第128話 おっちょこちょい

「私がアルたちを追い払おうとした理由か……」


 フォリオの目がスッと逸らされた。そのまま言葉が続かないのでアルが首を傾げると、ミルクを楽しんでいた妖精が呆れたようにフォリオをつつきだした。


『さらっと言った方が良いと思うわ』

『ただの管理ミスだって』

「管理ミス?」


 妖精の言葉を反芻し、アルは顔を引き攣らせた。

 つまり、本来アルを待つためにこの場に居座っていたのに、侵入者を排除する仕組みを作った際に、それを考慮し忘れていたということだろうか。それ故、敷かれた迷い結界に何らかの形で条件づけることもしなかったと。

 そう考えると、アルがここまでやって来れたことは奇跡に近い。もし魔物を倒す実力を持っていなかったら、フォリオに会う前に呆気なく死んでいただろうから。

 いや、それすらも先読みの乙女が予知していたのだろうか。アルの実力さえも昔から分かっていたというのか。


「まあ、その、なんだ。……実は、使命を受けてここに来たのは二十年近く前でな。ここに拠点を作り、精霊銀を売るために旅立つ際、留守を守るために結界の機能を強化したんだ。どうも、その時に、精霊銀を持つ者を招く機能を排除してしまったみたいでな……」

「そのまま今日こんにちまで至ったということですね?」

「……そうだ」

『こいつは馬鹿か?』


 ブランが心底呆れたと言わんばかりの口調で言い放つ。アルはそれを否定できず、ただ苦笑した。

 反省した様子で項垂れていたフォリオも無言でその批判を受け入れていた。


「では、なぜ急に僕らを受け入れようと決めたんですか?」

「それはもちろん、お前が精霊銀の剣を持っていることに気づいたからだ」

『気づくのが遅すぎる!』


 一転して堂々と胸を張り答えたフォリオはすぐにブランに叩かれた。確かに気づくのが遅すぎる。境界近くで精霊銀の剣を何度も使っていた筈なのに。


「あの不可視の魔物も、侵入者撃退用の魔物なのですか?」


 精霊が魔物を操れるとは知らなかったが、そもそもアルにとっては未だおとぎ話の中の存在という印象が強い。何ができても不思議ではないと思っていた。


「魔物? いや、あれは厳密にいえば魔物ではない。精霊の眷属だ。妖精の仲間だな」

「妖精の仲間⁉ え、倒しちゃったんですけど」


 楽しげにフォリオの髪で遊んでいる妖精に視線を向けると、おっとりとした笑みを返された。


『仲間と言っても、共に精霊に従っているというだけよ』

『そうそう。私たちが日ごろ精霊の魔力を調整する役目を負っているのと同じように、あれらは侵入者を撃退するという役目があるだけ』

「眷属という立場は同じでも、それほど仲間意識はないということですね?」

『ええ。だって、あれらはあまり意思もないし』

『精霊の意思を読み取って行動することしかできないのよねぇ』


 どうやら、妖精たちから見たら、仲間というより魔道具のような扱いらしい。フォリオもそれに頷いているので、侵入者迎撃システムの一部という位置づけのようだ。


「あれは精霊の力を受けた植物が元になった物だ。私たちはプランティネルと呼んでいる。森の中での隠密性が高く、魔力があれば動き続けられるから、便利なのだ」

「あの隠密性は凄いですよね。どういう仕組みなのですか?」

「うぅむ、仕組みか……。感覚で作っているからな……」


 暫く腕を組んで考え込んでいたフォリオが不意に立ち上がった。そのまま歩き出す姿を疑問に満ちた目で見ていたアルたちに、何かを企んだようにニヤリと笑いかける。


「興味があるなら作るところを見せてやろう。大したもてなしもできなかったし、ちょうど補充する必要があったからな」


 フォリオとアルの目がブランに向けられた。その視線を受けて、ブランが気まずげに頭を搔いている。

 補充する必要があるのは、確実にブランのせいだ。何せ盛大に燃やし尽くしてくれたので。


『……嗾けてきた奴の方が悪いと思うぞ』

「確かに」


 今度はアルとブランの目がフォリオに向けられた。その視線を避けるように、フォリオが外に歩き出て空元気な声を上げる。


「さて、楽しい補充の時間だぞ!」

『ちょっとは反省するべきだと思うわ』

『こんな可愛い子たちに気づかず、倒そうとしたんだものね』


 口々に妖精に責められるフォリオが、何故だか小さく見えた。



 ***



 家になっている大木からほど近くにアルの背丈ほどの木があった。その傍らで立ち止まったフォリオを、アルたちは少し離れたところから観察する。


「魔物みたいなものを作るって、改めて考えると凄いよね。アカツキさんのダンジョン能力みたいなものかな?」

『我の分身とは違いそうだ』

「ああ、そんな能力もあったんだったね」

『そんなとか言うな! 我の能力も凄いんだぞ⁉』


 肩に乗っているブランに怒られた。ちょっとうっかり忘れていただけなのに。


「……賑やかでいいが、ちゃんと見ているのか?」

「すみません!」


 呆れた声が聞こえて慌ててフォリオの方を見ると、既に木に手を翳して魔力を注いでいるようだった。焼けた植物たちの再生を促進させた時とは、その魔力の質が違う気がする。何らかの指向性を持っているようだ。


「この木には私の魔力を定期的に注いで、存在の改変を受け入れる性質を作ってある。その後、こんな感じで、魔力を注ぐと――」


 フォリオが説明する声に合わせて、魔力が注がれている木に変化が起きた。枝が不自然に揺らめき、根が地面から這い出してくる。


『……気持ち悪いな』

「虫とか蛇に似た感じの動きだね」


 その変化を眺めていると、暫くしてフォリオが魔力を注ぐのを止めた。プランティネルが出来上がったのだろうか。


「よし、姿を消してみろ」


 命令を受けたプランティネルが、端から消えていく。それと同時に魔力も気配も捉え難くなっていった。元々が木であったので、気配が森にある普通の木とより同化することで読み取りにくくなっているようだ。


「姿を消すのはどういうことだろう……」

『アカツキが持っていたマントとは違う原理に見えるな?』


 目の前で見ているのに、その原理が分からない。攻撃される心配はないとフォリオから保証されたので、アルはプランティネルに近寄って調べてみた。


「感触はある」

『匂いは木のままだから、森の中じゃ当てにならないな』

「あ、向こう側に手を翳したら、こっち側からは見えない。透過はしてないね」

『いや、時間を置いたら見えてきたぞ』

「ほんとだ……。周囲の絵を自分の周りに描きだしているのかな……?」

『うむ。それが近いかもしれん』


 話し合うアルたちの背後で、フォリオが苦笑を浮かべていた。それに気づいてすぐに冷静を取り繕う。ちょっと熱中しすぎていたのを自覚したのだ。


「ゆっくり検証してくれ。私は今のうちに数を増やしてくる」


 他の木に向かって魔力を注ぎだしたフォリオの様子も時々観察しながら、アルたちはプランティネルの検証を続けた。

 何故だか目の前にいる存在から困惑が感じられる気がするが、きっと気のせいだろう。プランティネルは明確な自律的意思を持っていないと妖精たちが言っていたのだから。



 ***



 プランティネルの検証も済んで満足したところで、アルたちはフォリオの家に戻ってきた。

 そろそろ夕食の準備が必要だなと思い、暇を告げるタイミングを考えていたら、不意に疑問が頭をよぎる。


「そういえば、何故ここで待っていたんですか? それも先読みの乙女の予知したことですか?」


 ノース国で精霊銀を売ったことは、アルの手に自然と渡すのに良い手段だったと思うが、フォリオがその近くで待っていたなら、ここまで手間はかからなかったはずだ。

 当然の疑問を呈したアルにフォリオが視線を向けた。その頬が、アルがおやつに出したパウンドケーキで膨らんでいる。


「ふぉれふぁな」

「……飲み込んでから喋りましょうね?」

「ふぉむ」


 何故相当年上だろう存在にこんな注意をしているのだろうかと真剣に疑問に思ってしまう。アルの周囲の者たちは、ブランを始めとして子供っぽい振る舞いが多い気がする。そんな振る舞いをするくらい、アルの料理に夢中になっているのだと捉えるべきだろうか。

 喉に詰まらせて苦しげなフォリオに水を差しだしながら、アルはため息をついた。


「ゴホンッ。……世話をかけてすまないな」

「いえ。それでフォリオさんがここにいた理由とは?」

「ああ、いくつか理由があるが――」


 フォリオ曰く、先読みの乙女がこの辺りで待つよう指示していたことが理由として大きいらしい。

 また、この地が普通の魔の森と違いドラゴンの管理下にあることも理由だそうだ。ここ以外の場所だと滞在の許可を得るのが難しく、礼を尽くし規則を重んじる性質の精霊は、無許可で拠点を築くことを許容できなかった、と。

 精霊が人間を好まないことから、町に滞在することは一切考えなかったようだ。その割にはアルに対して好意的な気がして、そう言われた時に首を傾げてしまった。

 その他にも些細な理由をいくつか述べられたが、一つ気になる言葉がフォリオの口から零れた。


「……【異次元回廊】?」

「そうだ。ここは異次元回廊に近く、かつ安易に拠点を築ける場所だったのだ」

「いや、その存在そのものが何かを聞いているのですが……」


 的外れな返答に苦笑すると、フォリオがきょとんと目を瞬かせた。


「説明していなかったか……?」

「してないですね」

『やっぱりこいつ、馬鹿だろう?』


 ブランが呆れるのも無理はないくらい、フォリオはどこか間の抜けた性格のようだ。どうして彼が精霊にとって重要だろう使命を受けたのか、甚だ疑問である。

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