第116話 楽しい夕食
ブランに騎乗しての魔物狩りでは酷い目にあった。ブランの体に自分を固定するための、風の魔力を操る技術が格段に向上した気がする。
駆け抜け様に倒された牛型の魔物ミッタウロを解体して、肉を調理場に運び入れながら、アルは大きなため息をついてしまった。
「今日は楽しいすっき焼き~、っ……ウグッ」
アルの心情とは真逆に、アカツキの暢気な歌が聞こえてきた。それに気づいて振り向くと、大きな布で包まれた塊が視界に入る。アカツキが転移してきたと思ったのに、その姿が見えない。
近づいてみると、布の下から黒い尻尾が生えてビタビタと床を打ち付けていた。無言で布を持ち上げる。潰されていたアカツキの涙目と目が合った。
「……転移したら獣の姿なの忘れてた~! でも、中身は俺を犠牲に死守しましたよ!」
グッと小さな拳を突き上げられる。布の中身を確認してみると、白鶏の卵と野菜がゴロゴロと詰め込まれていた。
「……お疲れさまでした。これからすき焼き作りますね」
「いぇっさー!」
卵はアイテムバッグにたくさん入っているのだが、その指摘をするのはやめた。アカツキの献身が可哀想すぎるので。
「すき焼きのもうちょっと詳しいレシピはないんですか?」
「レ、レシピ……。お高いお店の紹介番組では、肉に砂糖と醤油をかけて焼いていたような……?」
「え、鍋って言うんだから、煮込むんじゃないんですか?」
それでは甘口ショウユタレで肉を炒めているだけではないだろうか。
肉をスライスする手を止め、カウンターに上ってアルの調理を眺めていたアカツキを見やる。動揺したようにあちこちに視線を向けて、最終的に自分の頭をポカポカと叩き出したので慌てて止めた。
「はっ、思い出した! それは肉の味を最初に楽しむための方法! 基本は、ワリシタ……とかいうもので、煮込んでいたはず!」
「ワリシタ、とは?」
「え……。とにかく、甘い醤油のタレです! 砂糖メガ盛り!」
「……なかなか贅沢な食べ物なんですね」
「ご馳走ですからね! 幸せの味です」
砂糖はなかなか高い調味料なのだが。同じ甘味のある調味料ということで、ミリンを多めに使ってみようか。これはアカツキのダンジョン製なので、頼めばいつでも持ってきてもらえそうだ。原料からミリンにするにはアルの手間が必要だが、それほど大変な作業ではない。
ニホンシュというものもアカツキにもらっていたんだった。白ワインよりこの料理には調和するかもしれない。これも少し甘味がある酒だしちょうどいい。
「みりんに日本酒……、なんで?」
「肉を煮込むときは酒も入れると、肉が柔らかくなるし、臭み消しにもいいんですよ」
「ほえー、色んな技術があるんですねぇ」
ミリンにニホンシュを入れ、一度加熱して煮立たせる。余分なアルコール臭を飛ばすのだ。その後、火を止めてショウユと砂糖を入れ、再び温める。砂糖が溶けたところで味見をしてみた。
「こんなものかな」
「俺! 俺も味見しますよ!」
手どころか体ごと伸びて主張するアカツキにも、ワリシタをすくったスプーンを向ける。舌で舐めとったアカツキが、グニャリと横に体を曲げた。どうでもいいが、凄い柔軟性である。ちょっと気持ち悪い。
「俺、ワリシタだけで食べたことない……。そうだ、肉を焼いて入れてみましょう!」
「後からでも調整できるから、今はこのままにしておきます」
「閃いた!」と言いたげに体を起こしたアカツキが、煌めく眼差しで肉の塊を指差して提案してくるのを、アルは笑顔で却下した。ブラン二号はいらない。これはもちろん、食い意地という意味で、である。
「後は肉と野菜を切って軽く焼いておくだけなので、アカツキさんはブランを起こしてきてもらえますか? 向こうの部屋で寝ているので」
「それ、寝起きの機嫌の悪さで、俺が殺される展開では……?」
「大丈夫です。ご飯ができたと言えば、すんなり起きるはずです」
「え、ほんとかな? 嘘じゃない? 狐君、俺に当たりが強いんだよ」とぼやきつつ軽やかに駆けていく後ろ姿に、アルは「……たぶん、ね」と聞こえないだろう呟きを溢した。二人には少しずつ仲良くなってほしいものである。ブランはなかなか強敵だと思うけど。
最後の肉をスライスし終わったところで聞こえてきた、「フギャーッ!!」という叫び声には全力で耳を塞いだ。まだまだ二人の関係は前途多難のようだった。
***
「ふへー、そんにゃことが、あっちゃんすにぇー」
「口に食べ物が入ったまま喋るのは行儀が悪いですよ」
「はい、ママー」
クツクツと煮たって良い匂いがする鍋を囲んでの夕食の一時。
今日の魔の森での出来事をアカツキに語ると、肉を頬張りながら間抜けな声で返答された。しかも何故か母親認定されている。微妙な気持ちになって、アカツキの皿に取り分けようとしていた肉をブランの皿にいれてやった。
『この肉、柔らかくて旨いな! 甘いショウユタレが卵でマイルドになって、更に旨いぞ!』
「確かに、卵を絡めるの美味しいね。贅沢な食べ物だけど、定期的に食べるメニューにするのも良いかも」
「……アル様、わたくしめにも、肉を……、肉をお恵みください……」
「あれ? まだお皿に野菜が残っていますよ?」
「き、鬼畜……。すき焼きは肉を楽しむものじゃないですかー! 異論は認める! けど、野菜オンリーはやだー!」
『うるさい』
喚いていたアカツキにブランのパンチが一撃。アカツキは机の上に倒れ伏し、零れていた水に手を伸ばした。震える指で『に……く……』と書いて力尽きる。ブランに叩かれることに慣れが感じられるようになってきた。ある意味、コミュニケーションが成立している気がする。
アルはその茶番にため息をつき、アカツキの皿に肉をいれてやった。それを薄目で見て確認し、機敏に起き上がってきたアカツキに、アルの疲労感は更に深まる。
「あざーっす!」
「回復が早い」
『もっと力を入れたら良かったか?』
アルとブランの冷たい視線も何のその。アカツキは幸せそうに肉を頬張っていた。
「あ、俺、街に安全に行く方法を思いついたんですけど!」
食後のカットフルーツ盛りとハーブティーを机に並べたところで、アカツキが爛々とした眼差しで語りだした。
「僕の転移魔法ですか?」
「……なんで俺が言う前に、あっさり答えてしまうんです!? 俺の数時間の努力……」
「アカツキさんがどうしても街に行きたいなら、元々その提案をしようと思っていたので」
「アルさんは優しさで溢れた人ですね!」
あからさまなゴマすり、やめてほしい。白けた目を向けると、アカツキが慌てたように空中に手を突っ込んだ。……突っ込んだって、どういうこと?
「ジャジャジャジャーン! これであなたも透明人間。姿隠しの……布!」
「布」
「ぬ、布なんです。マントじゃないし、シーツでもないし……。これは、布!」
「それの名称は実はどうでもいいんですけど、……それ、どこから取り出しました?」
明らかに何もないところから取り出したように見えた。
「ああ、これは異次元ポケット的な何かです」
「説明が曖昧すぎる」
『説明する気がないんじゃないか?』
ブランはマイペースすぎる。ひょいひょいとフルーツを口に放り込んでいる姿を見て半眼になった。
「ダンジョンマスター特権的な? 転移してきてる、みたいな?」
「転移箱と同じ原理ですかね」
それにしても、転移の印もなくできてしまうのが凄い。ダンジョンマスターの能力は不思議だ。
「まあ、この能力はどうでもいいんですよ。それより、これを見てください。説明を聞いてください。そして俺の頑張りを褒めて!」
「要求が多い」
『これ、やはり旨いな』
布に夢中になっているアカツキの前から、ブランがフルーツの入った皿をこっそり移動させていた。一応、バレたらダメだという意識はあるらしい。
アルにはバレバレだったが、注意はしない。じっと見つめていたら、ブランがその視線に気づいて上目遣いで見てきた。その表情はなんなのだろう。
首を傾げたブランが、アカツキの皿から数個のフルーツをアルの皿に入れてきた。黙認のための賄賂を要求していたわけではないのだが。
「ねえ! 聞いてます!?」
「すみません、聞いてなかったです」
『旨い』
アカツキの熱意の籠った説明を聞き流していたことは素直に謝罪した。できれば簡潔な説明をお願いしたい。
「待って!? 俺のフルーツどこ!? ……ぎづねぐん~」
フルーツの消失とその犯人を知ったアカツキが泣き喚くのは当然聞き流した。
ココナ、初めて食べたけど美味しいな。今度また収穫してこよう。そのためにも、魔の森奥地の魔物対策を万全にしないとな。
……姿隠しの布、実は興味深いものかもしれない。後で原理をちゃんと聞いておこう。
ーーーーーーーー
2巻発売記念SS更新しました。スライムたちが元気に策謀中(!?)です。よろしければ是非!
https://kakuyomu.jp/works/16816927860855450413/episodes/16816927861399089574
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます