアム様はお会いになったことがあるそうよ。なんでも、精霊が課す試練とは、不可思議な空間を通り抜けることらしいの。しかも、そこには古代魔法大国時代の失われた魔法技術が残されているのですって」

「残されている時点で失われていない――」

「ヒツジ?」


 ヒツジがソフィアの言葉の揚げ足を取ると、即座に咎められていた。どうやら台本にはない台詞だったらしい。


 それにしても、古代魔法大国時代の失われた魔法技術とは非常に興味深い。以前ソフィアと話したときに、いかにその時代の魔法技術が優れていたか、と魔法陣の美しさを中心に盛り上がったことがあった。

 アルも知識としていくらかはその時代の魔法技術について学んでいるが、今の時代まで残されている文献や遺跡が少なく、謎に包まれている部分が多いのだ。


 ただ、一つ疑問に思うことがある。

 異次元回廊は、その入り口を管理するフォリオでさえ、その内部がどういうものか知らなかったはずだ。リアムが何故これほどまでに詳細にソフィアに語ることができたのか分からない。

 今までの話の全てがリアムによる創作である可能性もあるのだ。


「――魔法技術だけじゃなくて、見たことも聞いたこともないような美味しい物も溢れているそうよ」

『旨い物だと⁉』


 気を取り直して続けたソフィアの言葉に、ブランが見事に反応した。

 目を輝かせて、勢いよく尻尾を振っている。いつものことだが、ブランの価値観は美味しい物に重きを置きすぎだ。

 半眼で見つめるアルに気づいた途端、気まずげに顔を反らして下手な鼻歌を奏でるくらいには、食べ物につられやすい自覚があるらしい。


「見たことも聞いたこともない美味しい物ですか。そういえば、祖先からの話にもありましたね。魔族は豊かな食文化を持ち、舌の肥えた者が多かったのだ、と」

「この国の料理も、元々は魔族から伝わった物が多いものね」


 この国の料理は、魔族から伝わった物が多い。

 アルはその言葉を反芻して、思考に沈んだ。


 アカツキにこの国特有の料理を振る舞った時、彼はそれを【チュウカ料理】と呼んだ。明らかに、その料理を知っている様子だった。

 その後、街で食べる物を探した時も、屋台等で提供されている料理に一切疑問を抱かず、食べる前からどういう料理か知っているようだった。


 そこから、アルはアカツキが実はドラグーン大公国出身者なのではと考えたこともあったのだが、アカツキが執心していたミソスープなどの料理はこの国にはなく、どこか違和感が拭えなかったのだ。

 本人が言う【異なる世界】出身というよりも、この考えの方がアルは納得しやすいのだが、その可能性は低かった。


 そして、フォリオを通じて知った、魔族から教えられたというソース【マヨネーズ】。それをアカツキはアルが詳しく話す前から知っていた。


「つまり、アカツキさんは――」


 料理の知識、それだけでアカツキの正体の核心に迫ったと考えるのは早計だろう。だが、一つの可能性として、十分考慮に値するはずだ。

 自分が何者か知らずに、たった一人ダンジョンで過ごしてきたアカツキ。ダンジョンに閉じ込められる前は一体どこで、何をしていたのか。そして、何故ダンジョンに一人でいることになったのか。

 アカツキのみならず、アルもそれは気になっていることだった。


「私も、一度その試練を受けてみたいわ……」

「絶対にやめてくださいね? 姫様がそんな場に赴かれるなんて、あってはならないことですから」

「でも、魔法の真髄を研究する者としては――」

「ひ・め・さ・ま?」


 ソフィアはどうやら古代魔法大国の失われた魔法技術を学びに行きたいらしい。だが、その望みは当然のごとくヒツジに退けられていた。


「ソフィア様がお望みでしたら、私が行ってまいりましょうか?」

「メイリン、なんということを言うのです! いかに空間魔法を操れる貴女であろうと、帰って来れるかも分からない場所に、気軽に行こうとするなんて……!」


 メイリンを即座に咎めたヒツジの言葉は台詞ではなく、本気だった。

 アルはメイリンに驚きを込めた眼差しを送る。

 ダンジョンという特殊な環境なくして、空間魔法を操れる者に会ったのは初めてだった。


「貴女の空間魔法、ギルドの訓練室を強化・拡張するのに使わせてもらったけれど、確か転移魔法は使えないんじゃなかったかしら?」

「はい。残念ながら私にはその素養が無く。ですが、ソフィア様の望みでしたら、何があっても帰ってくる自信はあります」


 根拠のない断言には、流石にソフィアも苦笑して首を横に振った。どうやら、付き従う者を危険に晒してまで望みを貫くつもりはないようだ。


 それにしても、あのギルドの訓練室をダンジョンに似た空間に感じたのは間違いではなかったのだと知れて良かった。まさか、ダンジョンの能力なくして空間魔法をそのように使えるとは思っていなかったが、頑張ればアルにもできるのだろうか。

 首を傾げつつ真剣に検討するアルを見て、ブランがため息をついていた。


「ヒツジは空間魔法は使えなかったのよね?」

「……はい。既に魔族の血は薄まっておりますから、魔族が得意とした空間魔法ですが、私は使えないようです」

「え……?」


 ヒツジの言葉にアルは目を見開いて、思わず疑問の声を上げてしまった。ちらりとソフィアから視線が向けられる。


 空間魔法の一種である転移魔法は、アルが得意としている魔法である。それを使える者が少ないことは広く知られていたが、魔族が空間魔法を得意としていたという情報は初めて聞いた。

 魔族自体が一般的に知られた存在ではないとはいえ驚きだ。


「――まあ、とにかく、私は心の底から試練を受けに行きたいと思っているのだけど、どうにも行けそうになくて残念なの。アルさんはどう思われる?」


 久しぶりにソフィアから言葉を向けられた。どうやら、独り言という体裁は終了したらしい。


「……結局、ソフィア様は何故そのような話を僕にしたのですか? 僕に試練を受けに行ってほしいと依頼するためなのでしょうか?」

「あら、私のはただの独り言よ」


 おっとりと微笑んだソフィアが言葉を続ける。


「――ただ、貴方が今この国に居続けると、際限なくグリンデル国の追手、ひいては悪魔族の手先がこの国にやって来ることになるから……ちょっとお出かけしてみない? という提案よ」

「なるほど。……ご迷惑をお掛けしてすみません。ですが、グリンデル国が僕を追っていることは分かっていたのですが、何故その糸を引いているのが悪魔族だと? 僕は悪魔族とは何の関係もないはずですが」


 ソフィアの言い様では、アルを国に連れ帰るのを指示しているのが悪魔族だと言っているように聞こえた。

 アルの問いに僅かに考え込んだソフィアがヒツジに手を伸ばす。それを無言で見つめたヒツジがため息をつきながら何かを取り出した。


「これは、悪魔族がよく使う魔道具よ。魔道具と言いたくないくらい悍ましい物だけれど」


 ソフィアを経由して渡されたのは、独特な形に削られた魔石だった。それに刻まれた魔法陣を、アルは以前目にしたことがある。


「――使役の魔法陣……」

「あら、ご覧になったことがあったの?」


 目を見開いて驚くソフィアや僅かに警戒を示したヒツジとメイリンに、アルはその魔道具を見た状況を説明することになった。

 といっても、たいして語れるほどのことはなかったのだが。

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