第122話 炭焼きの香り

「う~な~ぎ~、うっなぎぃを~食べよぉお~」


 アカツキが歌いながら帰ってきた。調理場から振り向いたアルに駆け寄ってくると、虚空に手を突っ込む。卵を持ってきた時のような失敗は繰り返さなかったらしい。

 現れたのは水とウナギらしきものが入った透明な袋である。アルは、ウナギよりもまず、得体の知れない素材でできた袋の方に意識が囚われた。


「なんですか、これ?」

「え、鰻ですけど?」

「いや、中身じゃなくて、この袋」


 麻袋などと同じような形だが、驚くほどの透明感と見かけによらない頑丈さがあるようだ。縛られた袋の口を触ったり引っ張ったりしつつ分析していると、アカツキがハッと息を吞んだ。


「普通にダンジョンに出してもらったけど、もしかしなくてもプラ袋とかこの世界に無い物ですね⁉」

「見たことも聞いたこともないですねぇ」


 透明な袋はプラ袋と言うらしい。ツルツルした質感で、ガラスの仲間なのかと思ったが、アカツキのたどたどしい説明によると全く別の物を原料にして作られた物のようだ。

 鑑定してみると、『長い年月をかけて生まれた液状油を分離精製し、どうにかこうにかして固めた物質に似ている物』と出てきた。

 どうにかこうにかって何だ? かつてないほど投げやりな説明文に僅かに困惑する。似ている物、と最後についている時点で、その前の説明文が全く意味を成さず、結局何も分かっていない気がするのだが。


「袋はどうだっていいんです! 欲しかったらいくらでも創ってきますから。それより、鰻ですよ、鰻!」


 アカツキがペシペシと袋を叩く。それに合わせて水面が揺れ、中に入っているウナギが慌ただしく泳いだ。


『……共食いか?』

「共食いをするんですか?」

「俺は、鰻じゃないぃ!」


 思わず似た見た目のアカツキとウナギを見比べると、憤慨した様子で喚かれた。確かにアカツキには毛があるし、長い耳も尻尾も手足もある。魚類と哺乳類という違いもある。アカツキの今の姿を、普通の動物と同じような分類をしていいものなのかどうかはともかくとして。


「揶揄うのはこれくらいにして――」

「なんで、俺を揶揄うんですか⁉」

「キリキリと、ウナドンとやらの情報を吐いてください」

「俺の抗議無視された⁉」

『うるさい』


 ブランがアカツキの頭を踏みつける。強制的に黙らされたアカツキを放って、アルは改めてウナギを鑑定した。どうやら捌き方と簡単な調理法は教えてくれるようだ。常々思うことだが、この鑑定の知識の偏り方に疑問を感じる。


「たくさんあるので、とりあえず捌きますね」

『長ひょろくて、腹いっぱいになるには量が必要そうだな』

「それは、ブランの方で加減して? コメと具沢山ミソスープで足りない分は補ってよ」

『むぅ、コメで腹を膨らませるのか……。スープは具をたくさん注いでくれ』

「分かってるよ」


 ブランと話しながら次々にウナギを捌いていたら、拘束から抜け出したアカツキに恨めし気な目で見つめられた。


「ウナドンの作り方は思い出しましたか?」

「……鰻を開いて、炭で焼くんです。タレは甘めの醤油ですかね」

「ショウユを甘くするの好きなんですね」

「もう、それが国民の味的な……」


 不満よりも食欲が勝ったらしく、大人しく説明しだすのを聞く。その作り方は鑑定で示された物と同じのようだ。

 それならば作るのは簡単だと、捌き終えたウナギに串を刺し、トレイの上に重ねていく。

 その後、ショウユやミリン、ニホンシュ、砂糖を合わせて鍋で煮詰め、タレを作った。とろみが出てきたところで火から下ろす。


「炭焼き……、炭?」

『炭なんてあったか?」


 普段の野営時は薪か魔道具で火を起こす。炭はあいにくと持ち歩いていなかった。そもそも炭を使って調理するという場面はあまりない。一般での需要がない炭は街での入手が難しいのだ。アルもわざわざ買い求めたことはない。


「フライパンで焼くのは、なんか違う……」


 アカツキが悲し気に言う。ウナギを焼くのに炭は必須の物らしい。薪で焼いてもあまり変わらない気がするが、一応アイテムバッグの中を探った。


「あ、これ、炭だ」

「炭あったんですか! やったー!」


 急にテンションが上がるアカツキを尻目に、アルはどんな表情を作ればいいのか分からなかった。訝し気な様子のブランに対し、小さく炭の正体を口にする。


「ほら、魔の森で、ブランが燃やした不可視の魔物」

『……魔物の死体でウナギを焼くのか』


 魔物であるブランからしても、それは何とも言い難いことらしい。引き攣った顔で反芻していた。

 普通に考えて、魔物の死体は燃料にならない。だが、鑑定で炭と示されているのだから、木炭のように使える可能性がある。


「鰻のかっばやきぃ」


 期待に満ちた声を上げて走り回っているアカツキには、炭の正体は伝えないことにした。


 ***


 満天の星の下。

 アルは砕いた炭に火をつけ、大量のウナギを焼いていた。ウナギの脂が炭に落ち、なかなか煙いが良い香りがする。その近くでブランとアカツキが必死に炭を扇いでいた。


『おい、まだか⁉』

「タレを付けてから、もう一回焼くよ」

『もう十分な火力あるだろ⁉ 扇ぐの止めるぞ!』

「うん、もういいかも」


 アルがそう言った瞬間に、ブランが薄い板切れを放り出し、仰向けに倒れ込む。それを見たアカツキも、真似して倒れていた。


「全然、お手軽料理じゃなかったっすね……。なんか、ごめんなさい」


 息も絶え絶えになりながら謝るアカツキを見て苦笑した。そんなこと今更気にしなくてもいいのに、なかなか律儀な性格である。

 焼き上がったウナギを串ごとタレにくぐらせてから、再び炭で熱する。ショウユが炭に落ちて、食欲が増す香ばしい薫香が広がった。


『腹減った』


 鼻をヒクヒクと動かしたブランが、腹の鳴る音を響かせながら呟く。アルもこの香りを嗅いでいたら急激に空腹を感じた。

 十分火が入ったウナギを串から外し、炊き上がったコメを盛った皿へとのせていく。コメにもかかるようにタレを追いがけして、ウナドンの出来上がりだ。アカツキが持ち込んできた粉山椒はお好みで。


「ふおおっ! 最高ですね!」


 ミソスープと共にテーブルへと運ぶと、既に準備万端で待ち構えていたアカツキが歓声を上げる。ブランは皿に口を近づけ、涎を垂らしながらアルを見上げていた。どうやらアルが着席するまでは一応待ってくれているらしい。

 苦笑しつつアルが座ったのを合図に遅めの夕食が始まった。


『おお! なんだ、この脂ののりは⁉ 旨いぞ! 炭の香りもいいな!』

「こんなに大量の鰻を一度に食べられるとか、ここは天国かな……」


 鰻を頬張ったブランとアカツキが、目尻が下がった至福の表情を浮かべている。

 アルも食べてみたが、口に入れた瞬間に広がる香ばしいショウユの味とウナギの脂の甘みに、思わず感嘆の息が零れた。山椒のピリッとした爽やかな辛みが、ともすれば重く感じかねない脂のりをさっぱりとしたものにしてくれている。

 炭焼きだからこそ、皮目のパリッとした食感と身のふっくら感を同時に味わえるのだろう。


 気づけば皿の上には何もなくなっていた。無心で食べ続けていたようだ。

 美味しすぎて食べ過ぎた感じがしたので、食後のハーブティーを用意する。消化を助ける効能があるハーブを使った物だ。

 流石にお茶菓子はいらないだろうと判断したら、ブランに何か言いたげに見つめられた。その視線が意味する要求には気づかない振りをする。


「満腹じゃー」

「美味しかったですね」

『……実に旨かった』


 口々に感想を言いながら、のんびりと過ごす。

 見上げた空に星が流れていった。


「あ、流れ星! 何かお願いしました?」

「流れ星とお願いの関係性が分からないんですけど」

「え? この世界だと、流れ星にお願いとかしないのか……。星が流れて消える前に、三回お願い事を唱えられたら、それが叶うっていうおまじないですよ」

『そんな簡単な事で願いが叶うなら、世界は滅茶苦茶になるな』


 アカツキの説明にブランが小馬鹿にしたように呟く。そう言っている間にも、空には一筋、二筋と光の尾がたなびいていた。今夜はやけに流れ星が多い。


「これだけたくさん流れていたら、一度くらいは三回唱えることもできるかもしれませんね」

「じゃあ、誰が三回唱えられるか勝負しましょう!」

『勝負か。よかろう』


 馬鹿にしていた筈のブランが思いの外乗り気であるので、アルはそっと苦笑した。ブランは単純で負けず嫌いなのだ。

 二人はどんな願い事をするのだろうかと考えながら、次の流れ星を待つ。


「……なんで来ないの⁉」

『首が疲れた』

「これは、願い事は叶わないってことでは?」


 待てど暮らせど、流れ星がやって来ない。さっきまではたくさん流れていたというのに、アルたちの思惑を察したかのような展開だった。


「えー……」

『勝負は流すか』


 アカツキが項垂れ、ブランがどうでもよさそうに呟いて欠伸をするのをよそに、アルは綺麗な星空を見上げ続けた。

 視線の先で光が瞬き、スゥッと儚い線を描く。急な展開であったため、思わず声を出さずに心の中で願い事を唱えていた。


「……さて、そろそろ湯浴みして、寝ようか」

『湯には入らん!』

「はぁい。俺、今日こっちで泊っていいです?」

「お好きにどうぞ」


 逃げ出そうとしたブランを捕まえつつ、ワクワクとした表情のアカツキににこやかに答えた。

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