第133話 凝り性の結果

「んふっふ~、創りましたよ、できましたよ、カカオとピスタチオ! 加工お願いします!」


 アカツキが帰ってきたのは、アルが新たな魔道具を作ろうとしていた時だった。差し迫って必要な物があるわけではないが、魔道具に使う新たな魔法陣を作ることが楽しくてしている。いわば趣味だ。


「随分早い出来上がりですね。いくらダンジョンでも、作物はそんなに早く育つものじゃなかったと思うんですが?」


 手に持っていたペンを置いて、アカツキに向き合う。虚空から白い布で包んだ物を取り出していたアカツキが不思議そうに目を瞬かせた。


「あれ、伝えてませんでした?」

「何をですか?」

「アルさんがダンジョンに暫く滞在してくれて、その後お友達も連れて来てくれたでしょう? それで、どうもダンジョンのレベルが上がったみたいなんですよねぇ」


 アカツキがテーブルの上に物を載せながら呟く。その言葉の意味はよく分からない部分もあったが、どうやらダンジョンでできることが増えた、ということらしい。


「一部の植物を選択して生長スピードを上げることができるようになったんですよ」

「それは……便利ですね」


 そう言うしかない。ダンジョンとは、ダンジョンマスターが望む能力を増やす機能でもあるのかと思うくらい、アカツキに合った能力だ。


「そして、これが、カカオ(もどき)とピスタチオ(もどき)です!」

「カカオとピスタチオ……」


 名称の後に余計な言葉も付属していた気がするが、アルはそれを無視して鑑定眼を使った。

 テーブルに置かれたのは手のひら大の茶色い実と親指の先くらいの緑色の実である。アカツキは豆と言っていた気がするのだが、とてもそうは見えない。


「ピスタチオの実とチョコレートの実……? カカオじゃないんですね」


 鑑定眼で見えた名称を呟くと、アカツキが視線を逸らした。アルが説明を読み込んでいる間に、ぼそぼそと何かを呟いている。


「実物を詳しく知らなかったんで、ショウユの実とかみたいに創ればいいんじゃね? って思い至った結果、これが出来上がったんです……。使い方が、まるで分からない!」

「……思いの外、簡単そうですよ」

「え?」


 アカツキから最初未知の名称を聞かされた時はどうなることやらと思ったのだが、アカツキ自身それがどういう物かという知識が定かでなかったために、アルにとっては幸いな物が出来上がっていた。

 鑑定眼で見えた内容は、本来のチョコレート作りという、カカオがないこの世界では使いようもない知識を披露しながら、チョコレートの実によるチョコレート作りが如何に簡単かという主張だった。

 簡単にチョコレートを作れるようにチョコレートの実を創ってやったぞと言いたげな内容で複雑な気持ちになる。アカツキのダンジョン能力とアルの鑑定眼の能力が連動しているようなのも不思議だ。


「この作り方だったら、最初から魔道具を作って作業した方が簡単そうですね」

「おお! まさか、こんなにとんとん拍子でいけるとは!」


 アカツキが大袈裟な驚嘆を示すが、アルも内心は同じ気持ちだった。あまりにアルたちに都合が良すぎる気がする。

 だが、そんなことを考えていても仕方がないので、アルはピスタチオペーストとチョコレートを作成する魔道具と、ついでに氷菓作成魔道具を作ることにした。





『大漁大漁。アル、魚を焼く準備はできてるかぁ!』

「おかえり、ブラン」

「あ、おかえりなさーい」


 ブランがアイテムバッグを抱えて帰ってきた頃には、調理台には多種多様な甘味が並んでいた。と言っても、冷やす必要がある物はすぐに保冷庫に入れているので、並べられているのは本日の成果の一部だが。


『……やけに大量だな。今日は甘味食べ放題か?』

「そんなわけないでしょ。今、アイテムバッグに仕舞ってるの」


 試作したピスタチオペーストとチョコレートを試食したアルは、そのあまりの美味しさに感動して、それらを応用した甘味を作りすぎてしまった。作ることを要望していたアカツキさえ、作業を見守りながら呆れた表情になるほどの勢いだったのは反省すべき点である。

 だが、午後の時間を甘味作りに費やし、納得ができる物がたくさんできてアルは満足だった。


「昼に氷菓を食べたし、夜はケーキをデザートにするね」

『うむ。どれも旨そうだから構わんぞ』


 アイテムバッグに仕舞われていく甘味の数々を名残惜し気に見つめながらブランが頷いた。


「アカツキさんに、外で炭の準備をしてもらっているから、川魚はそこで焼こう」

「バーベキューですね! 魚だけじゃなくて、肉と野菜も欲しいです!」

『それはいいな! アル、肉も必要だ!』

「……分かったよ」


 甘味を仕舞い終えたアルは、あらかじめ用意していた肉や野菜を持って外に向かった。こうなるだろうと元々予想していたのだ。




 川魚を遠火で熱しながら、網で肉や野菜を焼く。

 焼けた順からアカツキとブランの皿に載せ、合間で自分の口にも運んだが、二人の食べるスピードが速すぎてなかなか忙しない。


「一旦休憩! 僕も食事に集中する!」


 新たな肉と野菜を網に並べたところで宣言すると、皿の上に盛られた物をすごい勢いで食べていた二人のスピードが緩んだ。食べ切っても追加を待たなければならないと察したらしい。

 それを横目で見ながら、アルも川魚を口に運ぶ。振った粗塩の塩梅が天才的だ、と自画自賛してしまうくらい美味しかった。もちろん、程よい脂がのった川魚自体が美味しいというのもあるのだが、やはりシンプルな料理はその調味料の量が非常に重要である。

 パリッとする皮目にふっくらジューシーな身。嚙むごとに溢れる魚本来の旨味。非常に美味しい。


『……もう、肉焼けているんじゃないか?』

「肉、良さそうですね……」


 明言されずとも二人が望んでいることはよく分かる。焼けた魚を自分で手に取って食べているのだから、それを食べ終えるまで待てばいいのに。それくらいの時間じゃ肉は焦げない。そう思いつつも、魚を摑む反対の手で肉を野菜と共に盛ってやった。


『旨いな!』

「美味しいですねぇ。この、バーベキューしている感じが、一足先に夏を味わっているようで、なんだか幸せです」


 アルにとっては外で食事をするのはさして特別な事ではないが、アカツキにとっては少し感慨深い事のようだ。

 暫く賑やかな食事を続け、用意した物が全て食べ尽くされたところで、アルはにこやかにデザートを取り出した。


「さて、お待ちかねのデザートです!」

『珍しくテンションが高いな』

「いえーい、どんどんぱふぱふ!」


 出来に自信があるが故に、意気揚々とデザートを配るアルに、ブランは少し驚いたように目を見張っていた。アカツキは意味の分からないことを叫んだだけだったが。ビールを飲みすぎて酔っぱらっているのだろうか。だから、食事の途中で、体の大きさを考えて飲めと注意したというのに。


『……こ、これは、なんだ⁉ 見た目は苦そうなのに、濃厚な甘みだ! しっとり滑らかで、くちどけがいいな!』

「チョコレートクリームとピスタチオムースを挟んだチョコケーキだよ。生地にもチョコレートを使って、上からもかけているんだ。クリームでコーティングしても良いかと思ったんだけど、それだと甘すぎる気がして」


 艶やかな黒色の表面とは違い、断面は茶色と白っぽい茶色、ピスタチオの緑色が層になっている。表面のチョコレートは甘み控えめにした。


「……チョコレートを作ってくれと頼んだ俺が言うことじゃないかもしれませんが、アルさん凝り性がすぎますよね。なんでたった数時間でパティシエ級の物を作り上げちゃってんですか! 料理才能マイナスの俺を馬鹿にしてます⁉」

「なんで怒っているんですか……」


 アカツキがよく分からないノリで怒りだしたのでケーキを取り上げようかと手を伸ばしたら、盛大に泣き喚いて拒否された。その勢いが凄すぎて少し身を引く。酔っ払いは面倒くさいとため息をもれた。

 口に入れたチョコレートの美味しさに、そんな複雑な思いもどこかへ消え去ったが。


「うん、完璧。美味しいな」


 会心の出来にアルは無意識に微笑んでいた。

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