第112話 ブランとドラゴン
「余たちドラゴンは神からの制約に縛られている」
『神の下僕だからな』
「ブラン！」
フンッと鼻で笑うブランの口を慌てて塞ぐ。リアムが自ら話そうとしてくれているのだから、今は機嫌を損ねたくない。
リアムはブランをじろりと睨んだ後、呆れたようにため息をついた。
「知ったような口を利くものだ。根拠なき発言は自らの品性を下げるだけだぞ？ ……まあいい」
「すみません……」
『むぅ、アルが謝る必要はなかろう』
「そなたが言うことではないな」
リアムに窘められてブランが不機嫌そうに尻尾を地面に打ちつける。アルは呆れてため息をついた。ブランは長く生きているはずなのに、どうしてこんなに子供のような振る舞いをしてしまうのだろう。
「……制約を破ることは、すなわち世界の理を破ること。禁忌である。余は既に人と交わるという禁忌を犯してしまった。これ以上禁忌を犯してしまえば、その代償に更に多くの人民を巻き込むことになる。この国が余のせいで穀物不足に陥っていようと、余が直接それに関与することは許されておらん」
「つまり、リアム様は人に関わることが禁忌なのですか？ それにしては、多くの人と関わっているようですが」
「普通に話す分には問題ない。だが、人民を意図的に導くことは駄目だ」
「……それならば、僕に対しての対応は問題があったのでは？」
リアムはコメ栽培という点において、アルを強引ともいえるくらいの勢いで国の施策に巻き込んだ。それは制約に抵触しないのだろうか。
不思議に思って問いかけると、リアムが曖昧な笑みを浮かべてジッと見つめてきた。その視線の意味を理解できなくて首を傾げると、ブランが突然火を吹いた。
「っちょ、ブラン⁉」
『やはりアルを利用したか！』
「……それは素直に謝ろう。すまぬ」
火はリアムの眼前でかき消され、熱せられた空気だけが流れていった。
ブランが射殺しそうな眼差しでリアムを睨む。緊迫した雰囲気にアルは固唾を飲むしかなかったが、リアムがスッと頭を下げたことでブランの纏う空気が若干和らいだことに気づき、ほっと息をつく。これほど怒るブランを見たのは初めてだった。
『謝れば許されることではない。結果としてアルが制約に巻き込まれなかったから良かったものの、一歩間違えればアルは禁忌の代償を背負うことになっていた』
「それについては勝算があった。そなたも分かっておろう？ ……非常に稀有な存在だ」
『うるさい！ アルの存在を利用しようなどと、ドラゴンはやはり傲慢だ！』
「余だとてっ、……利用しないでいられるならば、その方が良かった。だが、状況は悪い方向に進み続けていたのだ。あの娘がいかにその才覚を持って国を良くしようと努力していても、それだけではどうにもならないことだった」
ブランにつられるように激高しかけたリアムだったが、すぐに我に返って静かに言い募った。
ブランは納得しがたいと言いたげに顔を顰めている。ブランにとってこの国の状況なんてどうでもいいことなのだ。そんなどうでもいいことによってアルに危機が迫っていたことが許せないのだろう。すぐにその危険性に気づけなかった自分を責めているのかもしれない。
ブランのそんな思いを感じ取ったアルは苦笑して、未だ怒りを纏わせているブランを腕に抱き上げた。心配してくれることはありがたいが、それでブラン自身や他の誰かを責めることはしてほしくない。アル自身が気に入らないことは、自分で払いのけるか抗議するのだから。今回のことは、アルの考えが足りなかった。あまりにも安易に状況に流されてしまった。そういうことだ。
「その勝算の理由を聞きたいのですが。僕はドラゴンに稀有と呼ばれるほどだとは思っていませんでした。魔法がちょっと得意なだけの、ごく普通の人間ですよ？」
「……知らぬのか。いや、それでも、そなたのその自己評価は謙遜が過ぎるというものだ」
『アルが知る必要はない』
「僕のことを僕が知らないって、凄く嫌なんだけど」
そう訴えるが、ブランはプイッとそっぽを向いてするりと腕から抜け出した。肩に乗ってくるりと首に巻き付いてくる。尻尾が頬に触れてくすぐったい。
「そなたは生まれながらに禁忌を背負い、それでいて神に許されている存在だ」
『貴様！ 知る必要なき事だと言っただろうが！』
「ブラン⁉」
一瞬和んだ雰囲気はリアムの言葉で消し飛んだ。瞬時に身を起こしてリアムに跳びかかろうとしたブランを慌てて捕まえる。グルグルという唸り声が大きく響いた。
「……過保護なことだ。だが、お前がアルを守護しているのもまた事実。余はこれ以上の発言を控えよう。だが、そなたが神に許されていると知っていたから、今回のこともまた、そなたに影響はないと確信して巻き込んだ。そなたを害する意思が全くなかったことは理解してほしい」
「え、そこまで言っておいて、それ以上は教えてくれないのですか？ 余計気になるんですが」
「余も狐に嚙まれるのは嫌だからなぁ」
『バリバリ嚙み砕いて飲み込んでやろうか⁉』
「ちょっと、ブラン、顔が凶悪になっているよ？」
歯を剝きだしにして威嚇するブランを見て正直ドン引いた。愛玩動物みたいな見た目だったのに、一気に魔物らしい獰猛さだ。
自分が禁忌を背負っているなんて、全く心当たりがないことを言われて戸惑っていたのに、ブランの反応の過激さでそんな思いも消し飛んでしまった。
リアムはこれ以上語るつもりはないという言を違えるつもりはないのか、一気に空気が変わってのほほんと微笑んでいる。
「うむうむ。余が余計な興味を引いてしまったことは謝ろう。代わりに余とこれの関係を説明するから、それでよしとしてくれ」
『勝手に我を巻き込むな！ 我は話すつもりはないぞ！』
「だから余が教えてやるのだろう？ アルはそれも気にしていたようだしな」
「……教えてもらえるとありがたいのですが」
腕の中を見下ろすと、ブランが嫌そうに身を捩っていた。今腕の力を抜いたら、一目散にリアムの元へ駆けて宣言通りに嚙みつきそうだ。
「大したことではない。昔反抗期の狐が苛立ちのあまりにドラゴンを食っただけの話だ」
「……は？」
揶揄混じりに話すリアムにアルはぽかんとして固まった。ブランが暴れるのを諦めて気まずそうに視線を逸らしている。
「ドラゴンを食った……。反抗期？」
「うむ。余も伝聞でしか知らぬが。若い狐が親と喧嘩した苛立ちでドラゴンの住処までやって来てしまい、ドラゴンを討伐して食ったらしい。その結果、狐は神からドラゴンの役割を肩代わりさせられたとか。それと同時に、ドラゴンに敵対する存在として定められたようだ。ドラゴンは本能的にその狐を忌避するし、狐はドラゴンを認識すれば食いたくなる。その狐がブランだろう？」
『……ただデカい魔物を食っただけのはずだったのだ。なんでドラゴンなんだ……』
問いかけるリアムに対して、ブランが深いため息をついた。
「神は何のためにそんな定めを与えたのですか……？」
「ドラゴンを食ったものは永遠を得る。その瞬間に狐はただの魔物という存在の枠を外れてしまったのだ。神は自らが定めた定義から外れた存在を嫌う。それ故、その狐を新たに神が定義づけた。ドラゴンの統制を厳しくしたいという神の思惑もあったのだろうな。当時、敵などいないドラゴンの中には驕る者も多かったと聞く」
じっとブランを見下ろすと居心地悪そうに顔を背けられた。
「……一体その体のどこにドラゴンを食べられる容量があったの？」
『聞くべきはそこじゃないだろう⁉』
まじまじとブランを観察するアルに対し、ブランが思わずツッコんだ。その勢いで漸く目が合う。パチリと瞬く目にアルは緩やかに微笑みかけた。
「ブランはお馬鹿さんだなぁ。若気の至りで永遠を得ちゃうなんて。しかも神に目を付けられちゃったの？ もうちょっと考えて行動しようね」
『……うむ。その件に関しては反省している』
シュンと項垂れるブランの頭を撫でつつリアムに視線を向けると、首を傾げられた。
「ドラゴンって、倒されればまた同じ存在が生まれるのだと聞いていました。倒した者が何らかの制約を負うとは聞いたことがありません」
「それはその狐の食い意地の汚さが原因だろう。そやつ、ドラゴンの核まで食いおったようだ。それ故、ドラゴンが生まれ変わることなく、それによる変化を厭った神が手を出したのだ」
「……ブラン？」
『……旨かったんだ。残すのは勿体ないだろう』
気まずそうに小声で呟くブランの腹を片手で鷲掴む。引っ張ってみると思っていたよりよく伸びた。この姿が変化によるもので、実際が三メートルを超える大きさだとしても、ドラゴンを丸ごと食ってしまえるのはおかしいと思う。ブランの胃袋は異空間にでもなっているのだろうか。
「まあ、それによって得た能力を上手く活用しているようで良かった。これでただの食糧になっていたなら、食われたドラゴンも無念極まりないだろう」
「……能力？」
「おや、アルは知らんのか？」
リアムに向けた視線を再びブランに戻すと、ブランが下手な鼻歌を歌ってそっぽを向いていた。
ーーーーーーーー
次話でこの章終わりです！
もうすぐカクヨムの新しい仕組みが始まるみたいですね。
限定近況ノート(？)というのがあるらしいので……活用法を考え中です。するとしたら、小話の更新かな、と。
ギフトを贈ってくださる方がいらっしゃるのか分かりませんが(笑)
状況を見て全体公開の近況ノートでお知らせいたします！
寒さが続きますが、皆様体調を崩されないようお気をつけくださいませ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます