第134話 唯一苦手なこと
畑での収穫作業や料理の作り置き、魔道具作りなど、日々を自由気ままに過ごしながら今後について考えていたら、あっという間に冒険者ギルドのランクアップ試験の日になった。
『森を出るのは久々だな』
「そうだね。……面倒くさい人たちに見つからないといいけど」
ここ最近、食って寝てを繰り返していたブランが、グイッと伸びをしながら呟く。
ランクアップ試験を受けるのはアルなので、ブランが体をほぐす必要はない気がするが、怠けすぎた反動か動きに納得がいかないようだ。念入りに手足を動かしながら首を傾げていた。
アルはそれを見ながらため息をつく。何度も「もっと動いたら?」と提案したのに聞き入れなかったブランが悪いと思う。
「ランクアップ試験の後はお姫様と会うんですよね?」
「ええ。ギルドから変更を伝えられなければ予定通りに会ってきますよ」
「ふ~ん。……一体どんなお話なんでしょうねぇ」
ブランの動きを目で追いながらソファで寛いでいるアカツキは、今日もアルとは別行動の予定である。ここ暫くダンジョンに帰っては何かをしているようなのだが、そろそろその内容を聞くべきだろうか。領域支配装置の二の舞だけはお断りだ。
「アカツキさん――」
「あ! そうだ、ご報告することがあるんでした! ここ最近の成果がやっと出て来たんです。アルさんが帰ってきてからお見せしますね!」
アルの呼びかけに被さるように、アカツキが嬉々とした様子で言う。アルはゆっくり瞬きをしてから微笑んだ。聞くまでもなく、報告してくれるようだ。どんな内容かまだ分からないが、一応の心構えをして楽しみに待っていようと思う。
「分かりました。じゃあ、行ってきますね」
「いってらっしゃい!」
ブンブンと腕を振るアカツキに苦笑しながら、ブランが肩に跳び乗ってきたのを合図に転移魔法を発動させた。
***
アカツキに貰った姿隠しのマントの中でアルは苦い顔で歩いていた。というのも、転移の印を置くために借りたままだった宿の女将に、長らく出歩かなかったことを不審に思われていたことを知ったからだ。
「……深く考えなくても当然だよね」
『もっと早くに気づくべきだったな』
周囲に覚られないほどの小声で呟くアルに、ブランの呆れ混じりの声が突き刺さる。
あらかじめ宿を借りている間は部屋に立ち入らないよう女将に頼んでいたのだが、あまりにアルたちが出てこないので、何か怪しげなことをしているのではと非常に危険視され、今日顔を合わせた瞬間に宿泊延長をお断りされてしまったのだ。
アルは粛々とその申し出を受け入れた。今後街に来るときの新たな転移場所を考えなくてはならない。
「ソフィア様との話し合い如何では、転移場所自体が必要なくなるかもしれないけど……」
『この国の飯は気に入っているが、もっと別のところの旨いもんを探すのも良いな!』
ブランが嬉々とした様子で提案する。ブランにとって美味しい食べ物が一番の判断材料らしい。アルも美味しい料理は好きだが、それだけのためには生きられない。
「さて、そろそろマントを取ろう」
ギルド近くの路地でマントを脱ぎ、周囲からの不審な視線がないか確認してギルドに入った。
ギルド内はそれなりの数の冒険者で賑わっていた。遅めの仕事に取り掛かる者たちが依頼を吟味しているらしい。
幸いなことに、カウンターには人が並んでいなかったので、アルは混雑した依頼板を横目に真っ直ぐ進んだ。
「おはようございます。……ああ、本日のランクアップ試験の受験者ですね。試験は地下の訓練室で行われます。試験官もすぐに行くと思いますので、そちらでお待ちになってください」
「分かりました。ありがとうございます」
冒険者証を差し出してすぐに試験の案内をされた。アル以外にも受験者はいるはずだが、職員全員に周知してあるらしく、非常にスムーズな流れだった。
『ここは地下に訓練室があったのか。……魔法で試験を受けなくて、良かったな?』
「流石の僕だって、訓練室を壊すようなことはしないよ?」
『その制御ができると思っているのか?』
心底不思議そうに言われて、アルは憮然とした。魔法の威力制御に不安があったから剣術での試験を希望したのは確かだが、そこまで言われるのは大変不本意である。少なくとも、森の一部を焼き払ったブランには言われたくない。
なんと抗議すべきか考えながら階段を下りていたら、広い空間に出た。地下とは思えないほど高い天井に煌々と明かりが灯り、床には人工的な障害物が設置された本格的な訓練場だ。
「……結構凄い技術を使ってる気がする」
『うぅむ。……何か違和感があるな』
興味津々で天井や壁を観察するアルに対し、ブランは首を傾げて思案気だった。
ブランが何を言いたいのか分からず、アルも首を傾げながら周囲を見渡す。
「他の受験者はいないね」
『そうだな。……あ、この空間、アカツキの所と似ているのか!』
「え?」
不意に声を大きくしたブランに驚き、アルは目を見開いた。
アカツキの所とはダンジョンのことだ。この訓練室がダンジョンと似ているとはどういうことだろう。そう思ってすぐにアルもブランが言いたいことに気づいた。
「――空間魔法の魔力がある?」
『うむ。そんな感じがするぞ』
思わずブランと顔を見合わせた。その時、不意に背後から人の気配がして振り返る。
「おっと。そんなに警戒しないでくれよ」
アルたちが瞬時に身構えたのに気づいたのか、階段から現れた男が両手を挙げてひらひらと振る。
「えっと、同じ受験生ですか?」
Cランクの試験に挑む冒険者には見えないが、一応聞いてみた。男が苦笑してポケットから何かを取り出す。試験官証と書かれたプレートだった。
「いや、試験官のマルクスだ。冒険者もやっていて、ギルドランクはA。来た順に試験をすることになってるからさっさと済まそうぜ」
「なるほど……よろしくお願いします」
『ふ~ん、Aランクか。レイと同じだな』
マルクスの後に続いて訓練室の中央に向かう。剣術で試験を行う予定だが、木剣等はなくていいのだろうか。ブランも一緒にいるままだし、試験について詳しく聞きたい。
「ここの訓練室は、魔法や衝撃に強い作りになっている。国一番の魔法技術者が作った物らしい。……噂に聞く限りじゃ、そいつについての説明をお前にする必要はないだろうが」
ソフィアが作った訓練室だったようだ。彼女はこんな魔法技術も作り上げていたのかと感嘆しながら周囲を見渡す。確かに、魔法や物理干渉を妨げる結界のようなものを感じる。なかなか維持費がかかりそうな施設だ。
「よし。まずは試験の説明だ。意図的に詳しい内容は受験者に知らせていないはずだから、今聞いて理解してくれ」
「はい」
『我はどこにいたらいいのだ?』
首を傾げるブランの頭を撫でる。その疑問も恐らくマルクスが解消してくれるだろう。
「試験は剣術を基本に行う。だが、冒険者はあらゆる手段を用いて依頼を達成するのが仕事だ。対応力も判断したいから、その他の戦い方を併用してくれて構わない」
「……最初から、前提が崩れていますね」
わざわざ試験の方法を選ばせたのは何故だったのか。アルは苦笑しながら指摘した。マルクスも苦笑しているので、同じことを疑問に思ったことがあるのだろう。
「冒険者の資質を見るためだな。剣術での試験を行うと言われていたら、それだけに心血を注いで特訓し、他の技術を疎かにするような奴もいるんだ。そういう奴は、資質が足りないと判断される。……お前はそんなことがなさそうで良かったぞ」
そう言いつつ肩を竦めるマルクスの様子を見て、彼がアルの実力をいくらか正確に読み取っているのだと悟った。これまでのギルドでの実績は特筆すべきものではないはずだが何故だろうか。
「そもそも、魔物暴走鎮圧の功績があるらしいから、Cランクでもまだ低いと思うんだがなぁ」
「あ、そういえばそんなこともありましたね……」
「おい、魔物暴走を鎮圧するのって、そんな簡単に扱っていいもんじゃねぇからな?」
呆れ混じりの忠告をもらってしまった。既に遠い過去のように頭から抜け落ちていたが、確かにDランクで魔物暴走時に活躍したという功績は実力を証明するのに十分だろう。もしかしたらそれも加味されて、ランクアップ試験を受けられるようになったのかもしれない。
「――まあ、つまり、お前たちは全力で俺に挑んでくれればいいってだけ……だっ!」
「っ……なるほど、実戦形式というものですか」
突然振られた剣にアルは驚きながらもすぐに避けた。試験開始の合図さえない実戦形式の試験というのが、Cランクに上がるためのルールのようだ。
「訓練室が壊れないようにだけ気をつけてくれよ!」
「……分かっていますよ」
どうやら本当にアルの能力は大分正確に把握されているらしい。
マルクスに注意を受けて、アルは思わず顔を歪めた。振るわれる剣とアルが構えた剣が硬質な音を立ててぶつかる。
一瞬動きが止まった隙にブランが床に下り立った。
『お前たち、とわざわざ呼びかけたくらいだ。従魔扱いされている我も参戦するべきなのだろう?』
「……ブラン、ほどほどにね? 森狐ってこと忘れないでね?」
『森狐だと装うべきなのは分かっている。……森狐って、どの程度のことができるのだ?』
少々不服そうな言葉の後、今更な疑問が飛び出してきた。確かにその設定を詳しく考えたことはこれまでなかったかもしれない。
「……訓練室、大丈夫かな。マルクスさん、危険を感じたら、一目散に逃げてくださいね?」
「一体、何をするつもりだ⁉」
剣でぶつかりながら、思わず憐憫の表情でマルクスに忠告すると、盛大に引き攣った顔で叫ばれた。
大丈夫。死にはしない。……だけど、今までため込んでいた薬が活躍するときが来たかもしれない。
アルは無言で微笑み頷く。それを見たマルクスの表情がさらに歪み、少し引け腰になったように見えた。
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