第118話 不審者?

「うみゃーい!」

「……いい食べっぷりですね」

『確かにどれも旨いからな』


 アルの視線の先には、料理を口いっぱいに頬張っているアカツキとブランがいた。こう見てみると、色合いは真逆だが彼らは似た者同士だと感じる。


 表通りから外れた路地は人気もなくひっそりとしていた。街の喧騒が遠くに聞こえ、ほどよく日が差し込み、なかなか居心地がいい。


 商店が捨て置いているらしい木箱を勝手に拝借して座り、アルは手に持っていた料理を口に運んだ。

 ピリ辛の赤いソースがエビに適度に絡まり、コメが進む味である。レイクエビのピリ辛炒めというらしい。それに使われている調味料を探りながら食べるのが楽しかった。似たような味はアルでも作れそうなので、時間ができた時に試してみたい。


 ブランが食べているのは甘めのタレで煮込んだ草豚ハブピグの塊肉やナッツと風鳥フーバーのピリ辛炒めなど、見事に肉料理ばかりだった。


 アカツキは揚げ麺に野菜や魚介類いっぱいのソースがかかっている魚介あんかけ麺を食べていた。硬い部分と柔らかい部分が入り混じる揚げ麺の食感を楽しみながら、ご満悦の表情である。


 遅めの昼食を終えたところで今後の予定を確認する。アカツキの熱意に押されて屋台巡りをして腹ごしらえを優先したが、アルが欲しかった魔物の情報はまだ集まっていない。この先どうするかを考えるのは当然のことだった。


『国が情報を秘匿しているなら、ソフィアたちに聞くのも無駄か』

「そうだね。あまり国と深く関わりたくもないし」

「はーい、質問です!」


 アルとブランが思案気にしていたら、首を傾げていたアカツキが体ごと伸び上がりつつ手を挙げた。アルがどうしたかと聞くと、アカツキは腕を組んで何度か頷く。その仕草の意味は分からないが、アカツキはカッコつけているつもりらしく、心なしかキリッとした顔をしているように見えた。


「姿が見えず気配を捉えにくいっていうのは、アルさんが使っている迷いの魔法とかとは違うんですか? あれも似たような作用がありますよね?」

「……確かに、そうですね。その魔法を使う魔物というのを聞いたことがなかったので思い至りませんでしたが、いないとは限らない」

『だが、あれは相当ややこしい魔法だろう? 魔力消費量も大きい。普通の魔物が当たり前に使うというのも違和感を覚えるが』


 アカツキの言葉に頷いたアルとは対照的に、ブランは納得できないと言いたげに首を傾げている。長く生きている魔物が語る、魔物についての違和感は、軽視すべきではないだろう。アルもまた考え込んだ。


「……そもそもが、あの魔物は普通の魔物じゃないよね。基本的に魔物対策をギルドに任せている国が、わざわざ関与を禁じるくらいだし」

「なんか、それを聞くと、その魔物はお国が危険な研究をした結果生まれた化け物で、それを国が隠蔽しようとしている、みたいに聞こえるんですけど」


 アカツキの意見には思わず笑ってしまった。あまりに国を疑いすぎている意見だったからだ。まだそれほど長くこの国で過ごしたわけではないが、ある程度国の上層の人々と関わった経験から考えても、それほど悪辣なことをする国だとは思えない。

 第一、この辺りの森は神の使徒とも呼ばれるドラゴンのリアムによって管理されているはずだ。彼は人間贔屓の傾向はあるが、そうした理にもとる行いを許容する存在ではないだろう。

 一つ懸念点があるとすれば――。


「――研究所の暴走がなければいいけど、そこは流石にソフィア様……いや、ヒツジさんが阻止してるだろうな」

「羊さん? ……マトンの肉も食べたいなぁ。ダンジョン内に羊牧場作ろうかなぁ」


 脳内でヒツジが悲愴に満ちた叫び声を上げている気がして、アカツキの呟きは聞き流した。


『アル』


 不意にブランが身を低くし、警戒の声を発した。アルもすぐにブランが警戒している気配に気づく。戸惑って固まるアカツキを姿隠しの布で包み、素早くバッグに詰め込んだ。驚きの声を上げようと気にしない。

 アルたちが見つめる先、表通りに面した建物の陰に人の気配があった。背後の路地奥からも静かに近づいてくる何者かの気配を感じる。このタイミングで同時にやってきたということは、アルに用があって挟み撃ちしているのだと考えてよさそうだ。


「……僕に何か御用がおありですか」


 建物の陰に隠れている人物に声をかける。今は日が傾いてきている時間帯で、地面にはくっきりと長い影が横たわっていた。それはアルたちの様子を窺っている人物にも分かっているはずだ。わざとアルに自分の存在を教えているとしか思えない。


「ありゃ、バレてましたね~」


 ひょっこりと顔を出したのは茶髪茶目の些か軽薄そうな男だった。街中でありふれた容姿だが、草臥れたマントを纏っているのが少し気にかかる。言葉には訛りもあって、グリンデル国内、特にマギ国との国境辺りに多い話し方だ。

 背後の気配が距離をとって立ち止まったのを気にしつつ、アルは男に対して首を傾げた。いつでも逃げられるよう転移魔法を用意するのは忘れない。流石に街中で戦闘になることはないと思うが、油断はできなかった。


「隠す気がないようだったので声をかけたのですが」

「そうっすね~。ちょっと貴方とお話したくってこっそり隙を窺ってたんす~」

「はあ……、僕と? 貴方とはこれまでにお会いしたことはないと思うのですが」


 なんとなく相手の素性は分かっていたが惚けて言うと、男が苦笑した。アルたちの警戒心を重々理解しているようで、広げた両手を顔の横に掲げ、無害を主張してくる。


「アルフォンス殿、そんなにピリピリしないでくださいよ~」


 呼ばれた名前で、相手の素性はほぼ確定された。レイから追手の存在は聞いていたが、本当に出会うことになるとはあまり思っていなかった。遠地まで遥々やって来るとは、ご苦労なことである。

 希少種の薬草を発見したような物珍しさで男を眺めていたら、それを敏感に察したブランに尻尾で脚を叩かれた。油断するなと言っているようだ。


「さて、ちょっとは真面目にしないと、お堅い分隊長殿に拳骨くらうんで、まずは不審者の自己紹介からするっす~」


 アルは何も言っていないのだが、急に楽しそうに自己紹介を始めた。男の名前はジャックというらしい。グリンデル国の国民の十人に一人はその名前だ。ジャックも、八人兄弟の末っ子なんてそんな程度の名づけだと笑い混じりに語っていた。

 その後もジャックの自分語りは続き、アルはこの短時間でジャックの生まれた場所から家族の話、騎士団入団の話など、全く興味もない知識を得ることになった。


「……ジャック。無駄話をするな!」


 止めどないジャックの話に痺れを切らしたのか、アルたちの背後で隠れていた筈の人物が声をあげたので、思わず苦笑してしまった。国から派遣された騎士であるなら優秀なはずであるのに、どうにも間抜けな印象を拭えない。


「あ、今の声は分隊長のケイレブっす~。顔見せないとか、ちょっと失礼っすよね~」


 アルは返答を控えた。なんとなくそのケイレブという人は、ジャックに日頃から振り回されて苦労している気配を感じたからだ。苦労している人を故意に言葉で攻撃するほどアルの性格は腐っていない。


「そろそろ本題に入らないと分隊長が怒りまくって大変なことになるんで、いいっすか?」

「……どうぞ、ご勝手に?」

『……何しに来たのかちゃんと覚えていたんだな』


 あまり実力行使をしてくる気配がないので、アルも適度に力を抜きながら肩を竦めた。ブランは変なところで感心している。

 流石に目的を忘れるほど騎士は馬鹿じゃないだろうと言いたいが、ジャックを見ているとその考えに自信が持てなくなる。ジャックの態度が騎士としては異例であってほしい。

 もう国とは関係のない立場だと自負しているが、生まれ育った国の騎士が馬鹿っぽいというのは少し悲しい気持ちになる。


「アルフォンス殿に要請します。直ちに本国への帰還を。陛下がお待ちです」


 だが、一瞬で表情が切り替わり、冷たさすら感じる眼差しで言い放つ姿を見たら、アルの騎士に抱いた印象も一気に覆った。

 内容についてはともかく、騎士は馬鹿じゃなかったと知れて少し安堵したのは、再び警戒感を高めたブランには秘密である。


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 『森に生きる者』は3/28にWEB公開一周年を迎えます。

 日頃から応援してくださる皆様、本当にありがとうございます!

 来週から暫く、更新を週3回(火、木、土曜日)に変更する予定です。お時間があるときにお付き合いくださいませ(*'▽')

 いただいた応援コメントへの返信も今回から再開していきます。基本最新話への返信になると思いますが、よろしくお願いいたします。

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