第130話 精霊式クッキング

 渋々とフォリオが食材を手に外へ向かった。室内には調理場が見当たらないので、普段から外で調理しているようだ。

 アルはブランを抱えてその後について行きながら、フォリオが持つ籠を覗いた。おかしな食材が入っていないことは分かっていたが、随分と偏った種類なので、何を作るつもりなのか非常に気になる。特に肉のたぐいがないことが一番不思議だ。


「精霊は普段何を食べているのですか?」

「基本は魔力があれば食べ物はあまり必要ない。時々植物や卵、乳製品の類は食べるが、娯楽の一環だな」


 何気なく質問すると衝撃の返答があった。精霊は魔力で生きているらしい。それは生物と言えるのか疑問である。思わずフォリオの後ろ姿を凝視してしまった。


『……余計に精霊の飯に期待できなくなったではないか』

「ブランは、少しくらい精霊の性質をもらったらいいと思う」

『嫌だ! 飯の楽しみは生きる喜びだぞ!』


 嫌そうに呟くブランに、アルは真剣に告げた。精霊の性質を分けてもらえたら、ブランの食い意地も少しは改善される気がする。

 だが、ブランが即座に放った拒否の言葉も一理あるので、フォリオに頼み込むつもりはない。頼み込んだところで性質を分けるなんてことは無理だろうし、馬鹿にされるようなことはしたくない。


 調理場らしき場所に着くと、フォリオが腕を組んで首を傾げた。


「ふむ。この食材だと、私たちの伝統的メニューしか作れぬのだが……」

「ぜひ精霊の伝統的メニューを味わってみたいです!」

「そうか……? 美味な菓子を作るアルに気に入ってもらえるかは分からんが。よし、作ろうか。妖精、用意しろ」

『はいはい。イモよ』

『チーズよ』


 精霊の伝統的メニューと聞いて目を輝かせたアルに、フォリオはまんざらでもないようで、微笑みを浮かべつつ妖精に指示を出した。

 妖精が籠から取り出したイモとチーズをポイッと空中に投げると、フォリオが軽く指を振る。すると、妖精が用意した器に落ちてきたのは、見事に細く千切りされたイモとチーズだった。


「……とてつもなく、魔力の無駄」

『うむ……。まあ、アルと比べたら、天と地くらい魔力制御能力は優れているな』

「僕、別にああいう使い方はできなくてもいいかな……」


 ブランの言い草はなかなか失礼だが事実である。そして、魔力で食材を切ることがアルにとって魔力の無駄遣いに思えるのも事実だった。

 包丁などの刃物がなく、食材をどう切るのか秘かに疑問に思っていたのだが、フォリオの行動は本当に予想外だ。

 呆然と調理を見守るアルたちをよそに、フォリオと妖精は慣れた様子で作業を続けていた。


「コショウはこれくらいだったか?」

『もうちょっと!』

『もう一振り!』

「……分かっているなら、お前たちがやってくれ」


 妖精に指示されたフォリオが憮然とした面持ちでイモとチーズにコショウを振る。それを妖精が混ぜ合わせている間に、フォリオは平鍋を火にかけ、オイルを垂らしていた。


『投入よ』

『ギュギュッとね』

「……うるさいなぁ」


 平鍋に入れられたイモとチーズが、何かで押されたように平らにされていく。どうやらこれにも魔力を使っているようだ。

 遠火で熱する平鍋の監視を妖精に任せたフォリオが、深鍋と卵を手に取る。


「あ、水も魔法なんだね」

『そうだな。これは時々アルもするか』

「うん、やっぱり便利だし」


 深鍋を水で満たすと、それも火にかけられた。沸いたところで何か液体が入れられる。


「今入れたのは何ですか?」

「ビネガーだ。これを入れると卵の形が崩れにくくなる」


 フォリオが教えてくれるが、言っていることの意味がよく分からない。一歩近づいて、作業を観察した。

 ビネガーを入れた湯に向かってフォリオが指を振ると、深鍋の中に渦が生まれた。その中心に卵が割り入れられる。くるくると白身が黄身に綺麗に纏わりつき、丸いゆで卵ができた。殻ごと茹でるより短い時間でできていい気がする。


「うん、良い具合だ」


 フォリオが満足げに頷いたところで妖精から声がかけられた。物臭な仕草で指が振られると平鍋が宙を舞い、中身が綺麗にひっくり返される。

 それくらい自分の手でしたらどうかと思うのはアルだけだろうか。ブランも半眼で見ているから、きっと同じ思いだと思う。


「後は野菜を切るぞ」


 そう言ったフォリオは、籠に積まれていた葉物野菜を一口大に切り、皿に盛りだした。その上にゆで卵が載せられ、白いとろみのある液体がかけられる。その後に振りかけられたのは粉チーズだと思うのだが、謎の液体が不気味だ。


『……変な匂いはしないな』

「う~ん……さっきのビネガーっぽい匂いがするかも?」

『ああ、確かに酸味があるな』


 籠に戻された容器を手に取り匂いを嗅いでブランと分析していると、フォリオが楽しげに笑い声をあげた。


「アルは随分料理に興味があるようだ。好奇心は向上心につながる。素晴らしきかな」

『それなら答えを教えてあげたらいいじゃない』

『それはマヨネーズというのよ。卵とビネガーとレモン汁、オイルと塩を混ぜた物なの』

「なるほど……。なかなか美味しそうですね」

『昔、魔族から教えてもらった物よ』

「え……?」

『彼ら、元気かしらねぇ』


 妖精が懐かしげに呟くが、アルはそれよりも【魔族】という言葉が頭に引っかかっていた。悪魔族ととても似ている言葉だが、偶然だろうか。

 聞き返したくても、妖精たちの会話は既に違う話題になっていて、フォリオに視線を向けても酷く曖昧な微笑みで無言のうちに回答を拒否されるだけだった。


『魔族……? 我はそんな者聞いたことがないが。悪魔族とは違うのか?』

「似ているよね」


 アルたちの言葉が聞こえているのかいないのか、フォリオたちは料理の仕上げに取り掛かっていた。

 平鍋でしっかり熱せられていた物が切り分けられ皿に盛られる。


「今日は天気も良いし、外で食べるか」


 そう呟いたフォリオが指を振ると、部屋の中にあったテーブルと椅子が飛んできた。どこまで魔力頼りなのだろうと少し呆れる。

 各自の前に皿が置かれて、夕食が始まった。


「イモとチーズのガレットとポーチドエッグサラダだ。おかわりはあるから、たくさん食べてくれ」


 そう言うフォリオの背後では、平鍋と深鍋が火にかけられたままで、食材が宙に浮いては投入されている。見えなくても魔力で操って作業できるらしい。アルでは到底できない凄技なのだが、素直に褒められないのは、どうしても物臭に感じてしまうからだろう。


『おお! 旨い! ガレットと言ったか? チーズの塩味とコショウが効いてるぞ』

「うん、美味しいね。シンプルだしアレンジしても良さそう。ベーコンとか肉類を入れたら味にもっと深みがでるだろうな」

『肉! 今作っているやつに入れてこい!』

「えー、それはさすがに失礼だよ……」


 料理に肉類が使われず、どこか不服そうな表情をしているブランに苦笑する。

 アルたちの会話を聞いていたフォリオが首を傾げて手を伸ばしてきた。向けられた手のひらを凝視するとクイッと指が曲げられる。


「肉類は食わないから持ち合わせがないのだ。入れるならば出してくれ」

「え……じゃあ、お願いします」


 ブランのせいで余計な手間をかけてしまって申し訳なく思い、僅かに身を竦めると、アルが取り出したベーコンの塊を手に取ったフォリオが微かに笑った。

 細切れになったベーコンがイモやチーズと混ぜられて平鍋に詰められる。


「気にしないでくれ。たいした手間ではない」

『あら、アルに良いように思われたいのね』

『いつもは料理をめんどくさがるのに、カッコつけちゃって』


 妖精が揶揄うように囀ると、フォリオが一気に渋面になった。


「……そう思っているなら、わざわざ指摘するな」

『お! このポーチドエッグというのも旨いぞ! 半熟の黄身が実に濃厚だ』

「ブラン……野菜も食べなよ」


 フォリオの様子を全く気にせず食べ進めていたブランが歓喜の声を上げるので、アルの口元が引き攣る。この狐は食べることを優先させ過ぎである。

 なんと返すべきが迷ったアルは、野菜だけ綺麗に残されているブランの皿に追加のポーチドエッグが載せられるのを阻止した。野菜を食べるまで、おかわり禁止だ。


『何をする⁉』

「好き嫌いは駄目。はい、口を開けて」


 垂れた黄身で黄色くなっているブランの口に、フォークで刺した野菜を突っ込む。実に嫌そうな顔で咀嚼せずに飲み込むので、思わず苦笑してしまった。そんなに野菜を食べるのは嫌か。


「野菜、美味なんだがなぁ」


 精霊にとっては主食にも近い野菜を拒否するブランを見て、フォリオが少し寂しげにぽつりと呟いた。

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