第139話 決意の宣誓

「――グリンデル国内で魔物に、ね……」


 アルの報告を聞いたソフィアが不思議そうに首を傾げる。ヒツジもメイリンも同様に何かを疑問に思っているようだ。


「それは十中八九悪魔族によるものだとは思うけれど、意図が読めないわね。もしかして、グリンデル国内において、悪魔族に反発する者がいるのかしら」

「わざわざ支配している国内を混乱させる理由が他にありませんしね」


 ソフィアとヒツジが言っていることの意味が分からない。

 アルの表情で疑問を抱いていることに気づいたのか、ソフィアが苦笑して説明を始めた。


「そもそも、この使役の魔道具は、人に対して使われているの。悪魔族が国を支配するための常とう手段ね」

「王族などに使って、上層部から国を操っているということですね」

「ええ。だけど、それを魔物に使って、しかも近くの集落を襲うように指示しているというなら……それは、誰かに対する脅迫と受け取れるわね」

「脅迫?」


 ソフィアの言葉が上手く呑み込めない。


「悪魔族に従わなければ、国民の命が危険に晒される。――国を大事に思う相手には効果的な脅迫の手段よね」


 自身が国を大事に思う者だからか、ソフィアの表情が苦く歪められる。


「そういえば、あの国の王女は、他の王族とは少し様子が異なるようでしたね。捕まえた騎士たちが言うには、王や王妃は人が変わったような振る舞いだが、王女は一貫して変わらない、と」

「もしかしたら、使役の魔法が効かなかったのかもしれないわね」


 王女、か。

 アルはその言葉を反芻して苦笑した。幼い時から知っている人物だったが、親しみは欠片も無く、今考えても分かり合えない感覚の持ち主だった。


「そもそも、悪魔族は何を目的に国を支配しているのですか?」

「ああ、その話をしようとしていたんだったわ」


 アルが話を本題に戻すと、ソフィアが肩をすくめて笑った。


「悪魔族の目的はただ一つ。――この世界の破壊よ。彼らは、魔力の存在を許せないの」


 ソフィアの言葉は、重い響きを伴ってアルに届いた。




 ***




「――ほぅ……難しいお話をしてきたんですね?」


 食べていたチョコレートクッキーを飲み込んだアカツキが、疲れたように呟いた。ついで、「俺の理解を超えている……」とぼやきながら、ホットチョコレート――チョコレートをホットミルクで溶いたもの――をがぶ飲みしている。

 アルも頭を酷使した疲労感から甘味を求めていて、ブランが独占しようとしている皿からナッツチョコレートを奪い取った。

 ソフィアとの話の後、試練に赴くかという問いに答えぬまま家に帰ってきた。どうやらそこまで急いでアルにこの国を立ち去ってほしいわけではないようだった。


『我のチョコレート!』

「ブランだけに用意した物じゃないからね? というか、アカツキさんにもあげなさい」

「わぁーい! それ食べたかったんですー!」


 離れていく皿を名残惜しげに見つめるブランと大歓迎でチョコレートを口に入れるアカツキを見ながら、アルはソフィアとの話を振り返る。


 悪魔族の目的は世界の破壊。それは魔力を憎んでいるからだという。

 彼ら自身が魔法を使っているらしいのに何を言っているのかと思わないでもないが、悪魔族は世界が魔力で成り立っていることに嫌悪感を抱いているらしいのだ。

 それがどうして国の支配に繋がるかと言うと、精霊の存在が理由のようだ。


 悪魔族が世界から魔力を無くす活動をすると、それは必ず精霊が阻止する。そうして世界は長い年月の間守られてきた。


 だが、どうやら精霊は人間に直接害を及ぼせないという掟に縛られているらしい。その掟を逆手に取った悪魔族は、世界の破壊活動を人間を隠れ蓑にして行うようになった。

 それが、悪魔族が王族を使役して国を支配するようになった理由だ。


「こう考えてみると、マギ国が開発したという魔砲弾兵器って、悪魔族の破壊活動の一環だったんだって、納得できるかも」


 発動することで、一帯の魔力を消失させる魔道具。

 アルはそれの発動のために奪われる人の命を重視して考えていたが、悪魔族からしたら、この世界の一部であっても魔力がない環境を生み出すということの方を重視していたのかもしれない。


「でも、悪魔族の考えって矛盾に満ちているなぁ。結局、何をどうしたいのか分からないや」


 魔力のない世界にするための手段が、魔力を使った魔道具。その矛盾に、悪魔族は気づかないのだろうか。

 魔力がなければ全ての物は存在しえない。悪魔族もその法則からは逃げられないはずだ。悪魔族の行いは、遠回しに自殺しようとしている風に感じられた。


「しかも、魔力をたくさん持つ僕の存在自体が、悪魔族にとっては嫌悪するモノ? 自分たちを棚に上げて、よくそんなこと言えるよなぁ」


 ソフィアから伝えられた内容を思い出し、考えるほどに憤懣が募ってくる。

 アルが悪魔族に一体何をしたというのか。生まれ持って魔力が多かっただけで、なぜ命を狙われなければならないのか。

 悪魔族自身も高い魔力を持つ存在らしいのに、矛盾に満ちた考え方をするものだと、ため息しかでない。


「アルさん、お疲れですねぇ」

『うむ、甘い物を食え』


 アカツキがせっせと小皿に取り分けたチョコレートやクッキーを、ブランが鼻先で押してアルに勧めてくる。

 美味しい物を独占したがるブランが気を遣うくらい、アルは疲れた顔をしているようだ。


「……ありがと」


 苦笑してクッキーを摘まんだ。そして、食べながら思考を切り替える。

 いつまでも、ここにいない存在のことで頭を悩ますのは非生産的だ。それよりも、アルは考えるべきことがあるだろう。


「――異次元回廊、か」

『なんだ、行くのか?』


 アルの呟きに、ブランが期待を込めた眼差しで答える。

 フォリオに話を聞いた時は行くことに消極的だったはずなのに、凄い手の平返しだ。どうせ、ソフィアに聞いた美味しい物という言葉に惹かれているのだろうけど。


「気にはなるよね。だって、古代魔法大国の失われた魔法技術だよ?」

『そこについては、我は魅力が分からんが、アルが興味を持つことを、あの娘はよく理解しているものだと感心してはいる』


 呆れの色の濃い眼差しを送られた。ブランに同意してもらえないことは分かっていたから、アルは軽く肩をすくめる。


「――その先には、魔族がいるんですよね」


 アカツキが躊躇いがちに呟いたので、アルはそっとその様子を見守った。

 魔族がドラグーン大公国に齎した食文化についてアカツキにも教えた。ただ黙ってそれを聞いていたアカツキが何を考えていたかは分からない。だが、どこかショックを受けたように固まっていたのには気づいていた。


「もしかしたら、魔族は……」


 アカツキの言葉が途切れる。

 魔族という存在をどう考えるか非常に難しい。この世界の創生に関わるくらい昔から存在しているらしいことは分かっているが、物語などで語られていることの多くは悪魔族の非道である。

 ヒツジから、魔族から分かれた一派が悪魔族だということは教えられたし、魔族は善良な者が多かったとも聞いたが、どうしても印象は悪魔族の方が強いのだ。


 アルはアカツキがどう感じているのか知りたかった。


「――俺、魔族に会ってみたいです」


 真っ直ぐな眼差しがアルに向けられた。苦みもある口調から、アカツキがその言葉に込めた決意が強く伝わってきた。


「アカツキさんと、本当に関係している存在かは分かりませんよ?」

「それでも、いいんです。俺と直接関係はなくても、魔族はどこかで俺がいた世界と関わりを持っていた気がするから。――俺は、俺の世界について知りたい」


 アルはその決意を受け止めて、頷いた。

 元々、アルは異次元回廊とその先について興味を抱いていたのだ。ついでにアカツキの望みに付き合っても、何の問題もない。

 視界の端にブランが尻尾を揺らすのが映る。どこか楽しげに口元が歪められていて、アカツキの決意はブランにもしっかりと伝わり好意的に受け止められているのだと分かった。


『未知の試練を与える場に赴くには、お前はどう考えても足手まといだな』

「ブラン!」


 わざとらしく蔑むように言うブランを即座に咎める。アカツキには聞こえていないとはいえ――。


「俺はもう足手まといじゃありません! ここ最近、ずっと特訓していたんですから!」


 アカツキが胸を張って宣言する。どうやら、ブランはわざわざアカツキに自分の思念を届けたようだ。


「特訓、ですか」


 そして、ここ最近アカツキがダンジョンに戻ってしていたことが、アルの足手まといにならないための特訓らしいと知れて安心した。

 領域支配装置の二の舞はなかったのだ。

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