第117話 ギルドからのお願い

『ここは相変わらず騒がしいな』

「一時制限されていた小麦も少しずつ出回りだしたし、新たな穀物として推奨されたコメの料理も評判をよんでいるみたいだね」


 アルたちはドラグーン大公国首都の街中にやってきていた。魔の森から入ってすぐの通りには屋台が建ち並び、冒険者や商売人などが集っていつも賑やかだ。


「美味しそうな香りがしますね~」


 弾んだ声でアカツキが言う。現在、アカツキは姿隠しの布で包まれ、アルが背負っているバッグから外を眺めていた。アカツキの今の姿は、連れ歩くには珍しいものなので姿を隠してもらっている。


 アカツキを街に連れてくるために、アルは街中で宿を借り、そこを一時的な転移の拠点とした。宿をとったのは、街中で転移をすると誰かに見られる可能性があるためだ。転移の魔法は使える者がほぼいない。転移の魔法が知られて注目を集めるというのは、アルの望むところではなかった。

 それでなくとも、アルは今、街でちょっとした有名人になってしまっていて、それを厭ったが故にここ最近は森に引きこもっていたのだ。多少時間をおいたところで、あまり注目度は変わらないようだったが。


「……随分見られてますね。え、俺バレてる?」

「僕が原因でしょうねぇ。国の施策の前面に担ぎ出されてしまいましたから。やっぱり暫くこの地を離れることを検討しようかな。ここの料理とかまだ見たいものはたくさんあるけど、転移でいつでも来られるわけだし」

「なにやら複雑な事情を察知……。俺、なんか気をつけた方がいいです?」

「姿を見られるのはどうとでも誤魔化せますけど、喋ってるのは知られないように気をつけてください。そんな魔物いないので」

「了解です……」


 アカツキの声が一層ひそめられた。

 アルが喋る分には従魔へと向けられているのだろうと周囲の人々は判断してくれる。だが、姿が見えず声だけの存在は不審に思われて当然だ。街中の雑踏に紛れているので今は大丈夫だが、建物内では黙ってもらうしかないだろう。


「アカツキさんが念話を覚えられるといいんですけどね」

「……覚えが悪い子でごめんなさい」

『スライムでさえ覚えられたというのにな』

「グハッ! めっちゃ刺さりました、その言葉。……スライムたちに教授してもらっておきます」


 会話を聞き流しかけて、ふと立ち止まる。肩に乗っていたブランが不審そうに顔を覗き込んできたので、両手で抱えあげた。首を傾げるブランを凝視する。


「アカツキさんと喋る気になったんだ?」

「はっ! そういえば、今の辛辣なお言葉は狐君……?」

『……間違った』


 ブランがしょんぼりと項垂れた。どうやらアカツキがあまりに近くにいた所為か、念話を送る対象を間違えただけらしい。そこまで落ち込むほど、アカツキと言葉でのやり取りをしたくないのだろうか。ブランのこだわりがよく分からない。


「狐くーん、俺ともお喋りしましょうよ~」

『うるさい』


 アルの肩に戻ったブランが、バッグからにょろっと出てきていたアカツキの顔を後ろ足で蹴り、バッグに押し込んでいた。バッグの中で暴れられるとさすがに不審に思われるのでやめてほしい。


「み、見えない。外、見せて……」

「あまり動かないでくださいよ。姿隠しの布でアカツキさん自身は見えなくなっているとは言え、バッグが動くのは分かるんですから」

「お、俺が悪いんじゃないのに……」


 そう言いつつそろりと出てきたアカツキが、アルの肩に顔を乗せる。もう片方の肩に乗っているブランが煩わしそうに尻尾を振っていた。


「姿隠しの布って面白いですよね。外からは見えず、中からだけ見えるって、原理を聞かされてもよく分からない」

「転移魔法を使えるアルさんなら分かると思ったんですけどねー」


 アカツキが創った姿隠しの布は光学迷彩と言われる物らしい。布表面の空間を歪曲させ光の進路を変更させることで、不可視化しているようだ。

 これもダンジョンの能力によって創りだした物で、ダンジョンというのは空間を操る能力が高いというのが分かる。元々ダンジョン内も異なる空間を繋ぎ合わせたり、ダンジョン内転移が使えたりと、空間魔法が活用されている部分が多かった。世間一般で言うと空間魔法はとてもマイナーなものなので、ダンジョンという存在の異質さを感じずにはいられない。


「……ごく普通に転移魔法を使っている僕が思うことではないかもしれないけど、ね」

「何がですか?」


 呟きに反応したアカツキを適当に誤魔化し、アルは目前に迫った扉に目を向ける。


「ここからはお喋り厳禁ですよ」

「……了解です。念のため、バッグに潜っておきます。俺は置物、俺は置物……」


 スルリと肩から重みが消えた。何やら自己暗示が始まったようだが、それもすぐに聞こえなくなる。

 扉を開けると中にいた者たちからの視線が刺さった。ここは冒険者ギルドなので、昼間の時間帯なら人が少ないだろうと判断していたのだが、思っていたよりたくさんいる。どうやら遠出していた冒険者の帰還と鉢合わせてしまったようだ。

 受付も混雑していたので、とりあえず依頼書を確認しに行った。魔物の情報を聞くためだけに列に並ぶのはちょっと嫌だし、受付の人も迷惑だろう。


『随分とここでも見られてるな』

「狐型の魔物を従魔にしてるって知れ渡っちゃってるんだろうね」

『……我がバレる原因か』

「まあ気にしないで。絡まれるわけでもないんだから」


 視線は鬱陶しいが無視できないほどではない。

 依頼書が並ぶコーナーでも物珍しげに眺められたが、他の冒険者たちが声を掛けてくることもなく、何やら距離をはかりかねているようだ。


「うーん、ちょうど良い依頼がないかな」

『こんな依頼を受けても大した金にならんだろう? 狩った魔物の素材を売りさばけばいいじゃないか』

「こんなに視線を受けている中で更に目立つのはなぁ」


 見た目にそぐわない成果を上げているのは自覚している。アイテムバッグには稀少な魔物の素材もたくさんあるが、この状況でそれを買い取りに出せば、より注目度が高まるのは分かりきっていた。


「僕、冒険者としてのランクも高くないしね」

『……ああ、人間はランクで実力を判断するんだったか。ここまで実力とランクが一致していない人間もそうそういないだろうな』


 アルが注目されているのは、冒険者としての実力というより、魔道具作りの能力だったり、国の有力者との繋がりだったり、冒険者としては少し異質な部分だ。


「あ、これとか良いね」

『薬草集め? 地味な物を選んだな』

「この薬草、結構奥地にあるから常に在庫が不足気味らしいね。需要はあるからその分高くで買い取ってもらえるし」


 ランク制限なしで出されている依頼だが、高位冒険者が受けるには報酬が低いし、低位冒険者が受けるには危険度が高い。それ故にあまり人気がない依頼のようだ。

 近くでアルたちの様子を窺っていた冒険者が、正気を疑うと言いたげな顔をしていることからも、この依頼の受注率の悪さが理解できる。


「ま、慈善事業みたいなものだよね。その分、ギルドへの貢献値として、ランク上げ用のポイントは多めにもらえるみたいだし」

『確かに、良い依頼を受けるためには、まずランクを上げるのも必要だな』


 ブランにも納得してもらえたところで、依頼書を手に受付に行く。バッグでちょっと身動ぎしているアカツキにはもう少しだけ我慢していてもらいたい。

 ちょうど受付の列が途切れたところだったので、依頼の受注手続きを職員にお願いした。


「こちら、街の近くでは採れない薬草ですが、大丈夫ですか?」

「この薬草が採れる辺りにも何度か行ったことがあるので大丈夫です」


 アルのギルド証に書かれたランクを確認した職員が、念押しするように聞いてきたので軽く返す。これは規則上の決まり文句だったのか、職員が更に追求してくることはなく、無事に依頼を受けられた。


「最近、この薬草が採れる辺りより奥に行って、姿を見せずに攻撃してくる魔物と出会ったんですが、ギルドに何か情報がありますか?」


 さりげなく聞いてみると、職員が一瞬顔を強ばらせた。何やら情報を持っているらしい。だが、言うべきか悩んでいるようだ。周囲に視線を走らせた後、カウンターの下から何やら取り出した。小さめな紙が数枚束ねられたもののようだ。


「……ギルドではそのような情報は確認しておりません。危険度がはかれないので、その辺りには立ち入らないことをお勧めします」

「……分かりました。僕も余計な危険は冒したくないですから、気をつけます」


 カウンターにのせられた紙束をさりげなく懐に仕舞う。ギルドにとって幸いなことに、このやり取りに注目している冒険者は、アルが把握している限りではいないようだった。

 職員とのやり取りを終えた後は、何食わぬ顔でギルドを出て、のんびりと散策しつつ人気のない方へと進んだ。

 ギルドからだいぶ離れた脇道に入ったところで、周囲に他の気配がないのを確認する。そこでようやく、職員に渡された紙を取り出した。


『……一体なんだ?』

「面白いねぇ」



 一番上に書かれているのは、情報の取り扱いに関する注意だ。この紙を渡された場合は、人のいないところで内容を確認するようにと促され、その上で書かれていることの口外を禁じると強い語調で書かれている。破った場合はギルドからの除名処分もあり得るというのだから、この情報の重要度が分かるというものだ。


「国からの秘匿要請事項に該当、ね……」

『また国の面倒ごとか?』

「どうだろう。この紙に書かれている通りだと、国は内緒にしたいけど、ギルドは秘密裏にそれを知りたいって感じじゃないかな」


 ギルドは国の権力から一定の距離をとっている。国からの要請に唯々諾々と従うことはないのだ。それを考えてこの警告文を読み解き他の紙も確認すると、実はこれが依頼書であることが分かる。


「国が何か重要なものを隠しているから、数多のギルド員の安全保証のために、実力がある冒険者に調査依頼をしているってことだね」

『ふーん。つまり、姿が見えない魔物の危険度を、ギルドは把握したいってことか』

「たぶんここを拠点にしてる高位の冒険者にも同様の依頼をしているんだろうね」


 ブランと顔を見合わせる。


『やはり面倒ごとじゃないか』

「でも、街での注目から逃れるのには、良い依頼ではあるよね」

『……一理ある、が』


 納得しがたいと言いたげなブランの頭を撫でる。


「とりあえず、またあの魔物に出会うことがあったら、その時にギルドに報告するか考えよう」

『あの魔物の棲息域に行くのは決定事項なのか……』

「え、行かないつもりだったの?」

『……結局、あの魔物の情報を一つも得られていないんだぞ? 厄介な事情があるらしいと分かっただけだ』

「そうだね……。どの辺までなら出会さないのかを調べておいた方が、今後の探索を楽にできると思ったんだけど」

『む。そう言われればそうだな。あの魔物の棲息域を詳しく調査すれば、そこを避けられるようになって、無駄な警戒心を抱かなくてすむのか』

「でしょ?」


 ブランにも納得してもらえたところで、何かを忘れている気がして首を傾げる。


「……アルさぁん、もう喋って大丈夫ですかぁ」

「あ、そうだ。アカツキさんだ。どうぞ、ここなら出てきても大丈夫ですよ」


 バッグがもぞりと動いて、固まった体をぎこちなく動かすアカツキが出てきた。


「置物になるって、こんなに苦行だったんですね……。用事が終わってから転移で連れて来てもらえばよかった……」


 アカツキの愚痴を聞いて、アルもちょっと納得して頷いた。ギルドの訪問にアカツキが要らなかったのは確かにその通りだ。

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