第124話 ギルドは鬼門

 テーブルの上に数々の料理が並ぶ。

 メインは揚げた森豚や野菜に酸味のある餡を絡めた物。アカツキ曰くスブタという料理らしい。

 煮豚の細切れとネギ、コメを卵と絡めて炒めた物と野菜の上に蒸し鶏をのせたサラダ、卵スープを添えている。


「おお、酢豚うまー。チャーハンも最高です!」

「口に合ったようで良かったです」


 幸せそうに頬張るアカツキを見て微笑む。自信作ばかりだから美味しいのは当然なのだが、褒められると嬉しくなるのもまた自然なことだった。


『おかわり!』

「もうありません」


 無言で食べ進めていたブランが皿を押し出してくるので、笑顔を作って押し返す。途端に衝撃を受けたようにブランが固まった。いつでも言えば追加が出てくるとは思わないでほしいものである。

 その後、ブランが視線を向けた先にいたアカツキは、これまでの経験から学んだのか体全体を使って自分の皿をブランから隠していた。食べにくそうな体勢になっているが、横取りされないことの方が大事なのだろう。

 食事一つに必死になっている二人には苦笑を禁じ得ない。


『……それで、明日はどうするんだ?』

「どうしようかな? 結局あの魔物には出遭えなかったし、もっと奥を探索してみてもいいけど。先に街に行って依頼を達成しておく方がいいかな」


 夕方まで不審な境界線上を探索して回ったのだが、新たな発見は一つもなかった。以前いた不可視の魔物も現れず、完全に肩透かしを食らった形だ。もしかしたら、あの魔物は相当珍しいものだったのかもしれない。


「あ、街に行くなら、これ使ってください!」


 口に詰め込んだ物を必死に飲み込んだアカツキが、虚空に手を突っ込んで何かを取り出した。


「布?」

「布です。おそろい!」


 機嫌よく尻尾を振るアカツキだが、布を受け取ったアルは困惑を隠しきれない。

 アカツキに渡されたのは姿隠しの布だった。ただし、アカツキが自身に使っていた物よりも格段に大きい。

 アルはアカツキに説明を求めるより先に立ち上がって布を広げてみた。


「あ、もしかして、マントになってる?」

「そうです! しっかり縫ってきました。アルさんでも全体を覆えるくらい大きいですし、ここにファスナーがあるので風が当たっても捲れにくいんですよ!」

「ファスナー……。へぇ、面白い仕組みですね。なかなか緻密な構造だ」

『毛が絡まったら痛そうだな』


 目新しい仕組みの細工物が布の端に付けられていた。それを動かして観察していたら、一緒に布を眺めていたブランが鼻面に皺を寄せて離れていく。舞っていた抜け毛がファスナーに絡まったのを見たからのようだ。アルは苦笑しつつ絡まった毛を抜く。


「これを羽織って街に行けばいいということですか」

「そうです! ギルド内では使えないですけど、道端で変な輩に絡まれるのを防ぐには良いと思いますよ!」

「なるほど。確かにそうですね。……ギルドで待ち伏せされていなければ」


 嫌な可能性をつい口にしたら、それを聞いたブランがゆるりと尻尾を振った。


『それはないだろう。あやつらは表立って動けるような立場じゃない』

「そう言われてみればそうか」


 追手たちは冒険者を装っている雰囲気ではなかったので、いつやって来るとも分からないアルをギルド内で長時間待ち伏せることは不可能に近い。ギルドの職員に不審に思われ咎められることになるので、目立つことを忌避すべき彼らの立場を考えたら取りえない手段だろう。

 もしギルドの出入り口を見張っていたとしても、すぐに用件を済ませて姿を消せば問題ない。ギルドのある大通りで魔法攻撃を仕掛けてくることはさすがにないだろう。

 風来坊皇子カルロスも同様だ。彼がどういう立場でこの国にいるのかは分からないが、普通の宿に滞在している様子と彼が『逃避』と語っていた様子を見るに、身分を偽っているのは間違いない。たとえ彼が冒険者の身分を持っていて、アルとギルド内で会ったとしても、わざわざ近づいてくるとは思えなかった。


「じゃあ、これを使って明日は街に行こうか」

『うむ。だが、屋台には寄れんな』


 つまらなそうに呟くブランの頭を撫でる。アカツキはどうするのかと視線を向けると、短い腕を交差させるという謎のポーズをとっていた。


「俺は遠慮させてもらいますー。お店とか寄れないっぽいし。それに、俺今ちょっとやってることがあって、忙しいんですよねー」

「そうなんですか? じゃあ、明日はさっさと用事だけ済ませてきますね」


 アカツキの忙しいという言葉に若干不安を感じたが、アルは聞かなかったことにした。流石に領域支配装置の二の舞はしないだろう。きっと。

 自分に言い聞かせる度に不安が大きくなる気がしたので、適度な所でアカツキの様子を窺いに行こうと秘かに決めた。



***



 借りたままだった宿を経由して、姿を隠しギルドに向かう。姿を隠した状態で人混みに行くのは難しいとすぐに判断したので、人気のない道を使って遠回りしたため少し時間がかかってしまった。

 ギルド傍の路地で姿隠しの布を脱ぎ、急ぎ足でギルド内に入る。隠れて様子を窺うような視線は感じられなかった。ブランにも確認のために視線を向けると、無言で首を振られる。ブランでも感知できなかったようなので、ここに監視員は置いていなかったと考えても良さそうだ。


「依頼の達成を報告しに来ました」

「お預かりします」


 ギルドのカウンターが空いていたので、すぐに職員に手続きをお願いした。依頼されていた薬草と依頼書を一緒に出すと、その品質や数を調べて報酬が出される。アルからすると非常に微々たる額なのだが、それは気にしない。この依頼を受けた目的はギルドランクを上げることなのだから。


「アルさん、冒険者ランクを上げられますが、どうしますか? ランクアップ試験は直近ですと来週行われる予定です」

「あれ? まだランクアップのためのポイントには足りないと思っていたのですが」

「……国の事業に協力されたでしょう? あれがポイントとして加算されていますので」


 職員が小声で説明してくれたことに納得する。

 本来ギルドは依頼達成でしかポイントの加算を行わないのだが、国の事業への協力をギルド貢献と捉えてポイントを付けてくれていたらしい。

 職員の様子を見るに、ギルドのルールから少し外れているようだが、アルは大人しくその厚意を受け取っておくことにした。


「Cランクに上がるとなると、実技試験ですか?」

「そうですね。試験官との試合になります。アルさんは……剣技で申し込みますか? それとも、魔法ですか?」

「うーん……じゃあ剣で。来週の試験を申し込みます」


 魔法では試験官を吹っ飛ばしてしまう予感しかしない。手加減をしやすい剣の方が安全だろう。実力を測るという試験の意義には沿わないかもしれないが。

 アルと同じことを考えたのか、ニヤリと笑ったブランの頭を軽く叩いておく。どう見ても、魔法の手加減の下手さを揶揄っているようにしか見えなかったからだ。


「あ、待ってください、アルさんに指名依頼が来ています」


 用件を済ませて立ち去ろうとしたら、職員に慌てて呼び止められてしまった。何だか嫌な予感がする。ブランも落ち着かない様子で尻尾を揺らした。


「こちら、研究所のヒツジ様からのご依頼です。何でも、近日中に研究所に来てほしいのだと」

「ヒツジさんですか……」


 依頼書に目を落とすと、依頼者名は確かにヒツジとなっていたが、その背後にいるだろう人物を無視することはできない。確実にソフィアからの依頼だろう。

 今度は一体どういう用件なのだろうか。魔道具談義をしたいという程度ならいいのだが。


「一応指名依頼を断ることはできますが、この方の依頼はお受けすることをお勧めしますよ?」

『断れ、断るんだ、アル!』


 カウンターに跳び乗って、バシバシと依頼書を叩きながら訴えてくるブランは、相当ソフィアたちに反感を抱いているようだ。職員が驚いているので、慌てて回収して腕に抱いた。

 ソフィアは魔道具への愛という点においては非常に良い語り相手なのだが、その公的な立場と前回結果的に厄介事に巻き込まれた点を考えると、アルも二の足を踏む。だが、絶対に断りたいと思うほどではない。


「……ここのギルドは、僕にとって鬼門だったのかもしれない」


 結局受け取ってしまった依頼書を見て、ギルドから出たアルはため息をついた。

 鬼門とは、遠い国において不吉な場所を指す言葉らしい。子どもの頃に読んだ本に書いてあった。

 前回に引き続き今回もギルド訪問を契機に厄介事が舞い込んできたとしか思えない。アルのギルド訪問は片手で数え切れるくらいしかないので、驚くほど高確率の厄介事遭遇率である。


『だから、依頼を断れと言っただろうに』

「話を聞いてみるくらいはしてもいいでしょ。その結果次第で、この街を離れるか決める」


 不満げに顔を歪めているブランに言い切ると、頬にパンチをされた。ヒョイと肩に乗り、さらに頭を叩いてくる。さすがに叩き過ぎだと思う。

 来週、ランクアップ試験を受けた後に研究所を訪問するとギルドを通して伝えてもらっている。ヒツジたちの話がどういうものなのかは分からないが、少しずつこの街を離れる準備をした方が良さそうだ。

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